神の母 聖マリア
2018 / 01 / 05 ( Fri ) 18:23:49
新年 あけまして
 おめでとうございます。






2017年は
今の日本が享受している
〝平和″の危うさ、もろさを
今までになく感じさせられた
年でした。


無事に
新年を迎えられたこと
心から神さまに
感謝いたします。


2018年が 
皆様お一人おひとりにとっても、
日本にとっても、世界にとっても、
″平和″な年になりますよう
心から祈ります。





ところで、
カトリック教会は一月一日を
「神の母聖マリアの祭日」
に制定しています。


この「神の母」という
不思議な呼名について
教皇フランシスコは
次のように
説明してくださっています。


一年は「神の母」の名のもとに
始まります。「なぜわたしたちは
「神の母」と言い、
「イエスの母」とは言わない
のでしょうか。


過去に
ある人々は「イエスの母」で
十分であると主張しました。
しかし、教会は
「マリアは神の母である」
とはっきりと宣言しました。


わたしたちはそれに
感謝すべきです。
なぜなら、この言葉には
神とわたしたちについての
輝ける真理
が詰まっているからです。


主は、
マリアを通して受肉された時以来、
その時から永遠に、
わたしたちの人性を
背負っておられます。


イエスが母から受けた肉は、
今も、そして永久に彼のものです。


神はもう人間抜きでは
あり得ません。


つまり、「神の母」が
わたしたちに
思い起こさせるのは、
胎内の子どもが
母のすぐそばにいるように、
神は人間の近くにおられる
ということです。


バチカン放送局のHPの

『元日:「『神の母』を
一年の出発点に」教皇によるミサ、
バチカンで』

に全文が載っていますので、
よろしかったら、
どうぞ訪問してみてくださいね。





遅ればせながら、この年末に、
「ローマ法王になる日まで」
のDVDを借りて観ました。


あの残酷な独裁政権下での
苦しみを体験してもなお、
神への信頼、聖母への信頼
を失わないでおられる!


このような方を教皇として
お与えくださったことは、
わたしたちへの
神さまからの
はっきりしたメッセージ・・・だと
つくづく思って、
久々に教皇様のお言葉を
少しだけ、アップさせて
頂きました。


さて、と・・”信頼”のうちに
今年の歩みを始めます・・・。

Luna
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12月といえば冬のからすうり
2017 / 11 / 29 ( Wed ) 09:05:19
仲秋の名月なんて
とっくのとおに過ぎたし
もう今週には
12月が始まっちまうし


それでもススキは
ピカピカしながら風にそよいでるし
からすうりは
元気に赤らんじゃってるし



部屋はお掃除できてないし
気が付いたら
靴下に穴が空いてるし
懐は寒いし
実は空気も寒いし



ああ、忙しい、忙しい!
なのに
クリスマスキャロルなんか
口ずさんでたりして。



お聖堂でボーっとしてたい



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かなぶん
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天高く
2017 / 11 / 07 ( Tue ) 09:52:30
xx-く天高



カラフルな秋空と多摩教会

今日は立冬

早いものですね



かなぶん




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「大いなる沈黙へ」
2017 / 10 / 26 ( Thu ) 15:15:54
2,3年前に
日本でもかなり評判になった
フランスの実録映画
「大いなる沈黙へ」
のDVDを多摩教会の方にお借りして
3日間かけて、
時々寝落ちしながら、
やっと観終わりました~。


(お貸しくださったTさん、
どうもありがとうございました!)



この3時間の映画を
映画館でいちどきにご覧になった方、
尊敬いたします!


カメラが入った(それだけでも奇跡的)
カルトジオ会の
グランド・シャルトルーズ修道院は
世界で一番厳しい修道院
と言われているところ。
それだけに、アルプス山脈に囲まれた
極寒の生活は、
聞きしに勝るものがありました!


もう、寒そう~~!!


質素で、単調な、
個室での沈黙の生活。
日常生活そのものが
十字架に釘付けられた方と一致した、
あたかも長い殉教であるかのよう。


キリストが今も生きて働いておられる
『しるし』でしょうか。


いえ、彼らは“神に誘惑された“
らしいです。
(フランス人らしい表現!)


しかし、寒そう~~!!


観ているだけではわかりませんが、
修道士たちの心は、
祈りで熱く燃えているのかもしれません。


祈りが終わって、
カメラにふっと笑顔を見せた
若い修道士の顔は
幸福感があふれていました!
おそらくは死の床にあるのであろう
老修士の明るい澄んだ瞳。
意外にも活発な、皆での雪遊び!
盲目の修道士へのインタビュー。


それらの映像が入った
最後の30分くらいが
とても感動的でした!


特に、盲目の老修道士のインタビューには
胸を打たれました。


「なぜ、死を恐れるのか?
むしろ、幸せだよ。

神に近づけば近づくほど幸せになる。
死は、父との再会だから、」

「神は限りなく善である方なので、
我々を助けてくれる。

キリスト者は何が起こっても
悲しむ必要はない。」


「目が見えなくなったことを、
よく神に感謝するよ・・・」


などなど。語られた内容は、
よく耳にするまさに福音ですが、
でも、さすがに
説得力がありました。





でも、でも、あのような
厳しい修道生活をしなくても、
彼らと同じように、
私たちをその愛で満たしてくださる
本当に本当に、寛大極まりない、
限りなく善い方である神様!!


私たち皆を、
”きわめて善い”ものとして創造し、
私たちの存在を丸ごと受け入れて
下さっている(by豊島神父)
神様!!


こんな素晴らしい
イエス・キリストの父である神さま!
を知ることのできる入門講座。


明日27日午後1時半からと
午後7時から、
そして、29日の日曜日のミサ後に
多摩教会でもありますよ。


ぜひ、ぜひ、お越しくださいませ。


心からお待ちしております。



Luna
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台風一過
2017 / 10 / 23 ( Mon ) 16:28:32
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台風一過の今日の空

雲がないと、ただの青色





Luna

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29は‼
2017 / 09 / 28 ( Thu ) 21:47:27
⚪子の霊名には
ミカエルさんが入っています
9/29は
ミカエルさんのお祝い日





うちのカレンダーをめくったら
9月がモンサンミッシェルの絵で
キリスト教に関係ない企業の
カレンダーなんですが
たまたまなのかな?
今思い至りました。
もう9月が終わるのに。


モンサンミッシェルの中に泊まると
モンサンミッシェルが見えない~
とか贅沢をいいつつ
鐘に導かれ
島の町の教会のミサに与り
ミサ後に路地を歩きながら
『もし、わたしが未来
洗礼をうけることがあったら
ミカエルかな~
』と
青空みあげたのは多分1998年頃


日本に帰り母の知り合いの神父さんに
娘がね~こんなこと言ってね
と言ったら
『女の子やし、ミカエら、ね

この霊名に守られ導かれ
ついこの間洗礼をうけるまでも
ゆうに20年近く
しっかり守られてましたが、


洗礼を受けたら、
正義の見方のミカエルさんが
悪魔をふんずけて
きっちり守ってくれてるから
あらぬ誤解をうけたって
自分の中にどうしても恐れが生じても
ちゃんとこえられましたよ


ええ~天使信じられる~?って
言われることもありますが


みかエル
『み』が[疑問]
『か』が[~のような]
『エル』が[神]
誰がかみたりえようか?!
って意味だよと
神父さんが教えてくれたので


おお~それはスゴイ!
いつもそう思えていたいと
思えた霊名です


昔イギリスの大学は
この日が始業の日だったんですって
今年の入門講座は
この日が始業の日

スゴイですね~





『入門講座にいきます!』
のお電話を
教会の受付に結構いただいています。
ありがとうございます!


え?申込み?いるの?と思った方、
もちろん申込み不要ですから
誰でもどうぞですから
気がむいたから来ちゃいました!
とふらりとお立ち寄りください
はじめての方のために
席を用意して待ってま~す


神父さんのお話を聞いてるだけの
スタイルですので


気負わず
ちょっとホッとしにいくか
位でいらしてください


金曜日は13:30-と19:00-やってます。
日曜日はミサ後




久々にトヨジェラクッキーも
扱ってま~す


わたしも久々の
聞いてるだけ講座が
楽しみでなりません


なにやら寒くなるらしい?
あったかい飲み物用意して
再会をはたまた新しいまだ見ぬ出会いを
楽しみにお待ちしてます


⚪子
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トラピスト体験 沈黙~♪
2017 / 09 / 24 ( Sun ) 02:22:29
行ってきました
那須のトラピスト修道院。


多摩教会から10人が参加。
かつての天皇領だったらしい
広大な敷地には
みんな感嘆するばかりでした。



<全景>
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一日に6~7回の祈りの時間と
毎朝のミサ。
詳しくは、那須のトラピスト修道院のHP
を参照してくださいね。


祈りは聖堂でみんなと一緒。
詩編を独特のメロディーで
2つのグループに分かれて
交互に唱和するので、


シスターたちの美しい歌声を聴きながら
祈る、という
素晴らしい体験ができました。


(シスターたちは全部で50人くらい?)


教会の祈り(聖務日課)が中心の生活。



すべてがゆっくり、ゆっくり
進みます。



<塀の向こうは禁域です>
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<禁域内の農地を近くから>
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豊島神父様のご提案で、
私たちも、シスターたちに倣って、
司祭面談や告解の他は、
完全沈黙することに・・。


沈黙・・・つい、余計なひと言、
を言ってしまう
私には恵みの時だったかも!?


そして、そして、
お食事が豊かでおいしかった!!
のに感激

2泊3日という短い期間でしたが、
主婦にとっては
とても、とても贅沢な時間と
贅沢な空間でした・・・。


心から、神に、そして、
お世話くださったシスター方や、
トニー神父様、
コーディネータの豊島神父様に、
感謝!!です。

また、ぜひ、行きたいな。



Luna
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夏休み雑感
2017 / 09 / 12 ( Tue ) 09:24:24
9月も、もう半ばを迎えようと
しています!はや~い


あんなに暑かった夏は、ある日突然、
消え去り、
いきなり秋になり・・・、
ちょっと肩透かしをくらった感じの
昨今、


秋らしい晴天が続き、
ホッとしていますが、


今日は、また、雨?


みなさま、
いかがお過ごしでしょうか。


さて、入門講座は
9月29日(金)からなので、
すっかりのんびりしちゃってます。
ずいぶん長い夏休み・・・(汗)
ブログも閑古鳥が鳴いてますね。


ごめんなさい、です。





ということで、少しは気合を入れて、
なんか書かなくちゃ、と思っても、
我が頭の中も、すっかり夏休み、
ボケ・・・


困った!ということで、
ふと見上げると、
9月の教皇カレンダーが!


「人間の心に開いた霊的、
道徳的な深淵、
憎しみや死をもたらす
亀裂を前にして、
救いをもたらすことができるのは、
神の無限のいつくしみ
だけです。」とあります。


神の無限のいつくしみ?!
私たちは、いえ、私はどれほど、
この″無限“とやらを信じているか、
という疑問がよぎります。。


う~ん・・





豊島神父様は昨日の主日のミサ説教で
ゆるしの重要性について、
素敵な例を出してお話しくださり、
制裁より対話、と
意味深なことを言っておられましたっけ。


(私の不確かな記憶によれば、
ある本…タイトル忘れました、に
書かれている、ある村のお話。
その村では、人が何か悪いことをすると、
村人全員がその人を真ん中にして、
囲んですわり、一人ずつ、
その人の前に行って、
その人の良いところを言う!
というようなお話でした。)






晴佐久神父様も
最新の「福音の村」で
素敵なことをおっしゃってますよね。


「安心しなさい。」「わたしだ。」
「恐れることはない。」(マタイ14:27)


恐れに捉えられた
ときのために、
この3つの言葉を暗記しておくように、と。


この言葉の主は人となられた神、
人として、十字架の苦しみを通られた方!、
そして、復活した方!
その方が今、私のそばにいて、
私におっしゃっている言葉!!


だから、信じられるはず・・・



教皇様の素敵な笑顔に
励まされよう。




Luna
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7月のからすうり
2017 / 07 / 27 ( Thu ) 22:41:51
7月のからすうりは、
意外なことに白い花


緑に繁る葉と茎の中途にスックと立ち
湿った暑苦しい空気のなかで
どんよりした空を眺めてた
人知れず
ひっそりと
純白の綿毛は微動だにせず
咲いていた


素敵な7月のからすうり



xx-うり




かなぶん
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土の器
2017 / 07 / 07 ( Fri ) 00:47:02
2017年6月16日、
バチカンの
サンタ・マルタ館礼拝堂での
教皇フランシスコによる
朝ミサ説教が
バチカン放送局のHPで
紹介されていました。


ほとんどリアルタイムで
地球の裏側の
教皇様のメッセージが届く
現代の技術力に
感謝です





ミサで朗読されたのは
「コリントの信徒への手紙2」(4,7-15)。


「私たちは、『土の器』。
神の力なしでは進めません。


“自分には癒しも支えも必要ない”
“自分は自分の宝を持っている”
と思うことは、
虚栄と傲慢につながります。


『ゆるしの秘跡』に与る時は、
自分の弱さを認め、
素直に
『恥じ入る』ことが必要です。


わたしたちの心を広げるのは、
“恥じ入る心”です。
そこに、
神の力が入ってきます。


こういう気持ちに至れば、
わたしたちは幸いです。
『土の器』と
神の力の対話があるからです。


自分を、
『土の器』と認めること
だけが、
神の偉大な力を引き寄せ、
満ち足りた心、救い、幸福、喜びを
与えてくれる」
と、
教皇様のメッセージにありました。





「自分なんて、土の器だ…」と
落ち込むときこそ
“神様との対話”がある
というのは
福音です!


どうか、
落ちこんだ時に
思い出せますように…



神に感謝!
Elizabeth♪
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