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211
2020 / 02 / 11 ( Tue ) 13:00:01
今日は、世界病者の日です。

マリアさまが
フランスのルルドに
あらわれた日です。
少女ベルナデッタの前に
あらわれ
何度も通うよう
告げられました。
その約束は7/16まで
何度にもわたりました。
その約束を守った
ベルナデッタ。


そして、掘りなさいと言われ
湧き出た泉に、
150年を経た現在も
癒しを求める人が集います。


今日は、カテドラルで
13:30から
病者のミサがあります。
外に出ることの出来ない
渦中にある方、
その傍らにいる方、
医療に従事する方、
介護に疲れ果てている方、
ここに書き連ねられない
全ての苦しみの中にいる方々に、
一条の光が
届きますように祈ります。


来なさい。休ませてあげよう。


このみことばだけを心におき、
かみさまに向かい
全ての思い込み、
思惑、人のうみだす
愚かな全てから、
解放してくださり、
みむねに心を向けることが
できるよう。
ごミサの前には
カテドラルのルルドで
マリアさまに取り次ぎを
願いたいと思います。


その傷つきを窓にして。
遠くにいても、
同じ時間、
ともに祈りませう


⚪子
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2019秋・歌う巡礼団のワンデイ東京巡礼 その③
2019 / 11 / 15 ( Fri ) 22:20:54
さてさて、いよいよ最終話。
その③です!


キアラ神父様の墓碑のあとは、
チマッティ神父様の柩が納められた
地下聖堂です!


聖堂の手前に白い柩が
荘厳な雰囲気で置かれていて、
チマッティ神父様のご遺体が
そこにおさめられているのでした。
前に豊島神父さまが
教えてくださったのですが、
死後ずいぶん時間が経っているけれど
ご遺体は腐っていないそうです。


xxx-kor9.jpg


前にヨーロッパに行ったときにも
思ったのですが
カトリック教会は聖人のご遺体を
ガラスの柩に納めて、
聖堂の見えるところに
安置したりしますよね。
イタリアでラファエラ・マリアさまの
ご遺体を拝見した時、
ごミサをする聖堂の、
会衆に見えるところに
当たり前のように置かれていて
かなりびっくりしたのを
鮮明に覚えています。


今回も、
自分の目の前の白い柩の中に
チマッティ神父様が
そのままいらっしゃると思うと
何やらドキドキでしたが、
巡礼団はそこでも「あめのきさき」を
そっと合唱してきました。


xxx-kor10.jpg


チマッティ資料館は、残念ながら
鍵がかかっていて
入れませんでした。
調布教会は見所たっぷり!!
また改めて資料館にも
うかがいたいです。


地下聖堂から出てお庭を
横断すると
また聖堂がありました。
神学院の聖堂らしいのですが
入ってよいのでしょうか・・
でも扉は開かれていて
特に立ち入り禁止の札などもなく。
恐る恐る巡礼団は
聖堂の中へ。


かかりんは調布教会で
堅信を受けました。
なつかしい明るい
その聖堂とはまた違う、
重々しい 色彩の、
重厚な落ち着いた聖堂でした。
神学生さんが祈るのにふさわしい
静かな祈りの場のように感じました。
かかりんはこの聖堂が
とてもステキだと思いました。


各自お祈りしたあと、
そこでもそっと
「あめのきさき」を歌います。
そのあと聖堂を出ると、
ルルドのマリアさまが!!

xxx-kor11.jpg


もちろんここでも
「あめのきさき」を合唱して、
さあ、長崎からいらしている
Kさん親子と
我が家、多摩教会で
待ち合わせです!


xxx-kor12.jpg


すっかり気温が低くなっている中、
巡礼団は小走りに
多摩へ向かいます。


やっぱりここが私たちのHOME、
「帰ってきた」って感じが
すごくします。
聖堂のエントランスで
数年ぶりの感激の再会をして、
お嬢さんのYさんを紹介してもらって、
あっという間に時を超えて
和気あいあいと
おしゃべりの花が咲きます。


夕方のごミサに、
6人並んで与ります。
この日のごミサは
星野神父様と豊島神父様の
共同司式でした。
かかりんは初・星野神父様!!
ご本は拝見したことがあったのですが、
初めての星野神父様は
笑顔の優しそうな、
ひょうひょうとした感じの、
歌うように独特の節をつけて
話される神父様でした。
なつかしい長崎の橋本神父様に
ちょっと雰囲気が似ている
と思いました。


ごミサのあと、
豊島神父様にお二人をご紹介して、
教会の近くのお店で
夕ご飯をご一緒して
楽しい時間を過ごして
解散しました。


Kさんのお嬢さんのYさんは
とってもかわいらしくて感じの良い、
ステキなお嬢さんでした。
初対面の
おばさん4人と
楽しくおしゃべりしてくれて
巡礼団一同感激!!
とっても楽しかったです!!


6人でいろんな話をしましたが、
前に鶴巻神父様が
「自分たちの交流が、
東京と長崎との架け橋になると
いいと思う」
っておっしゃってましたが、
かかりんたちもそう思いました。


たまたま巡礼に訪れた長崎で
親切にしていただいて、
一緒にごはんを食べた、
その一回会っただけのKさんが
こうして今度は多摩に来てくださって
昔からの親友同士みたいに
家族ぐるみで
楽しい時間が過ごせる。
とてもステキだなって思いました。


豊島神父様、
Kさんが、次回はぜひ
豊島神父様の
お説教が聴きたいですって
おっしゃってましたよ!!
ぜひよろしくお願いいたします


こうやって距離を超えて
教会家族の輪が広まるって
カトリックならでは
なんじゃないかしら。


世界中どこに行っても、
カトリック教会である限り、
そこは私達の家で、
一緒に食卓を囲む権利がある。
そしてその食卓を囲む人は、
私の信仰の家族。
そしてその食卓は、
信仰のために命を捧げて
奉仕してくださった、
たくさんの神父様たちに
支えられているのです。


カトリックの良さを
しみじみ感じられる
秋の忘れられない一日
となりました。

神様と、
たくさんの神父様たちに感謝。


かかりん
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パ♪で始まる、天使なお知らせ♪♪
2019 / 11 / 14 ( Thu ) 20:20:37
さてさて、
来たる日が近づいてまいりましたね
東京ドーム教皇様ごミサの
行けますよハガキ届くかなぁ
な日々をいかがお過ごしでせうか?


⚪︎子はハガキ出していないので
心穏やかに天使でいられる
ハズなんですが


⚪︎子の母は出しており、
今日あたりが
ポストの気をつけどころかなぁ
と思っています。
うちの辺は、大体、一日遅いんで
「ま自分がいけなくても、
そしたら誰かが行けるんだから
いいじゃない
と先に、なんにも来なかった時のために
盛り上げてみたり


当初は10日にはわかる
と思われていたので、
土日のミサでは、外れたと思ってたわ
って声もきかれましたが、
ダメだったわと思ってる方も
この一日二日は、
ポストチェックして置くべきみたいですよ
と、天使の声になりえますでせうか?


東京はそもそも月曜日だから、
いろんな理由で行けない人や、
申し込みしてない人たちや、
ハガキが来なかったら
の救済措置を
われらが主任司祭準備してくれてまして
多摩教会で、一緒に配信みよう
ハード面は万全に
準備してくれているので
天使なパブリックビューイングが
行われる?かもしれません。


当初は、暇だからと
神父さんおっしゃってましたが、
ンナワケナカロウと思っていたら、
やはり、従順が降ってくるのでした
またひとつ、
画面に知った顔を探す楽しみも
増えますね
いまだ画面に知り合いが出ると
正座してみちゃう昭和な⚪︎子
知っている人が沢山いたら、
十分繋がっている気になりますよね


まだ、その多摩教会での
パブリックビューイング。
当日か、別の日にか。
いつの開催かが現在未定で
わかりません。


当日なら、同じ時なのか、
その夜になのか、
事後なら、行ってきた人の喜び話も
聞けるね〜ってことで、
どれにしても楽しみですね
お知らせをわくわく待ちませう


決まり次第ホームページで
お知らせすることになっている
そうなので


みんなでみよう
パブリックビューイング
の天使なお知らせをお楽しみに
多摩教会ホームページ
を要チェックです


みんな行けるとイイねぇ


あら、今、ダメだったわって見えた方が


ヤッパリ外れると落ち込むね。。。
と、オシャベリ、
きっとバチカンにいけるよ!って
言ってたら、


「そうだ!わたしが行けなくても
誰かが行けるんだ!」
っておみどうに登っていかれました
ずっと母に言ってる言葉が
この人の口から出てびっくり
知恵ある人
サスガ一緒に見ようねぇ♪♪


日本にずっとずっと
心にかけて下さっていらした教皇様を
心からお迎えできるように
ひとりひとりの守れるいのちに
心を向けて
思いあって感謝のお祈り
いたしませう


⚪︎子

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2019秋・歌う巡礼団のワンデイ東京巡礼 その②
2019 / 11 / 12 ( Tue ) 11:42:27
さて、その①の続きです!


午後になって少し気温が
低めになった中、
巡礼団は駅から歩いて
調布教会に到着しました。
聖堂に入りたかったけれど
この日はちょうど
「原城、哭く」という
オペレッタの上演中で
(なんとチマッティ神父様が
原作らしいです!!)
入れなかったです。


オペレッタの受付の方に
「何か?」と聞かれたので
「コルベ神父様の展示を見に来ました」
と伝えると
信徒館で展示してるので
どうぞと言われました。
そしたらそこはオペレッタの出演者の方の
楽屋になってるらしく、
着物を着た男性が
何人かうろうろされてます。
多摩教会の信徒の
Sさんにもお会いしました。



xxx-koru5.jpg

xxx-koru6.jpg


〇子さんとは
入れ違いだったらしくて
会えませんでしたが
20枚のパネルを4人で
じっくり見せていただきました。
う~ん、すごいボリューム!
確かにこれは
多摩教会では置く場所が足りません!
でも、すごく見ごたえがありました。


たくさんのパネルの中で、
特にかかりんの心に残ったのは、
アウシュビッツのコルベ神父様が
亡くなられた部屋の写真、
それからコルベ神父様の
おひげの写真でした。


アウシュビッツで
焼かれてしまったので
この世から消失してしまった
コルベ神父様の亡骸。
おひげだけが残ってこうして
コルベ神父様の肌のぬくもりを
後世に伝えてくれています。
その貴重なおひげが、
多摩教会にも展示されてるのだなあ、
と改めてしみじみと
そのすごさを実感しました。


この日は神様のために
ご自分の命を捧げた神父様たちに
たくさん出逢える日でした。


コルベ神父様の展示を見たあと、
ツアコンAさんが
「実はここにキアラ神父様の
墓碑があるのよ」と言いました。
それも踏まえての
調布教会めぐりでした。
Aさんナイス!!


調布教会のお庭の
日当たりの良い一角に、
ひっそりとその墓碑はありました。


xxx-koru7.jpg

かかりんはこの日まで
調布教会に3回
行ったことがありましたが
一度もこの墓碑に
気付きませんでした!


xxx-koru8.jpg


キアラ神父様は
仏式で埋葬されたため、
墓碑も梵字が書かれているのですが、
石の上が神父様の
帽子の形になっているのです。
なんだか不思議でしたが、
江戸の当時の人々の
キアラ神父様への想いが
伝わってくるように感じました。


アナタハサイゴマデシンプデシタヨ


上からの命令で拷問して
棄教させて幽閉せざるを得ず、
仏式に火葬で
埋葬にしなければならなかったけれど。
そんな声が聞こえてくるような
気がしました。


そして、埋葬されていたお寺が
なくなって、
別の墓地に移されていて
行方知れずだった
キアラ神父様の墓碑を、
探し出して
教会に移してくださった
サレジオ会の神父様、
ありがとうございます!!
キアラ神父様は
やっぱり教会で
眠ることができるようになって
絶対うれしかったと思うのです。


この墓碑の前でも
巡礼団は心をこめて
あめのきさきを合唱しました。


長くなったのでその③につづく!



かかりん
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2019秋・歌う巡礼団のワンデイ東京巡礼 その①
2019 / 11 / 10 ( Sun ) 19:57:56
お久しぶりです!
かかりんです。



2019年11月9日の土曜日、
歌う巡礼団の
秋のワンデイ東京巡礼
がにぎやかに行われました。


今回も巡礼団が誇る
ツアコンAさんが、
「どうしてもみんなを
ここに連れて行きたい!」と
プランを練ってくれていた
企画でした。


朝10時半に新宿に集合して
スタートです。
今回は夕方の多摩教会のごミサに
長崎でお世話になった
中町教会のKさんとお嬢さんが
親子で参加されるとのことで、
一緒にごミサに与って、
夜ご飯も食べましょう!と
夜まで盛りだくさんなので
わりとゆったりした
スケジュールになりました。


山手線で池袋まで行き、
池袋から丸ノ内線で茗荷谷まで。
かかりんは人生初の茗荷谷でした!
目的地は江戸時代の
切支丹屋敷の跡地です。
ここは映画『沈黙ーサイレンスー』
の主人公ロドリゴのモデルとなった
キアラ神父様や、
江戸時代の最後の宣教師
シドッティ神父様が
幽閉されていた場所です。
シドッティ神父様の遺骨も
ここで発掘されたという
知る人ぞ知るクリスチャン的には
大変重要な史跡です。



すごく立派な、閑静な住宅街の一角に
そこはありました。
今では立派なマンションになった]
その場所には
ひっそりと石碑や案内板が
立てられていました。


xxx-uta1.jpg


xxx-uta2.jpg


ツアコンAさんが
事前にリサーチしてくれたおかげで
シドッティ神父様の
遺骨が発見された場所も
ピンポイントでわかっています。


xxx-uta3.jpg


今は駐車場になっている
その静かな一角で
巡礼団はテーマソングの
「あめのきさき」を合唱しました。
天国のキアラ神父様や
シドッティ神父様に届くといいなと
祈りながら。


文京区の閑静な住宅街。
きれいな秋晴れの空を見上げながら、
人生の大半を幽閉されて
はるか辺境の地で故郷に帰ることなく
人生の幕を閉じたお二人に
想いをはせました。


xxx-uta4.jpg


布教への情熱に燃え、若き日に
人生を捧げるつもりで
はるか日本にいらして、
そこで待っていたのは
想像を超える迫害。
結局はつかまえられて閉じ込められ、
布教の機会もほとんど奪われ、
シドッティ神父様に至っては
切支丹屋敷で幽閉されていた時に
身の回りの世話をしてくれた夫妻が
神父様の人柄にひかれて受洗、
けれどそのために夫妻は処刑され、
その後神父様は
自ら食事をすることを拒んで
亡くなったそうでした。


神様は神父様たちの命を、
何のために選ばれたのでしょうか。


茗荷谷の駅の近くで昼食をとり、
次は調布教会に向かいます。
コルベ神父様のパネル展示が、
日曜まで飾られているのです。


巡礼団は同じルートを戻って
新宿に出て、
京王線で調布に向かいました。



その②につづく。


かかりん
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終了迫る!コルベ展♪@調布教会11/10まで♪
2019 / 11 / 09 ( Sat ) 23:33:24
ポーランド大使館が作成した
コルベ神父さんについての
パネルが、調布教会で展示中♪
多摩教会のネタとして、
巡礼指定教会ときいたときから、
コレをどうしても!かりてきたい
と神父さんに切望している
やりとりを横目にきいていて。
それが届き、
ありゃこれですか。


こんなに沢山。そして、大きい。
記事の部分だけなら、
そこまで場所とらないように思うけど。
と言っていると。


豊島神父さん曰く
この黄色い畳1畳分くらいの
パネルの大きさに
意味がある。と。
ポーランドの黄金期をあらわす
黄色い部分
そのごく一部であった
暗黒の時代をあらわすのが、
この記事の部分
という表現でもある。と。
調布の広い信徒館に
ずらりと並べられていると、
その意味が目でよくわかるのでした。


xxx-コルベ


調布教会主任司祭は、
現在、ポーランドご出身の神父さまなので
もしかしたら、ポーランドならではの
目線のお話もうかがえるかも?
と期待していくと、
調布教会オペラのようなコンサートの日で
展示場所が控え室になってまして
すみません、コルベ神父さん
見ていっていいですかと
遠慮がちにお邪魔。
着物のようなのを着た人が
うつっているのはそのお衣装ですね♪
原城のお話。



そして、この終末せまる
第32主日のごミサ。
第一朗読がマカバイ記で、
急遽、朗読担当になった⚪︎子。
さっきみてきたコルベ神父さんが、
思い浮かぶのでした。


でも、コルベ神父さんも、
イエスさまも、
迫害している人を
呪うようなことがなかった。


かえって、その人のために
祈っているんですよね。




⚪︎子
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長崎の祈り―水がめを運ぶ人々に導かれて-
2019 / 10 / 03 ( Thu ) 15:11:43
こんばんは!かかりんです。
これも今となっては
少し昔のことですが。


9月9日に
歌う巡礼団飲んべ部屋の
Aさんから
あるテレビ番組を
ぜひ見てほしい、と
葡萄の実のメンバーに
メールが来ました。
それは


「心の時代
長崎の祈り―
水がめを運ぶ人々に導かれて-」
という番組でした。


再放送を録画しておいたのですが
父の一周忌やらなにやらで多忙で
あと、一人の時に
じっくり観たかったので、
一か月近くたった
9月30日の夜に
やっと観ることができました。


かかりん、号泣!!
心を病んで
苦しんでいる友人たちに
見せたいと
心から思いました。


長崎の古巣馨神父様の
静かな力強い福音が
そこでは語られました。


幼くして亡くなったひとみちゃん、
精神病を30年以上患って
精神病院で暮らしていたミネヤン
このふたりの信者のことを
古巣神父様は
「水がめを運ぶ人」
として話されました。


人にも土地にも召命があって、
「あなたの命は
jこのために召された」と
神様から引き受ける役割。


ひとみちゃんは
病気の母親と
飲んだくれの父親のもとに生まれ
肺炎でも病院に
連れて行ってもらえず
幼い命を天にお返しした
女の子です。


娘を見殺しにした父親を
非難する神父様に
天国のひとみちゃんは
はっきりと伝えました。
「神父様、ごめんね。
お父さんやお母さんを責めんでね。
お願いだから許してやってね。」と。


救いの一番の泉は
そこに許しがあるということ。
「あなたはゆるしのために、
私が選びました。」と
神様に選ばれた、
ひとみちゃん。



もうひとりは30歳で
精神病を発症して、
63歳で亡くなるまで
精神病院で生きたミネヤンさん。


ミネヤンさんの夢は
「私は人生が終わった時に、
この人は神様の子供だった、
そう言ってもらいたかとです。」
という人でした。


『平和のためにはたらく人はさいわい、
その人は神の子と呼ばれる。』
の聖句を読んで、
「私は平和のために
はたらくとです。」と言った
ミネヤンさん。


ほどなく彼は肝臓がんを発症して
63歳の生涯を閉じます。
亡くなるひと月前、
神父様が約束の日に
行く気になれず
急用と電話して、翌日訪ね、
「昨日は私の都合でごめんね。」
と神父さまがあやまると、
ミネヤンさんは
「よかとです。
神父様の都合のよか時でよかとです。
私には都合はなかとです。」
と答えます。


「私にも都合がありました。
早くここを出て社会人として
働きたい。
私もせっかく生まれたのだから
生きがいを持って生きたい。
そう思って自分の都合を
言っている時は
とても生きづらかったです。


でもこの頃思うんです。


私の都合じゃなく
神様の都合をいつも考えよう。

神様の都合があるから、
私はここ(精神病院)
にいるんだと思うんです。」


ミネヤンが亡くなって
神父様が教会で
お葬式をすると
深夜にやってきた病院の
清掃係の女性が
「この人のいるところは
平和でした。
その理由がわかりました。
この人はここの人だったんですね。
ミネヤンは
神さまの子供だったんですね。」


平和のために働く、
ミネヤンさんの働き方は
「自分の都合を言わない」
という働き方でした。


聖書の水がめを運ぶ人
と同じ状況だった
ひとみちゃんもミネヤンさんも、
過酷な人生をひねくれないで、
くさらないで、
曲がらないで生き抜きました。


このひとみちゃんと
ミネヤンさんのような預言者たちは
何を伝えようとしているのか。
さし出そうとするものを
次の時代の道しるべとしたい。
古巣神父さまは、
こう結ばれました。


久しぶりに嗚咽するほど
号泣してしまいました。
古巣神父様は
ミネヤンさんの言葉を聞いたとき
「金槌で頭を殴られたように感じる」
という
言葉の意味を初めて知った、
とおっしゃっていましたが
かかりんも同じ気持ちでした。


かかりんの、
心の病気に苦しんでいる
教会のお友達の
あの方も、この方も、
「もっと人に認められたい、
世間に役立つ仕事がしたい、
自分には生きている価値がない、
自分がこんななのは親のせいだ、
健常者のあなたには
こんな気持ちわからない」
と不思議なほど
同じことを言いますが


神様の都合を考えれば
いいんだなあ、
あの人にもこの人にも、
このことを伝えたいなあ。
かかりんはそう思いました。


このひとみちゃんや
ミネヤンさんの人生は
すばらしい恵みにあふれた
神様の福音を伝えるものでした。
どうしてこの二人の人生が
価値がないなんて言えるでしょうか。


この世の物質でなく
天に宝を積んだ
この水がめを運ぶ人々のように、
私も神様から召されたお仕事を
精一杯勤めていきたい
と思いました。




かかりん

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多磨全生園
2019 / 10 / 01 ( Tue ) 22:53:47
こんばんは、かかりんです。
だいぶ前になってしまいましたが、
9月16日、
豊島神父様がよくお話されていて
ぜひこの目で見て来たかった
多磨全生園に、
とうとう行ってくることができました!


神父様に事前にリサーチして、
久米川駅からバスで向かいます。
残念ながら月曜日は
全生園の中の和食屋さんは
定休日だったので
(映画「あん」の衣装が
展示されてるらしいです!)
駅の近くのお蕎麦屋さんで
早い昼食を食べて出発です。


勝手に高尾みたいな
山の奥にあると思っていたそこは、
意外なほどに平地の街の中に
突然現れました。
街中なだけに、
緑のうっそうとしげった
巨大な森のような外観が異様です。
こんな大きな通りに面しているのに、
中の人は外に死ぬまで出られない
時代があったんだ・・。
なんだか胸がいっぱいです。


まずは国立ハンセン病資料館です。
入口にお遍路姿の
母子の銅像が立っています。
住む場所を追われ、
お遍路をして生きていく以外に
生きるすべがなかった患者たち。


xxx-zen.jpg


入口に入ると記名します。
受付の方が親切に
順路など教えてくださいます。


かかりんは中高プロテスタントの学校で
毎年「救らい献金」というのがあって、
学校にハンセン病が治癒した
元患者さんが
講演に来てくださったりしていたので
ハンセン病がどういうものか
ざっくりとは知っていました。


けれどやはり、資料館の資料は膨大で
丁寧にまとめられ、
展示されていたので
今までよりずっと
理解を深めることができましたし、
恐ろしい差別の実態を
より深く知ることができました。
この資料館は本当に
見ごたえたっぷりなので、
ぜひ時間の余裕を持って、
じっくり展示を見てほしいです。


全生園は昔の面影を残しつつも、
今では市民のいこいの場に
なっているのか、
意外なほど人通りが多く、
資料館を出ると
自転車で走り抜ける人、
おしゃべりしている方、
お散歩している方、
ウオーキングしている方、
とさまざまです。


こんなのどかで静かな風景の向こうに
かつての患者さんたちの
悲しみと苦しみの歴史が眠っているのが
なんだか不思議な感じがしました。


映画『火垂るの墓』のラストシーンで
巨大な高層ビルの夜景をながめている
兄妹のような気分になりました。


以前豊島神父さまが
ごミサをなさっていた
全生園の中のカトリック教会にも
立ち寄りました。

xxx-zen2.jpg


神父様は「宗教エリアがあって、
お寺と聖公会とプロテスタントとカトリックが
同じ場所にかたまって建ってます。」
とおっしゃっていましたが


左にお寺、右にカトリック教会、
数メートル奥に入ると左に聖公会、
右にプロテスタント、
という教会だらけの場所に
なっていました。


中に入りたかったけれど、
さすがに鍵がかかっていたので
聖堂に向かって
外から十字を切ってお祈りしました。

xxx-zen3.jpg


街の中に病院も仕事場も
運動できる場所も教会も、
お墓まであって、
ある意味便利なように思えますが、
それはそこに
住まざるをえなかった人々が
やむを得ず必要に迫られて
自分たちで作りだした
箱庭だったのでした。


その病を得たのは、
もしかするとその人の
召命だったのでしょうか。
神様はその人の命を、
そのつとめを果たすために召し、
その人は水がめを運ぶ。
そして差別や偏見の恐ろしさを、
それでも輝く命のきらめきを、
私達に今も
教えてくれているのかもしれません。


xxx-zen4.jpg

いろんなことを
考えさせられる場所でした。
多くの方に、ぜひ実際に
訪れて感じてほしいです。
秋の遠足に、
あなたもいかがですか?



かかりん
未分類 admin page top↑
塗られる油は?
2019 / 04 / 17 ( Wed ) 22:26:12
「主キリストよ、
すべての悪しき考えから
私を解放してください。
〈シエナの聖カタリナ〉」



カトリック暦が書いてある
愛用手帳には
毎月のゆかりの聖人のことばが
ページのはじっちょに


時を超えて、同じ方向をみる人の
ことばにであえたりします。
4月はカタリナさん♪
いつか、この人にあえるのかな?
あいたい人が沢山増えました



聖香油のミサがカテドラルであり、
教区中の神父さま方が大集合。
そして、いつか塗られる油。


既に塗られた油を
あらためて感じられるごミサ。
これを皮切りに、
連日ご復活に向かっていきます


C年な今年の受難の主日は、
ルカによる福音が読まれ、
そこには〈見捨てられるのか?!〉
が出てこない。
お説教を耳にし、
はじめてその事に
きづかされた⚪子
更にC年好きとなりました


様々な人の立場や、
様々な受け止め方をききます。
その内容がまだ理解できなくても、
その人の語る熱量が届いて、
アカシビトってこういうことだろなと。


顔をみて話さないと伝わらない。

相手の言葉を聞く耳をもたないと
わからない。
向き合っているから、
その人のspiritが、真意が伝わる。
その時初めて同じ言葉も
、愛をもって相手を思う
善いものとして与えられる。



どんな悪しき考えを
つきつけられても、
自分の中から悪しき考えが
噴出しても。
さて、相手の顔を
ちゃんと見たならば、

自分の中でだけ出来あげた思いとは
違う行いを、結局してしまっている。
それは愛が故なのではないか。


まっすぐに向きあえばこそ、
聞く耳があればこそ、
相手の苦しみを
かき消してくれるんでしょうね。
ちゃんとかみさまを感じ、
目の前の相手に
出会っていきたい。



ルカに出てくることばは
「主よ、わたしの霊を
御手にゆだねます。」
1週間これを手帳の
はじっちょにみて、
ゆだねていけたらな




⚪子
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クリープ入りコーヒー?
2019 / 04 / 11 ( Thu ) 16:01:27
多摩教会前の桜
吹雪いております
すごいですよ~
昨日は大栗川あたりの桜並木では、
雪との共演だったとか☆


四旬節第5水曜日ミサの
第一朗読はダニエル書でした

『恐れることはない。
愛されている者よ。
平和を取り戻し、しっかりしなさい。』
ダニエル書10.19


この箇所は、
朝ミサの箇所には出てこない。
ダニエル書のずっと後ろなんですが...
ダニエルにも信仰の仲間が
いたんだなぁ~とか思うわけです。
だけども、最後は、やっぱり
、ひとりかみさまに支えられて
立っていくんだなぁ。って。


新たな地へひとり向かっていく姿や、
どうしてどうしてと苦しまれる姿や。
結婚の節目に向かいあう
二人の姿や、
生涯の終わりに向きあっている姿や。
すべてにその向こう側があるハジマリを
この四旬節沢山見せられました。


見守るだけで、なんにもできやしない
邪魔しちゃいけないと思わされる
大切なひとときばかり。
その重力は、一日が千年のような
永遠が培われてきていたような。
ほんとうのよろこびというのか。
安堵というのか。


わたしにできることじゃない。
自分の考えてできるようなことでない。
でも、自分の中からもわきあがってくる。
祈りながら恐れを越え向き合ってきたが故の、
心ふるえるようなとめどもない
よろこびの触れあいを与えられ、
永遠の仲間と共によろこぶことができる。


ここにいてよかった。
ともにいてよかった。
やっぱりつながっていてよかった。
そこにいるだけなのに、
いつしかそんな存在になっていた。
という実感に触れ。



ほんとに四旬節は
よろこびに近いんだなと。
長く咲く桜が、
自らの紅をみんなに配りつくして
白く輝き舞っているようです。


『終わりまでお前の道を行き、
憩いに入りなさい。
時の終わりにあたり、
お前に定められている運命に従って、
お前は立ち上がるであろう。』
ダニエル書12・13
ダニエル書の一番後ろのことば。


なんとも励まされます


ブラックコーヒーは苦手な
紅茶好き〇子には、この言葉たち
クリープ入りコーヒーどころか、
搾りたて牛乳の
ロイヤルみるくてぃなのです♪♪


あ!「旧約聖書のない聖書は、
クリープのないコーヒーのようだ。」
?だったかっていう表現を、
尊敬するとあるお方がされていたので。
〇子的には、もう!それ以上な!
四旬節のよろこびの贈り物
だったもんで、お福わけ


霊的成長度はまだまだでも、
いろんな見方の
いろんな仲間がいるからこそ、
とどまれて、成長させられるのかなと
多様性の一致の片鱗を垣間見るのでした。


さて、聖週間が始まりますね
ブラックホールから出られる光を
求めたい



〇子


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