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いい風♪吹いてます♪
2019 / 10 / 09 ( Wed ) 17:48:54
ただ今、多摩教会は
指定教会に指定され、
ハタハタハタハタ
ハタハタっと3本
向かいの新車の
宣伝にまけじと?
はためいています
既に巡礼にお越しくださってる方も
いらっしゃり


記念になるように、
日付のスタンプを準備し。
日曜日も16:00まで開けてます。
スタンプ押すために
スタンバイしてる人もおりますので
お越しの際は、
日付スタンプは?と
お声かけていただければ
幸いです


xxx-jyun.jpg


そして
巡礼指定教会的プログラム
も充実
正面玄関を入ると
目からの学び
おみどうエントランスには、
文化祭さながらに
コルベ神父さんから始まり
教皇さまのお話から、
台風被災地までの記事が、
壁新聞のごとく
貼りめぐらされていて、
指定されたからには、
お勉強せにゃ!という
体勢で臨んでいます。
随所に大司教様の写真が
ちりばまっているところがまた、
今っぽく。
前大司教様のお話もあったり、
まっことバ
ラエティに富んでいます


この記事毎週かわるんですよ


コルベ神父さんて
なくなられたのって
47歳なのぉ〜?
それって、それって、
うちの主任司祭と同じ
歳の頃ではぁ?

たぶん何度も読む度に
おどろいては忘れて、
また驚いてるんですが、



多摩教会の聖遺物は
お髭なのでお髭のイメージや、
風貌からも、
すっかりご高齢でいらしたかと
勝手に思い込んでいた
失礼っぷり
いっつも守られてるくせに
ヒドイもんです。


そんな感じの思い込み
それぞれに持っていませんか?
も一度、違う目線で捉え直す。
大事な事をじっと見据える
コルベ神父さまの
その目から教えてもらっている
気がします。
すすんで、
友の代わりに死すを選んだ
スゴさ

牢獄の闇をお聖堂と変えた賛美。
多摩教会ちゃんと受け取ってるか?
って思っちゃいます。
足りないから
与えられてるのかもしれません。



駅から歩いて来るには
程よいプチ巡礼
背中に追い風感じながら
是非是非お越しくださいませ


⚪︎子

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8月18日・鶴巻神父様 主日ごミサ
2019 / 08 / 27 ( Tue ) 21:54:28
鶴巻神父様・三日目です。

この日はかかりん
オアシスの軽食当番なので
ゆるしの秘跡は
受けられませんでしたが
ごミサもこの日は
鶴巻神父様の担当です。
今日が終わると鶴巻神父様は
長崎に帰られてしまうので
またしばらくのお別れです。


鶴巻神父様は、
「オルガンと歌のあるごミサ
が久しぶりでうれしい」
とおっしゃいました。


鶴巻神父様は現在は
リハビリを続けながら
長い階段のある教会が
ほとんどの長崎で、
足の悪い方や高齢の方のために
街中の平らな場所にある集会所で
ごミサをなさっています。


そこではオルガンや歌は
できないそうで、
もともとお元気だったころは
オルガニストをなさっていた
鶴巻神父様、
今の場所はもちろん
神様に依頼された
大切なお仕事で、
階段がのぼれなくて
ごミサをあきらめていた方たちが
どんなに喜んで
ごミサに与られているかを
よくよく承知の上で、
大好きな音楽のあるミサに
心打たれていらっしゃるのだ
とわかって
かかりんはいつも以上に一生懸命、
大きな声で聖歌を歌いました。


かかりんは前から3列目の席に
座ったので、
ちゃんと鶴巻神父様の
「でっかいご聖体」
をいただくことができました!


ごミサのあとは軽食サービスです。
この日のオアシスのメニューは
ハヤシライスとキャベツのサラダです。
神父様にはフルーツつきで。


鶴巻神父さまは
ファンの信者に囲まれて
お忙しそうだったので、
かかりんはこの日は
お食事を運んだり、
コーヒーをお持ちしたりする以外
あまり神父様に近寄れなかったのですが、
今度は上五島の巡礼に行くお約束をして
「ではまた」とご挨拶してお別れしました。


鶴巻神父様、
三日間過密なスケジュールで
お疲れのことと思います。
ゆっくり身体休めてくださいね。
今回も楽しかったです。
どうもありがとうございました。
またお会いできる日を
楽しみにしています



かかりん
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8月17日・鶴巻神父様 + 歌う巡礼団 + Oさんランチ会
2019 / 08 / 26 ( Mon ) 19:01:33
こんにちは、かかりんです。
さて、鶴巻神父様パート2です。



鶴巻神父さまがこの夏、
多摩教会に来てくださることは
かなり急に決まりました。


いらっしゃることが決まって、
入門ミーティングで
滞在中のお食事をどうするか
話し合ったのですが、
Luna親分から、
かかりんに事前に打診がありました。


「鶴巻神父様のお食事、どこかで
歌う巡礼団の皆さんに
お願いできますか?」


なんかもう。光栄です。
「歌う巡礼団」、
教会の部署のひとつ
みたいになって!!


実はこの夏も、歌う巡礼団は
夏の東京巡礼を企画していました。
いつもそれぞれ忙しいメンバーなのに、
不思議と巡礼の話を決めるとき、
毎回奇跡みたいに
そこだけ全員がOK,ってとこがあって
これまでの巡礼が
決行されていたのですが、
なぜか今回は予定が合いません。
必ず誰かの予定がダメだったり、
体調を崩すメンバーがいたり


なので、体調を崩した
コスモスが元気になったら、
お盆休みのあたりで決行しよう、
と決めました。
でも、状態がよくならず、
「今回は神様が止まれって
おっしゃってるんじゃないかな。
秋になってコスモスが
元気になったらにしようか。」
と言った矢先に
鶴巻神父様のお食事依頼が
舞い込んできたのです。


「とまれ、はこれか~!!」
と巡礼団一同、納得!!


あんなに長崎でよくしてくださった
鶴巻神父様が
多摩教会にいらっしゃるのに、
巡礼団がおもてなししなくて誰がする!!
ってなもんです。


大張り切りで
巡礼団+金曜夜講座のOさんが
土曜日昼のお食事担当になりました。


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Oさんがすばらしい煮物とちらし寿司、
かかりんがおにぎらず二種、
鶏と大根とゴボウの煮物、
鮭とキノコのマリネ、
なすの甘辛煮、きゅうりの中華風漬物。
コスモスがフルーツ入りにんじんのラペ、
お肉とお野菜の煮たの、
アルトチームのツアコンAさんが
シーフードマリネと枝豆、
アルトチームKさんが
桃と梨とわらびもち二種を
持ち寄りました。
他にもまだあったかもしれませんが
覚えきれませんでした!!


鶴巻神父様の
「うわ~、あいかわらずスゴイな~!!」
いただきました!!


五島巡礼のこととか、
神父様の水泳のこととか話がはずみ、
楽しくおいしい食事会になりました。
かかりんは家の用事があったので
残念ながら3時くらいに早退でしたが
そのあとも講話、ゆるしの秘跡、
土曜日の夕ミサ、と鶴巻神父様大忙し!
土曜日の夜はLuna親分、〇子、
アレキサンダーさんが
お食事担当だったはず。
どんなおいしいものが出たのか
誰か書いてくれないかな?



日曜日につづく。


かかりん
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平神父さまの特別講話
2019 / 07 / 31 ( Wed ) 09:41:32
7月28日(日)は
コンベンツァル・フランシスコ会の
平神父様の
特別講話がありました。

テーマは「なぜ祈るのか」

平神父様のお話は
いつもとても分かりやすくて
聞いたあとにストンと心に
落ちて残ります。
今回のお話で
特に心に残ったことを
少しだけご紹介しますね。





人間の本質は祈りそのものです。
神様は人間をはかない存在として
造られました。
塵にすぎない人間だからこそ
人は生きている限り
完全で永遠な存在である
神様を求め続けます。
その姿が祈りそのもの。


祈るときには聖霊が働きます。
何かを願って一生懸命祈るとき、
その願いがそのまま叶うとは
限らないけど
聖霊は必ず働いています。


イエス様を死者の中から復活
させることが出来るほどの力が、
聖霊にはあって,
祈りによって
神様は聖霊を
私たちに送ってくださいます。





誰かのため
時には自分のために
必死に祈ったけれど
その願いが叶わないと
ガッカリしますよね。
私も一度や二度ではありません。


でも少し経って
あるいは何年もたったあとに
長い目でみると、
あの時の願いは
叶わなかったけれど
あれで良かったんだ!と
必ず思うのです。
そんなとき
確かな聖霊の働きを感じます。


平神父様がミサのなかで
日本語に対応した
言葉がないけれど、
と前置きして
あるイタリア語を
紹介してくださいました。
何か人に頼まれたときに
「いいよ」というような感じで
使う言葉ですが
直訳すれば

「あなたのために
時間をあけてあるよ」

という意味だそうです。


「祈る」のもまさにそう。
神様の愛と聖霊の働きを
敏感にキャッチできるよう
祈りによって自分の心を
神様にむかって
オープンにしておきたい!
そう思いました。


ドングリ
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猪熊神父様講話
2019 / 07 / 01 ( Mon ) 09:20:42
今日(6月30日)は多摩教会出身の
猪熊太郎神父様の
司祭となって25年の
お祝いの会があり、
ミサ後講話がありました。





司祭になるとなぜ司祭となったか
聞かれることが多いそうですが、
明確な理由はないそうです。


神さまに導かれたとしか
言いようがないのだそうです。


司祭になってからを振り返ると
病気または高齢の司祭と
一緒の生活と
勝手気ままな一人の生活が
なぜか交互にやって来ました。


体が思うままにならない
高齢の司祭との生活を通して
「共に生きる」とはどういうことか
考えさせられました。


神父様は
「寄り添う」という言葉が
嫌いだそうです。


「寄り添う」だけの人は
いっぱいいる。
大事なのは
その人が求めていることに
応えること。


自分が与えられた能力を
人にプレゼントする、
それが本当の意味での
「共に生きる」なのです。


例えば、
人にお金をあげたとします。
その人はお金をあげた私
ではなく、神に感謝しました。
私は誰からも
何ももらってないのでしょうか?
私はお金を人にあげるという
チャンスをいただいたのです。
お世話をするチャンスを
いただいたと考える、
そういう生き方もあるのです。
それが聖書の世界です。


今、社会が
教会に求めていることに
応えられない教会、
自分たちだけのことしか
考えていない教会は滅びます。


11年後は
主任司祭豊島神父様が
25周年を迎えます。
今、私たちに出来ることが
あるはずです。
世の中の人にプレゼント🎁
していきましょう。





自分の能力を使っていただける
機会に恵まれたなら感謝する、
あらためて
キリスト者としての生き方を
考えさせられたお話でした。


アメリ
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森名誉司教様講話
2019 / 05 / 19 ( Sun ) 22:47:05
今日は森司教様がいらして
ミサ後講話がありました。


いくつかの例を挙げて、
神さまのまなざしについて
お話しくださいました。





フランシスコ教皇様は2015年、
いつくしみの特別聖年に
「自分がいのちを与えた人間が
悲惨な状況になっている
ことに対して、
神さまは責任を感じています。
神さまは人間に幸せになって
欲しいのです。」と
呼びかけられました。


『神さまのまなざし』とは何でしょう?
それは親が子を思う気持ちと
同じです。
創世記第一章では
神は5日間を使って
人間が生きる場を作りあげました。
そして6日目に
人間をつくりました。


第ニ章では
人間に居場所と食べ物と仕事を与え、
「人が一人でいるのはよくない」と
助け手をつくりました。


しかし現実には人間は
自分を優先してしまいます。
人間同士が悲しみを生むのです。
そしてこの世を地獄
にしているのです。


その声なき声に応えるのが
教会の役割です。
今の社会はお金のない人、
能力のない人は
切り捨てられています。
教皇様が「教会は野戦病院であれ。」
と言われたように、
神さまのまなざしで
傷ついた人を助ける教会を
再生していかなければなりません。





森司教様はおだやかで
神さまのまなざしを
お持ちのお方でした。


アメリ
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ご復活おめでとうございます!
2019 / 04 / 24 ( Wed ) 12:03:44
ご復活
おめでとうございます!


今年、多摩教会では
復活徹夜祭に
幼児洗礼二人を含む
11名の方が洗礼を
お受けになりました


新受洗者のみなさま
ほんとうに

おめでとうございます!


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天の故郷への旅路・・・


主が共にいてくださるから、
荷はぐんと軽くなるはず


励ましあいながら、
ご一緒に歩んでまいりましょう。


Luna
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祝・結婚式
2019 / 03 / 28 ( Thu ) 01:26:12
3月27日。

この日の夜、多摩教会では
青年会史上初の、
青年会で出会って
結ばれた二人の
ステキな結婚式がありました!




これまで青年会のメンバーが
自分の恋人を連れてきて
青年会の仲間になる
ことはありましたが、
青年会で出会ったカップルは
たぶん
今回が初めてのはずです。


新郎のHくんは、
かかりんの息子の無人島仲間で
いろいろお世話になってる
青年だったので、
もちろんかけつけましたとも!


この結婚式は、
正確に言うと、誓いの式で、
新郎新婦は式の前から
スーツと、
かわいい白のワンピース姿で
聖堂の中でお客様と
お話しています。


大学生のころから知っている
新郎Hくんの
晴れ姿にかかりん早くも涙目。


青年会の仲間も続々と集まり、
いよいよ式が始まります。


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豊島神父様のお話に、
「結婚は、ギブアンドテイクではなく、
与えて与えて与えつくすものです。
これだけやってあげたんだから、
当然こうしてくれるはずだ、
そうではなくて、
ただ与える。ギブアンドギブ。


私に出逢ってくれてありがとう、
私を選んでくれてありがとう。
そんな気持ちをこめて。」
こんなフレーズがあり、
かかりん胸が痛むことしきり。


かかりん宅での夫婦げんかの
原因の9割は
共働きなのに
家事がかかりんひとりの肩に
かかっていることだからです。


誓いの式が終わって
新郎のあいさつで、
Hくんはこう言いました。


「豊島神父様のお話に、
ギブアンドギブって言葉が
ありましたが、
僕は彼女に
何を与えられるだろうと
考えました。


僕の名前には
喜ぶ、という文字が入っています。
両親が考え抜いて
つけてくれた名前です。


僕は、
妻となったYに、
喜びを与えてあげたい。
彼女に毎日
喜びを与えられる、
そんな夫婦になりたいと
思います。」


かかりん号泣。
感動しました。
なんてステキなんでしょう!


昔から知っているHくんが、
こんなに立派になって、
ほんとに素晴らしい
結婚式でした。
どうぞ末永くお幸せに!!


奇しくもこの3月27日は
かかりんの25回目の
結婚記念日でした。
いわゆる銀婚式です。


今夜は夜勤で留守の
だんなさんですが、
明日はもう少し
優しい気持ちと笑顔を
与えられるようになりたいな、と
反省した夜でありました。笑



かかりん
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平神父様の四旬節特別講話
2019 / 03 / 25 ( Mon ) 09:59:00
今日(3月24日)は
「復活祭を迎えるヒント」
と題して、
コンベンツアルフランシスコ会の
平神父様から
お話をお聞きしました。






始めに神父様は
今日の第1朗読の
モーセが神と出会う個所を
引用され、
燃え尽きることのない=永遠
とは何かを
ご自分の体験談を交えて
お話しくださいました。


永遠なるものとは
人間の言葉では
言い表わせない、
言葉を越えたものであること、
何かはっきりしないが、
神からの働きかけであり、
後からそれが
神から来たものだった
と気づくものだということです。


信仰とは、
その気づきの実体験です。
パウロの回心も
その時にはわからなかったものの、
のちにそれが神との出会い
であったことがわかった
ということだと思います。


それは神のほうから与えられる
恵みなのです。


パウロによれば、
信仰によって
私たちは”義”とされ、救われます。
神は私たちを
どのように導こうとしているのか、
四旬節を過ごす私たちは
そのことを黙想し、
(聖)霊の力に従って生きる
とはどういうことか、
祈りの中に見つけていきましょう。


*********


私もついつい
「聖霊の働きだ〜。」と
都合よく解釈して、
後からあれは単なる
思い込みではなかったか
と思うことがありますが、
思い込みも信仰のうち
と開きなおって、
神さまからの恵みを
取りこぼさないようにしたい
と思います。



アメリ
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そして♪神の母聖マリア♪の大祭日♪♪
2018 / 12 / 31 ( Mon ) 23:24:30
元旦は多摩教会へ
2019年1月1日
ミサは11時からです♪♪


守るべき祝日、
教会に行きましょうと
バチカンから言われている日
でもあります。


初日の出を
どこかで見てからでも
間に合う時間
新年のご挨拶まわり前に
お立ち寄りくださいませ


今年もお世話になりました
来年もどうぞよろしく
お願い致します


◯子

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