拡大入門講座
2018 / 06 / 18 ( Mon ) 22:44:05
今日(6月17日)は拡大入門講座、
CTVC
(カトリック東京ボランティアセンター)の
シスター丸森
(幼きイエス会ニコラ・バレ)
「傾聴」についてのお話でした。





シスターは福島県郡山のご出身です。
2011年の震災の直後、
故郷のために何かしたいと
「傾聴」の集中講座を受けられ、
傾聴ボランティアをはじめられました。


震災では多くの方が
沢山のものを失くしました。
聴くことによって
その喪失よる心のケアを
されてきました。


魂の苦痛ースピリチュアルペイン、
自分の実存に関わる苦痛は
計り知れないものです。
「何で私が?」という
人間には答えが見つけられない
問いを続ける方の心に
寄り添うということは
大変難しいことです。


それを全身全霊で聴く。
自分が発した言葉が
相手を更に傷つけてしまうという
二次災害も起こり得ます。
そうならないように
気をつけることは沢山あります。





シスターのお話を聞いていると、
シスターは神さまに聴く、
そして気づくということを
いつもされていることに
気づきました。


それだけ神さまを信頼し、
導かれているのだと思いました。


私も「単なる思い込み!」
なんて思わないで、
ちょっとした小さなことにも
敏感でいよう。
そうじゃないと
せっかくの神さまからのメッセージ、
見逃しちゃう。もったいない!



アメリ
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シスター丸森拡大入門講座
2018 / 06 / 18 ( Mon ) 11:25:18
本日6月17日(日)は
カトリック東京ボランティアセンター
(CTVC)で
傾聴の指導をしておられる
シスター丸森秀子による
拡大入門講座が行われました。



かかりんには
永山駅でシスターをお迎えして
教会にお連れするという
重要なお役目が!!
もちろんシスターとかかりんは
お互い初対面です。
でも、シスターは
普通のお洋服を着てらっしゃるそうで、
かかりんはシスターを見つけられるか
ちょっぴり不安・・。


そこでかかりんは前の日に
「シスター丸森
多摩教会へようこそ!」

というプレートを作り、
当日改札でシスターをお待ちしました。


思ったより乗客が多くて
かかりんは通行人を見て目を白黒。
案内板を持っているので
皆さんかかりんを見るので
ますますあせります。


そ・し・た・ら・ね。
かかりんを見て、笑顔で
手を振ってくださるご婦人が!
ああ、神様、無事にシスターに
お会いできました。
初めてお会いしたシスターは
昔からのお友達みたいに
笑顔で気さくに
話しかけてくださいました。
かかりんは心からほっとしたのです。


そして、ごミサのあとに、
いよいよ拡大入門講座が
始まりました!!


最初のほうでシスターが
自己紹介をなさるときに
「こんなにベラベラしゃべってるのに
口が重いなんて言えませんが、
私は口の重い東北出身なんです。」
とおっしゃって
テヘペロって肩をすくめたお姿に
思わず場内からは「かわいい!!」
と声が続々。


長年傾聴ボランティアをなさってきた
シスターの
お話は考えさせられ、
反省させられることばかりでした。


xx-keich.jpg


「聴の旧字体には
耳と目と心、
そして十字が含まれている。
耳と目と心と十字架と共に聴く、
こういう聴き方が大切。


人間、じゃなく、〇〇さん、と
名前を持った固有の存在と
話しているということを忘れない。


最後まで聴く。
話の途中で切らない。


良い聴き手になるには
傾聴モードに切り替える。
今から中心は相手。
主語は私ではなく、あなた。


相手の言うことを反復して
少し待つ。
この待つのが難しい。


話題を変えない。
自分に話を持っていかない。
プライバシーは守る。(守秘義務。)
あわれみはいらない。
自分を見つける手助けをする。
乗り越える力があると言わない。
わがまま、とか言わない。
気休めを言わない。


聴いた人のケアも必要。
無理はしない。


聴くことは簡単ではない。
心して聴くのが大切。
その姿勢を培っていく。」


最後にシスターは
「白河みみずく」(注)
の祈りの詩を
みんなで唱えて
終わりにしましょうとおっしゃいました。
でも、かかりんは泣けてきて
涙がとまらなくて
声を出して祈ることができなくなりました。
それはこういう詩でした。


xx-2keich.jpg


「傾聴  白河みみずく

心を尽くし
まことを尽くし
礼を尽くし
わざを尽くして

膝をかがめ
目の前のこの方の
気懸かりを
全身 全霊で聴く

魂を聞く傾聴が
最善 最良の

最後の支援であり
聴くことは役に立つと信じて

聴くことは 愛すること」


この祈りを唱えて
傾聴モードのスイッチを入れるそうです。


激しい感動でした。


かかりんは
ずっとカウンセリングとか
精神保健福祉とかの分野に
大いに興味を持って
これまで生きてきたのですが
きちんと調べて勉強してみたいと
強く思いました。
かかりんの人生の
この先忘れられない一日になりました。


シスター、すばらしい講演会を
ありがとうございました。
またお会いできますように。



かかりん


注)シスター丸森が関わっておられたCTVC支援の
福島県白川教会 傾聴ボランティアグループ(2017年4月20日で活動終了)の名称。
『傾聴』は「白河みみずく」を立ち上げたときのリーダーの方が作られたそうです。
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おーでぃなりー毎日♪明日も待ってます♪
2018 / 06 / 14 ( Thu ) 12:58:55
朝ミサっていいな~って
この不順な天候が続くと
そんな中に、変わらず
毎日捧げられているミサが
余計にありがたい


朝は、神父さんの凝縮された
一分位の短いお説教
というのがまた、
いくてですね



日々、これを聞いている
聞けている今の自分は、
この時をもてて幸せ。


他にはなにももってないけどね
それにまさるかな。



せめて0.001ミクロンレベルでも、
いいものを伝えなくちゃと
思ったりもします


この、ネガティブ
になりがちな時こそ
ということで、
レッツTRY!





今朝の福音は
誰にでも思いあたるところ。
マタイの5章20-26
『兄弟に腹を立てるものは
だれでも裁きを受ける。
兄弟に『ばか』という者は、
最高法院に引き渡され、・・・』
とかとかの箇所で。


あれ、わたし昨日の夜、
ばっかだなーって
笑いながら言ったなぁ~と
思わず、愛すべきバカを
わざわざしてくれる仲間のメールに、
思わず、ほめ言葉のバカを
つぶやき、ありがとって
思ったなぁ。。。
こういうのは、
どうなるんだ?とか。
想いながら福音をきいていたわけです。


神父さんのお説教では、
今日の箇所のその最後
『最後の1クァドランスを返すまで、
決してそこから出ることは
できない』からなにか得るものが
あったら。という向きでした。


心の隅の、一点の曇り、さえも、
神はクリアになることを
望んでいて。
人生の中のほんっっの数秒
だけだとしても、かみさまによって
輝く日々でないと。
それができない一日だったら、
それを栄光に変えてくださるよう
かみさまに祈ろう
すべては主のもの。
っていうような、朝ミサお説教でした。





短い凝縮お説教を
これ以上凝縮できないのに
かいつまんでみたらば、
やっぱり伝わりきれないな~
お説教は生いのち!!
福音に触れに来てください
ミサに
講座に
教会に



明日も朝!昼!晩!
講座やってます


聖書を自分できいて、
あれ?と思うそんな時に、
違う目線の自分にはナイ、
ほへ?って思うような驚きが
神父さんのお説教やら講座には
あるわけです。


一点の曇りは、
誰にでもあるもんで。

がんじがらめになるまで、
ナイところから煙のたつ
あけてびっくり、なんじゃそりゃ?
なことの多い世の中。
本当のことは、
かみさまと自分しか。
いや、自分も知らないときがあり。

それを知ったときに愕然とし、
虚しく、哀しくなるもんですが、
心臓に毛の生えるか、
心の壁をかたーくして
ぶあつーくおおってないと
ずっきり。グッサリ。ぽっきり。
それでも、そこにいるというのは
結構大変なこと。


けれども、最近よく目にする言葉、は、
神様の愛に、聖霊に
<包まれていよう>
という言葉。
自分の心をカタクするんでなく、
黒いものはブルブルっと、
はらいおとして
プルンっと潤った心に保つ
福音をまとって、
限りなく透明なクリアな心で
いられるよう。
ほんとうの福音として
とらえる目線に
置き換えていきたいです



まずは自分のネガティブから
払拭しなくちゃ、と、
自分の胸に手をあてて
一点の曇りもなきよう、
かみさまとお話したいと思います。


ネガティブは寄せ付けないのが
大事かな?




〇子
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心の声
2018 / 06 / 11 ( Mon ) 00:08:56
こんばんは!!かかりんです。

6月8日の夜金講座は
うれしい里帰りのメンバーがいたり、
いつもより大賑わいで
行われました。


この日の講座では
祈りについて、とか
生きることは息をすること、とか
ステキなメッセージが
たくさんあったのですが、
詳しいことは書かないお約束なので
それは講座にいらしてぜひ
ご自分で直接
聞いてみてくださいね





かかりんはこの日は
「脳はバカ、腸は賢い」という
お医者さんの本を
引用しながらのお話が
心に残りました。


脳の指令が強くて
腸が負けてしまうけれど
腸のほうが賢い。
腸のあたりにある「心」に、
今どういう状況か聞くと良い。


なるほどねえ、と思いました。
かかりんは案外こう見えて
左脳タイプなので、
いろんなことを頭で考えがちです。


すごく無理を重ねても自分で
負荷がかかりすぎていることに
気付かず
腕にじんましんが出て
「あ、疲れずぎだ。」って
気付いたりします。


不思議だけど、かかりんは
昔から無理が限界を超すと
腕の内側にじんましんが出ます。
神さまが
「もう休みなさい」って教えて下さる
メッセージだと思っています。


身体の声を聞くって大事なことで、
そしてきっと、
その身体の声のほうに
神さまのメッセージは
こめられているんだろうなあって
今回の講座を聴いて、
改めて思いました。





10日の日曜日に、
あるミーティングで
「どうして恐れって出てしまうのでしょうね」
という方がいらしたので
「頭で考えると
出て来ちゃうみたいですよ。
腸にある心に聞くといいんですって。」
とさっそく
受け売りしてしまいました!!笑
実生活のミーティングにも役立つ
入門講座なのでした。


恐れは人間の誰もが
持っているものですよね。
でも、腸のあたりにある
心の声を聞いて、
神さまを信頼して、
神さまのお仕事をこの先も
命のかぎり
続けていけたらいいなあ
と思います。


かかりん
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イエスのみ心の祭日
2018 / 06 / 08 ( Fri ) 22:34:02
6月3日の「キリストの聖体」
後の金曜日の
今日(6月8日)は
「イエスのみ心の祭日」(注)でした。


そして、イエスのみ心に
引き寄せられたからに違いない
3人の新しい方が、
入門講座に
いらしてくださいました!!


神父様も、祈りについて、
笑いを交えながらも熱をこめて、
お話してくださいました


神さまには何をどう祈ってもいい。
どんなことを言っても、
傲慢で、
我がままだと思えることでも
言っていい。
神さまは
全部受け止めてくださる、

でも、みんなと一緒に祈るときは
定型文で祈りましょう。


というようなことを
神父様はおっしゃっておりました。


本当に、その通りに、
個人的にはいつも、どんなことも
まず、神様にぶちまけ、
願い事ばかりしてるなあ、
と思います・・・。
それでも、嫌わない神さまって、
すごい!!どころではない、
と思うのですが・・・...





でも、今日はイエスのみ心の祭日!
たまには、しっかり、み言葉に
耳を傾けましょうと、開いた今日の
朗読箇所、


第1朗読 ホセア書 
11章1、3~4、8c~9節
第2朗読 エフェソの信徒への手紙、
       3章8~12、14~19節


にはさすがに、
心が動かされました。


特に、ホセアの次の箇所には
グッとくるものがありました。


「まだ幼かったイスラエルを
わたしは愛した。
エジプトから彼を呼び出し、
わが子とした。

エフライムの腕を支えて
歩くことを教えたのは、わたしだ。
しかし、
わたしが彼らをいやしたことを
彼らは知らなかった。

わたしは人間の綱、愛のきずなで
彼らを導き
彼らの顎から軛を取り去り
身をかがめて食べさせた。」


与えられている恵みに気づかないことが
あまりにも多くて、
神さま、ほんっっとうに、
ごめんなさい!!
私のためにこんなにしてくださって!!
ありがとうございます!!
とひれ伏したくなりました。


トドメは、
福音朗読 ヨハネによる福音書 
19章31~37の
「彼らは、自分たちの突き刺した者を見る」
です。。!!


パウロの言うように、


「キリストの愛の広さ、長さ、高さ、
深さがどれほどであるかを理解し、
人の知識をはるかに超えるこの愛を
知るようになり、そしてついには、
神の満ちあふれる豊かさの
すべてにあずかり、
それによって満たされるように。」


なりたい・・・。


そうなれたら、ほんとうに
幸せだろうな、と思うのです・・。



Luna



注)カトリック中央協議会6月はイエスのみ心の月参照のこと
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キリストの聖体の祭日(6月3日)
2018 / 06 / 04 ( Mon ) 12:01:33
今日の主日は洗礼式、
初聖体のお祝い、
星野神父様の
叙階25周年のお祝い、
と盛りだくさんでした。





そしてパーティのあと入門講座。


今日はキリストの聖体の祭日です。


初聖体の子どもたちは
だいたいパーティーのときに
「ご聖体の味はどんなだった?」
と聞かれます。


正直言ってご聖体には味は
ついてはいませんが、
子どもたちは「美味しかった。」とか、
気がきいてる子などは
「神さまの味がした。」などと言います。


ご聖体とは何でしょう?
それは『神の愛』です。
ご聖体を食べることにより、
それが体に入り、
体の隅々まで神の思いが沁み渡り、
生きる力となるのです。


では、ご聖体の味とは
何でしょう?
それは聖書の言葉です。


「聖書と典礼」の聖書の箇所は
ミサの最中に読むもの
ではありません。聴くのです。


リアルに聴いて。自分の中で
どのように響いたか
を知ることが大事です。





多摩教会では翌週の「聖書と典礼」が
お御堂の入り口に置いてあります。


私は"宿題"と思って
毎週持ち帰るのですが、
予習できる週もあり、
出来ない週もありです。


ちょっとの時間を作って
目を通してから
主日に臨みたいですね。


アメリ
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マリア様の月
2018 / 05 / 28 ( Mon ) 10:52:49
先週はカテドラルの堅信式に
行っていました、アメリです。


今月も早いもので、
もう終わってしまいますね。


5月はマリアさまの月です。
…というところから
27日(日)の入門講座の話は始まりました。






マリアさまはどのような方でしょう。
御子を身ごもったことから、
キリストの死に至るまで、
さまざまな苦労を
ブレずに乗り越えた方です。


カトリックの信者は
そのマリアさまを介して
神に祈ります。


多摩の聖堂
(丁寧に読むときはおみどうと読む)
内にはマリアさまの像はありませんが、
(エントランスと外にある)
聖堂にはいろいろなものがあります。


聖櫃、祭壇、朗読台、イコン
(多摩教会にはマリアさまの
イコンがあります。
東方教会では礼拝の対象)、
ステンドグラス、
十字架の道行きなど。


それらの意味についての
説明をききました。
多摩教会の聖堂は
2000年に献堂されました。
まだ18年しか経っていません。
聖堂としての歴史は浅いです。


この聖堂を
聖堂らしくさせるのは何か?
それは私たち信者の祈りです。
どれだけの人が
この聖堂で祈りをささげたか…。


そしてその祈りが染み込んだ聖堂が
人を心地よくさせ、
祈りの場として
ふさわしくなっていくのです。





私たちの祈りで
聖堂を聖堂らしく作り上げていく….。
何百年も後、
この多摩教会の聖堂が
どうなっているのか
見てみたいですね。


アメリ
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聖霊さんありがとうが続くのです。
2018 / 05 / 24 ( Thu ) 21:25:48
明日も金曜日講座!
「聖霊さん(連れて)きてくださ~い」と
歌い続けちゃいます。






⚪子、幼児洗礼ではありません。
が、洗礼を受けるずっと前から
たくさんのキリスト者の存在が
ありがたかった。


ずっと一緒にいたわけでもない、
小さい頃から
知ってるわけでもないけれど、
その瞬間に、
そこにいる人たちを大切にして、
キリストとの生き方が染みたひとたち。


目の前で、繰り広げられる
その一本筋の通った
やさしいやさしい光景に、
こういうのがイエス様の姿なのかなと、
尊敬し、安心していたことを
思いだします。


そして、何故か信じてくれていた。


昨日は〇子がお世話になった
キリスト者の代表選手、
もう天に随分前に帰られた
神父さんのご命日でした。
その神父さんの
なにかがのこっていないかと検索していたら、
聖霊降臨の主日に帰天されたとわかり、
やさしいやさしい神父さんが
「大丈夫だよ~心配しないでいいから」
って言ってくれているかと
パソコンに向かい涙でした。
感涙ってやつです。


今年はじめて命日を知ったので
朝ミサでお祈りしていただき。いい箇所だなぁと、
聖書を読みなおしていたらば、
明日はどんな?と思ったらば、
結構、怖いと思っちゃう箇所。
一日違いで大違い!
ひぇー明日だったら、
私コワくなっちゃうかもぉと、
翌朝ミサ、どうしよっかなぁ~・・・
でも!でも!逃げるな〇子
朝ミサ仲間がいる!
ひとりで読むから怖いのよね。と到着すると。


本日は、扶助者聖母マリア
のお祝い日で、


まったく違う朗読箇所
みことばが準備されていて、
降ってきたんです。
うわっ。かみさまありがと。
聖霊さんありがとでした。
コンタクトレンズがずれて
いたくて目が開かない位にビックリ。


自分の思い込みで、
行かずにいたら、
出会えなかったみことば
聖霊さん以外のなにものでしょうか。


キリスト者の生き方が見えてきた?
のかもしれません。
見せられているのかもしれません。
おそれずに。前に。後ろのことは忘れ。
まだ、わたしにはできていないけど。





聖霊降臨の豊島神父さんのお説教に
出てきたタンポポ話。素敵でした
人を励ます福音。
こどもの心にものこる福音。
これでもか‼という
かみさまの愛がみえることが
そこここに道端にもあって。
まだ持たぬ人持ち得ぬ人にも、一生懸命、
それを築き上げようと
日々を重ねてる人がいて。
そんなかみさまへの入口を、
アルのを知っているなら、
みんなに見せてあげたい。


理由なく、信じてもらったから
そのやり方をみせてもらったから
信じて生きていきたい。
疑うよりは信じきって
死んでいきたいもんです。


そのやり方は、ただただ、
心からほほえんで、
心から相手を思って
くれていたように思います。
本当のやさしさ。
なかなか、日々に負けて
微笑むより吠えてる感の強い
〇子ですが。
まだ見ぬ人に伝えなくっちゃ


お世話になった
すべてのキリスト者に感謝
深まり続ける聖霊降臨を
かみさまありがと



⚪子
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夜金講座・新学期 とたんぽぽ
2018 / 05 / 21 ( Mon ) 00:26:05
5月18日の金曜日。
長いお休みのあと、やっとやっと、
待望の金曜入門講座、
新学期が始まりました!!


かかりんは仕事をマッハで切り上げ、
久しぶりの米粉ケーキを焼いて、
張り切って
多摩教会にかけつけました!


新学期なので、
マリアさまにお祈りします。
「今日から新学期です。
どうぞ新しい方を入門講座に
よこしてください。」


そしたらね。
ちゃんといらしてくださいました!!
しかもお二人も!!
日曜入門係のMさんの教え子さんと、
前にフルーSの演奏聞いてくださって
かかりんを「メーテル」って呼ぶ、
女性の方!!
お祈り効果は今年度も
さえわたっています


この日のお話は
祈りについてでした。



お祈りとは、
一人でやるものではないこと。
一人で言うのは呪文。
受け止めてくれる相手がいて、
聞いてくださる安心がある。
それが祈り。


パーフェクトな父なる神は、
甘えも受けとめてくれる。
だから安心して祈りなさい。


うんと簡単にまとめるなら、
こんな感じでした。


今年度もますます
豊島神父様の講座は
さえわたっています。
あたたかな福音に心がほっこり
温まって、
その後は皆さんでケーキや
フルーツをいただきながら
楽しくおしゃべり。


夜金はやっぱりこうでなくっちゃ。
また楽しい金曜の夜が始まりました。
一緒に食卓を囲みながら
教会で結ばれた家族で
一家団欒いたしましょう





そして20日の日曜日。
この日のお説教で
かかりんが一番心に残ったのは
豊島神父様がまだ少年だったころの
告解のお話。


その時豊島少年の
告解を聞いた神父様は

「下を向いてしまうことがあったら
たんぽぽを探しなさい。
神さまはそういう美しいものを通して
あなたをはげましている。」

こんな内容だったと思いましたが、
この言葉は今でも
豊島神父様をささえていて、
たんぽぽはちょっと
スペシャルなお花なんだそうです。

「下を向いてしまったら
たんぽぽを探しなさい。」

なんて良い言葉だろうと
涙がこぼれてしまいました。


小さな小学生のころの
豊島少年の心に
その神父様がまいた種は
こうやって立派に実って
今や牧者となった豊島神父様によって
またたくさんの種として
人々の心にまかれていくのです。


こういうのが2千年も続いてる
カトリックの魅力だよなあ、と
かかりんは思うのでした。
神父様は神様にその身を捧げられて
生涯を独身で過ごされるので
血のつながった子孫は
おもちでないけれど。


信仰でつながった家族たちに
たくさんの種がまかれて
それがはるか時を超えて
次の世代へとつながれていく。
それがいつか、
豊かな実りになるのだなあと。





たんぽぽのように、
神さまの愛を伝えるお手伝いが
できるように。
今年度もあなたを「ようこそ」と
とびきりの笑顔でお待ちしています。



かかりん
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いよいよ♪
2018 / 05 / 17 ( Thu ) 17:40:54
お待たせいたしました!


いよいよ、明日の金曜日より
金曜午後講座と夜講座、
ともに、始まります!!


新しい出会いを期待して、
わたしたちもワクワク・・・。



13:30~と19:00~の
2回です。


どうぞどなたでもいらして下さい。

心からお待ちしています。


Luna
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