みこころのままに
2017 / 02 / 20 ( Mon ) 08:20:19
2月19日の日曜日。


今日は多摩教会は
信徒総会の日でした。
でも、ちゃあんとごミサでは
福音が語られました。





若き日の豊島神父様が
絶望の淵にあった時
ある神父様の言葉に救われたこと。


人からありもしない悪事をでっちあげられ
憎まれてもうやっていけないと思った時
ある神父様にに
「イエス様と同じ体験ができている。
これはけっして無駄ではない」と
静かに語られた。
その時
その言葉で立ち直ることができたこと。


豊島神父様の福音は
いつも静かにやさしくあたたかです。
そしてじんわりと胸にひびきます。





ちょっと涙目のかかりんは
ごミサが終わって
信徒総会までの休み時間に
スマホをチェック。
何かLINEが入ってます。


「うっそー!!!!」
思わず叫んでしまいました。


息子が
第一志望の大学に合格した
知らせだったのです。


10時に合格発表だったので
夫に結果をLINEで知らせてね、
と頼んでおいたのです。


正直、無理だと思ってました。
たぶん本人もそう思ってました。
でもやっぱり今朝教会に着いた時、
マリア様のご像の前で
「どうか御心と
彼の希望が一致していますように。
でも、もし違っていても、
御心の通りになさってください。」と
お祈りしたところでした。


あんまりびっくりしたので
隣にいたコスモスさんに
「どうしよう。息子が大学合格しちゃった。」と
謎の発言。笑


息子の島仲間の青年会の若者たちにも
報告したところで
信徒総会が始まりました。
正直全然話が頭に入りませんでした。
すみません。


息子の大学は
遠方なのでこれから下宿生活が始まります。
急いでアパートを探さなくては。
思いがけない
早い巣立ちの日がやってきます。


かかりんの子育ては、
これにてだいたい一段落。
空の巣症候群なんかにならないように
ますます神様のお仕事を
がんばっていきたいと思っています。




かかりん
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藤澤神父さまのお歌
2017 / 02 / 14 ( Tue ) 00:54:14
2月11日(土)の多摩教会のミサは
コンベンツアル聖フランシスコ修道会の
藤澤幾義神父さまが
司式してくださいました。


12月にもいらして下さった神父さまです。
どんなお話がきけるのかな、
ワクワク



ゆったりと進むミサの中で、
なんと‼歌を歌ってくださいました。


わずか12歳で殉教した26聖人の一人
ルドビコ茨木の歌です。


朗々としたお声で
伴奏もないのにとってもお上手で、
悲しいけど暗くない、そんな歌でした。


中でもルドビコ茨木はにっこり笑って
槍を受けた、というところが
グサっと胸に突き刺さりました。


ドングリは勇気がないので
殉教なんてとてもとても無理です!
だからこそ
信仰のために命を落とした人達を
尊敬してやみません。


以前雲仙へ行ったとき、
地獄谷の中の
グラグラお湯が沸き立っている所に
看板があって、
棄教を迫られたキリシタンは
すすんで中に入っていって
殉教したと書いてありました。


前に住んでいた静岡でも近くに
小さなキリシタン殉教の碑が
ひっそりと
建っていました。


毎週当たり前のようにミサに与って
ご聖体をいただける幸せ。
ほんの数百年前には
命がけのことだったのですね。


現代に生きて
堂々とクリスチャンを名乗れることに
深く感謝して祈りました。




ドングリ
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関口教会に行って来ました。
2017 / 02 / 12 ( Sun ) 22:00:34
2月11日の土曜日、
世界病者の日のミサが
東京カテドラル
関口教会で厳かに行われました。





このミサの委員長は、
なんと我らが豊島神父様!!


入門講座でこのことを聞いて
豊島神父様ファンのかかりんは
もちろん観に行きましたとも!!笑


実はかかりんは
多摩以外の教会には
ほとんど行ったことがありません。
なので、今回は初・関口教会!!


もうね、もうね、
外壁の大きさにすでに感動してしまい、
入り口に立った時、思わず
「うわああ!!」って叫んでしまいました。
気分はおのぼりさん。
観光客になりきって
写真撮りまくってしまいました。


いつか天国に召される時って、
こんな感じなのかなあと思いました。
あまりの荘厳さに感動しつつ、
早くその先が見たくて
ワクワクしている、そんな感じ。


天にそびえる十字架と
見事なシルエットの聖堂。
左手にはルルドのマリアさま。


「あとでルルドで写真とりたい!!」と
同行した夫に叫びながら、
でもまずは聖堂に入らなくちゃ。
間もなくごミサが始まる時間です。


聖堂に入ると、あまりの広さに圧倒されました。
「すごいねえ、ステキねえ」と
何度もつぶやいてしまいました。


かかりんはコンクリートって
あんまり好みじゃなかったのですが
関口教会は、もう、文句なしにステキでした!!
正面にそびえる巨大な十字架は
後ろから光が差し込むようなデザイン。
はるかに高い天井に
天から降り注ぐかのようなオルガンの音色。


広い広い聖堂には
それはたくさんの信者さんが。
それでもまだ席があったのは
さすがのキャパシティ。





美しいミサでした。


初めて本物を拝見した岡田大司教さまの
ゆっくりとしたあたたかなお声。
ひときわ若々しく
機敏にサポートされる豊島神父様。


いつもと違って表情もわからないほど
はるか遠くに見える豊島神父様は
胸をはって立っていらして、
なんだかカトリック界の王子様みたいに
見えました。


昔観た聖フランシスコの映画
『ブラザーサンシスタームーン』
そのままのような
ローマ法王さまかとみまごう大司教様のお姿。


大興奮のかかりんは
大きな手術を終えたばかりの
高齢の実家の父と
心の病に苦しむ友人のために
祈りを捧げてきました。


カトリック教会は
所属教会じゃなくても
そこは自分のおうちで
遠慮なく食卓を共にして
パンをいただくことができるのが
すごくステキだと思います。


すぐ右の列が大司教様がご聖体を配られる列で
一瞬こっそり右にまぎれこんでしまおうかと
迷ってしまいましたが
ご聖体の尊さは誰が配っても同じ!と思い直して
そのままの列でいただきました。笑


がぜん他の教会に興味がわいたので
これからいろいろ行ってみたいと
強く思いました。


思い出に残る、すばらしい一日になりました。




かかりん
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いつくしみ深い御父
2017 / 02 / 11 ( Sat ) 15:51:34
雪交じりの風が吹いた昨日とは
打って変わって、
今日はポカポカの陽気のいい天気!
と思ったら,
急に強い風が吹いてきて、びっくり!
でも、また、すぐ風が止んでポカポカに。
そんな不安定な土曜日の午後。





お出かけ日和なのに、
朝から喉の調子がおかしい・・・、
ほっとくとまずい・・・、ということで、
マフラーぐるぐる巻いて、マスクして、
ホカロン貼って、家の中で
グダグダ(それはいつものことか・・・)中。



昨日、昼の講座のときに、教会の売店で、
教皇フランシスコの使徒的書簡
「あわれみあるかたと、あわれな女」
(…なんというタイトル!
を見っけ~
早速、手に入れて読んでます


パパ様はやはりいいですね~^^。
特に、前半が・・・。


「すべてのものが
御父のいつくしみあふれる愛において
解決される」


「神をいつくしみ深い御父と呼ぶときに、
どれほどの豊かさが教会の祈りの中に
存在していることでしょう!」


「ゆるしは、御父の愛のもっとも
目にみえるしるしです。それをイエスは、
その全生涯を懸けて現わそうとしました。」


「いつくしみはつねに、天の御父の無償の行為、
無条件で、私たちの分に過ぎた愛です。」


このあたりで止まっているのですが・・・。





やはり、私の信仰の原点=御父のいつくしみ。


神様が永遠にいつくしみ深~い、
やさしいおとうちゃん、であること、
を知ると同時に信じたときの、喜び!


いつもこの原点に帰る必要を感じます。



入門講座でも、豊島神父様は
同様なことをよく言われるのですが、

神様がゆるしてくださっているように、
自分自身をゆるし、
神様が愛してくださっているように、
自分自身を愛する、
完全には無理だとしても、
その度合いが増していけば、
それに応じて、他者に対する愛とゆるしも
増していく・・・。



今日こそ
御父の愛の中でゆっくり
心と身体を休める日、
父と子と聖霊の愛の交わりの中に
どっぷり浸かって、
神様に賛美と感謝を捧げる日、
にしたいと思います。



明日は主日のミサ!(^^♪



Luna
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『わくわく♪』
2017 / 02 / 10 ( Fri ) 23:34:19
2月10日は息子の誕生日で、
彼が生まれた日は大雪で
首都圏大混乱だったのを思い出します。


毎年、一番寒い時期ですけれど、
雪が降ると、
やっぱりワクワクしてしまいます。



私は、道産子なので、
これくらいの寒さが
ちょうどいい位なので、
体調は絶好調~!(* ̄▽ ̄)ノ~~ ♪


(冷え性の方、ごめんなさい。
でも、夏はナメクジのように
へばってます‥)


しかも!
この時期は、これから、
四旬節、聖週間、
そして復活徹夜祭と復活祭が
やって来るのですから、
もうワクワクに加えてウキウキです!


(四旬節は、
ウキウキする時ではないのは
判っているのですが‥、
つい、その先の『ご復活』を
思ってしまいます‥)


復活徹夜祭で、
また新しい仲間をお迎えして、
私たちも、また、
さらに新しくされていく。


神様は私たちを
喜ばせようとなさっておいでなのだと、
神様に信頼して、
御復活を待ち望みます。




神に感謝!
Elizabeth ♪
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キリスト者の後姿
2017 / 02 / 06 ( Mon ) 23:06:50
2月5日の日曜日。
病者の日のごミサのお話。


かかりんは
ごミサの時は
マルタの妹のマリアのように
お話を聴くことに集中したいので
メモはとりません。
なのでちょっと表現が
神父様の言葉と違っていると思います。
でも今日のお話で
一番心をわしづかみにされた箇所。





病者の日のミサをして
病者を訪問しなくちゃ意味がないと思ったので
入院している人のところに
土曜の夕ミサの後に
面会時間ギリギリに訪問して
滞在時間30秒。


大変難しい病気で
筋肉が動かなくなって
とうとう胃の筋肉が動かなくなってしまった。
重篤な状態のその方に
以前聞いたことがある。
どうしてそんなふうに
笑顔でいられるのかと。


その方は
元気だったころは病院で働いていた方で
そのころの患者さんに
もう治らない重い病気で
入院されていて
でも、いつも笑顔を絶やさない方がいた。


その人は病院の人がいる時はいつも笑顔
でも誰もいない時は
一生懸命起き上がって
窓に向かって
ロザリオを唱えていた。
その時


カトリックの人ってこうなんだ。
こういう風でありたい


そう思った。
その経験がなかったら
今、自分はこうではいられなかったかもしれない。


そう答えられた






こんな内容であったと思います。


かかりんはこのお話で涙腺決壊。
そしたらすぐ横ですすり泣く音が。
横を見ると
隣にいたコスモスさんも
涙をずっとぬぐっていらっしゃったのでした。


キリスト者は
こんな風に
病床でロザリオを唱える後姿で
福音宣教をすることができるのだ。


かかりんはそう思いました。


かかりんは
とても弱い心の持ち主なので
かつて5年後生存率50%以下の
難病の疑いがかかった時
とても動揺して
「まだ死にたくない!
こわいよう。」と夫に泣きついたことがあります。


いつか本当にこの世での命の終焉が近づいた時
こんなすばらしいキリスト者の先輩たちのように
凛とした姿でいられたなら、と思います。


豊島神父様のお話、
説教集を出すべきだと思うのは
かかりんだけじゃないと思います。


毎週何気なく語られる
豊島神父様の福音を
たくさんの方にぜひ聞いてほしい、
目にしてほしいと思っています。


豊島神父様、
いつもすばらしい福音をありがとうございます。
今朝ひどく咳込んでいらっしゃいましたが
大丈夫でしょうか。
どうかお身体大切になさってくださいね。




かかりん

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カトリック多摩教会の「ここクリ」に参加しました
2017 / 02 / 05 ( Sun ) 22:40:47
こんにちは、かかりんです。
多摩教会の所属の方ではないのですが、
お友達のメアリーさんが、
去年のここクリに
スタッフとして参加された感想を
見せて下さって、
その内容がとっても嬉しかったので
ご本人の了承を得て
公開させていただきます。







2016年12月25日の事。
私はカトリック多摩教会のクリスマスイベント

「心の病で苦しむ人のためのクリスマス会」
通称「ここクリ」
に参加しました。

なんと、奉仕役です。



かつての地元教会ということもあり、
こちらでは未信者の頃
とてもお世話になりました。


いつもいつも笑顔と温かな食事でのおもてなし。
神父様の分かりやすくて胸の温かくなる教話。

「多摩教会に行けば、あたたかく迎えてもらえる」。

そんな心の拠り所のような場所が
多摩教会でした。


信者になったので、所属教会は違えども、
今度は自分が奉仕する側をやってみたい
と思っていました。
多摩教会の友人にその気持ちを伝え、
その機会がやって来たのがこの「ここクリ」


これまで、自分の所属教会で
バザーの販売手伝い、掃除、調理手伝い等は
経験しました。
しかし、接客係は初めてです。
何故なら多摩教会は、
お客様をお迎えするイベントが
(おそらく)東京一活発! 「おもてなしの家」
とお呼びしたいくらい
「お客様を招く、歓迎する」が
大好きな教会だと思っています。


「お手伝いをしたい」とお願いすれば、
なんとかして叶えてくれるのも
ありがたいところ。
これも教会の信者さん達の層が厚くて、
皆が「お互いに尊重し合う」
「協力し合う」ということを
大事にしている方々だからだろうな
と思います。
特に多摩エリアは家族住まいの住宅も多く、
若い世代も多いですからね。


イベント企画は事前準備も綿密。
リーダーの方が、何か月も前から、
イベント当日までのスケジュールを作り、
ミーティングを重ねているそうです。


また、接客係のミーティングも
設けられていました。
イベントの主賓は
心の病に苦しむ方々です。


心の病について知らないと、
お客様の苦しみがどういうものなのか、
全くわからないこともあるかもしれません。
勿論、完璧に理解できる
ということはないでしょう。
でも、「出来る限り」という心遣いが
ここにはあるのです。


教会にいる間、
少しでもお客様の苦しい思いに寄り添えるよう、
「温かく接しましょう」
「お客様が無理をすることのないように」
という心がけを共有します。





さてイベント当日。
「ここクリ」は、聖堂での音楽会から始まります。
聖歌隊によるクリスマスキャロルの合唱、
豊島神父のお話、
シンガーソングライターのSくんによるライブと
賑やかなプログラムが続きます。


この中で心に残ったのが、
Sくんの言葉。

「ここクリ」発案者の前主任司祭晴佐久神父は
「元気な人は
楽しいクリスマスを迎えているでしょう。
でも、病気で苦しんでいる人は、
そんなクリスマスに参加できないと
悲しんでいるかもしれない。
病気の人のためのクリスマスをやろう」

という思いで「ここクリ」を企画したそうです。


私も少しわかります。
楽しい人達が楽しそうに
クリスマスを祝っていても、
自分が仲間に入れると思えないんです。
その資格がないと思ってしまう。


「ああいう賑やかなのは、
幸せに暮らしている
恵まれた人達に合う」「私なんか」と。


でも、苦しい思いの強い人は、
もしかしたらもっと遠慮して、
悲しくて寂しい思いを
しているかも知れません。


教会は「そんなことないです。
あなたに来てほしい。
あなたが来なくては、私達も寂しい」
と思って呼び掛けるんですね。





「ここクリ」初代は晴佐久神父だけど、
現在の主任司祭の豊島神父も
このイベントを
大事にしていらっしゃいます。


晴佐久神父が異動されても、
その心は多摩教会に受け継がれて、
今も「皆に来てほしい」
「教会はあなたの訪れを待っている」
と呼び掛け続けているのだと思いました。



メアリー  

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神さまのために生きている
2017 / 02 / 04 ( Sat ) 20:25:48
2月3日の金曜日。


ちょっとあたたかな節分の夜。
今日も感動と笑いがあふれる
豊島神父様の入門講座は
和気あいあいとした雰囲気の中で
行われました。



先日かかりんが
「すっごくいい!!」と言って帰った
信徒のTさんのことを書きましたが、
Tさんはあれ以降
休まず夜金講座に
通ってくれてます!!


今日はTさんはかかりんの目の前に
座っていたのですが
何度も手で「ガッテンガッテン」
のポーズをするのが
とっても面白かったです。


う~ん、神父様との約束で
詳細が書けないことが
うらめしいです・・・。





今日のお話で
一番かかりんの心に残ったのは
「私は自分のために生きている」と
言い放った人を前に、
若かりし日の豊島神父様と
豊島神父様のお友達の
ある神父様が
ボクたちは神様のために
生きてるんだよね?

思ったというお話でした。



ここで言う「ボクたち」は、
「神父」は、ということじゃなく
私たち人間はみな、
ってことなんだと思います。


神さまがいるから
なんとかしてくれる、
というのがあると良い。
自分で作った怒りは
自分では消せないから
神さまに祈って取ってもらう。
神さまに全部ととのえてください、
と委ねる。


かかりんはこのあたりで
ちょっと涙が。


これ以外にも感動の福音が
いっぱい!!





「死にたい」って言ってる
あの人にも
「自分は価値がない」って言ってる
あの人にも
「居場所がない」って言ってる
あの人にも
聞いてほしい!!福音を!!
お~い!!
ここに福音があるぞ~!!


神さま、ここに福音があることを
苦しんでる人に伝えてください。


多摩教会には
確かに福音が、あります。
いつでもあなたが来てくださるのを
心からお待ちしています。



かかりん
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委ねる
2017 / 02 / 03 ( Fri ) 20:24:27
「2月2日は主の奉献の祝日でした」、
で始まった2月3日金曜午後の入門講座。


赤ちゃんの時から、
神様に捧げられたイエス様に、
しばらく思いを馳せました。。


豊島神父様のおっしゃるように、
”最終目的地がわかっている方”
に委ね、導かれて生きるほうが楽だし、
心は平和なのに違いありません。


幼子の大胆さでおん父を信頼したい、
イエス様のように。
リジューのテレーズがそうしたように・・・、
と願っています。



w-ume2.jpg



桜ほど注目されないけれど、
なんとも愛らしい梅の花。


青空の下、安心しきって、、
委ねきって、
咲き誇っているように
見えました




Luna
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何もおびえる必要はない
2017 / 01 / 28 ( Sat ) 12:11:24
1月27日の夜金講座は
この間の日曜日にあった
お葬式についてのお話でした!!


かかりんとアレキサンダーさんは
カフェオアシスのお仕事があったので
日曜日の講座は
聴きに行けませんでした。涙
なので、二人そろってお話が聴けて、
とっても嬉しかったです!!



すごくすごく良いお話だったのですが
神父様とのお約束で
詳細は書けません・・・。
でも、心に強く残った箇所を
ほんのちょっぴり。





私の人生はすばらしいものだった、と
どこかで思わないと天国が謳歌できない。
そのための清めの期間がある。


死ぬのにもエネルギーがうんと必要で
そのエネルギーになるのは
人生で最後にいただいたご聖体。

ご聖体は神様の愛だから、
神さまの所に持って行けるのは
結局愛だけなんだってこと。


カトリックにも命日、という言葉はあります。
カトリックで言う命日は
新しい命をもらった日ってこと。


死んでも安心。
何もおびえる必要はない。
なぜなら、キリストは復活してるから。






あれ?書きすぎかな?
だってすごく感動したんだもーん。


かかりんは
何を隠そう、
幼稚園児だった頃に
人間はいつか死ぬ、という事を
家族に教えられて
その恐怖で
不眠症になった経験を持っています。
以来ずっと「死」は
恐ろしくてたまらないものでした。


だから、とってもうれしかったんです。
人生の折り返し地点も
たぶんだいぶ通り過ぎて
いつが自分のその日かわからないけれど。



その日は「消えてしまう日」でも
「恐ろしい日」でもなく
愛だけを持って神様のところに行ける日。
新しい命をいただく日。
何もおびえる必要はない。


ずっと背負っていた重荷を
おろすことができたように感じました。


カトリック信者になって
このお話が聴けて、
とっても良かったです!!


風は強いけどなんだかあたたかな
ちょっと春の気配がするような
1月の夜でありました。




かかりん
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