復活の主日
2013 / 03 / 31 ( Sun ) 23:00:00
花冷えの一日。でも、教会は超満員。多くの新受洗者を迎え、ポッカポカでした♪

pl-桜並木


『新受洗者のみなさま、おめでとうございます!!

今日は復活の主日。美しい聖週間の頂点。

神さまの家族がみんな集まりました


by 晴佐久神父 (復活の主日のミサ説教で)

Luna
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聖土曜日(復活徹夜祭)
2013 / 03 / 30 ( Sat ) 16:00:00
ご復活 おめでとうございます!!

pl-maria.jpg



『キリストの復活はあなたの復活。』
 
 
by 晴佐久神父

Luna

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聖金曜日(主の受難)
2013 / 03 / 29 ( Fri ) 22:30:00
聖金曜日のミサで十字架を礼拝しました。


『十字架は復活。死は誕生。』

『ああ、私たちには十字架がある!だから、大丈夫。』

『十字架は誇りです。』

           晴佐久神父のお説教より


Luna

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聖木曜日(主の晩餐)
2013 / 03 / 28 ( Thu ) 23:45:21
満開です♪
pl-満開


イエスは、この世から父のもとへ移るご自分の時が
来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、
この上なく愛し抜かれた。

ヨハネ13.1

Luna
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教皇フランシスコ説教
2013 / 03 / 27 ( Wed ) 01:00:00
教皇さまのサンタナ教会での説教より


『主は、わたしたちのために来られました。
わたしたちは自分が罪人であることを認めるからです。

けれども、もしわたしたちが祭壇の前で祈る
あのファリサイ派の人のようであれば――
主よ、わたしがほかの人たちのようでなかったこと、
あの門の前にいる徴税人のような者でないことを
感謝します(ルカ18・11-12参照)
――、
わたしたちは主のみ心が分かりません。
あのあわれみを感じる喜びを得られません。

神のあわれみに身をゆだねることは容易ではありません。
神のあわれみははかりしれないほど深いからです。
しかし、わたしたちは神のあわれみに
身をゆだねなければなりません。


「神父様。わたしの生涯をご存知なら、
そのようなことをわたしにいわれないでしょう」。

「なぜですか。あなたは何をしたのですか」。

「恐ろしいことをしたのです」。

「よろしい。イエスのもとに行きなさい。
そのことを話せば、イエスは喜んでくださいます」。

イエスは忘れます。
イエスは特別な忘れる力をもっておられます。
イエスは忘れ、あなたに口づけし、あなたを抱き、
ただこういわれます。

「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。
これからは、もう罪を犯してはならない」(ヨハネ8・11)。


これが、イエスがあなたに述べる唯一の助言です。
一か月後、わたしたちはまた同じ状態にいるかもしれません。

・・・・主のもとに立ち帰りなさい。
主は本当に、うむことなくゆるしてくださいます。』
 

参照 → 
教皇フランシスコのサンタナ教会での説教




教皇様の受難の主日のミサ説教は
こちら
 → 教皇フランシスコの受難の主日のミサ説教


Luna
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芽吹くとき
2013 / 03 / 26 ( Tue ) 12:50:00
pl-楽園


あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる。

(ルカ23:43)




かなぶん
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偶像崇拝
2013 / 03 / 25 ( Mon ) 22:00:00
よなたんは傷つき弱り果てているとき、簡単にサタンに誘惑されて
しまいます。

たとえ、よなたんにパウロのような大きな信仰と愛があったとしても、
そんな時には神様をすっかり忘れてしまう自信があります(?)。

だからよなたんは目に見える範囲、あらゆるところに
御像やら御絵を置き、御メダイを身につけて、主イエスを
どんな状況にあっても思い出せるようにしているのです。

主イエスさえ思いだせれば、恐れるものは何もありません。
主イエスの御名によって、退けサタン!!!



よなたん
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今年度最後の入門講座
2013 / 03 / 25 ( Mon ) 01:00:00
3月22日、この日は今年度最後の金曜日の入門講座でした。

24日の日曜日は洗礼式のリハーサルで講座ができないので、
ふだん日曜日の講座に出ている方もいらして、
信徒館は大混雑!!年度の終わりにふさわしい
にぎやかな講座になりました。

新年度の入門講座は4月26日の金曜日がスタートです。
変わらず心からお待ちしています♪



さて、22日の講座は洗礼式のことを中心に語られました。

福音の力は、その人の中でひとりでに大きくなる。
神はあなたを愛している。私は神に愛されている。

いったん届いたら圧倒的な力を持っている。
福音を聞く前と後では決定的に変わっている。
神様は福音を聞く場としてこの世をお作りになった。
福音を聞きさえすればこの世に生まれた価値がある。

神があなたを選びました。
神がなさることに間違いはありません。
そういうお方を神と呼びます。
皆さんに神がこれからどんなすばらしいことをしてくださるか、
私も楽しみです。

復活徹夜祭の主人公は神です。
洗礼の儀になりましたら皆さんに最終確認をします。
まずお名前を呼びます。その名を呼んでいるのは神です。
「ハイ」と答えて立ち上がります。
もうそれだけでこの世に生まれて来た甲斐があったという
お返事ですよ。

「信じますか?」と三度聞くので「信じます」と答えていただきます。
皆さんが一生の中で口にする、最も大切で美しい言葉、
三つの「信じます」。

私たちは信じるために生まれて来ました。
ですから「信じます」と答えた時に生まれてきた意味があります。
信じる人生の始まりです。

「信じます」を聞いた上で司祭はいよいよ洗礼を授けます。
「○○、私は父と子と聖霊の御名によって、
あなたに洗礼を授けます。」
と言って三度水をかけます。
その瞬間あなたは神の子として新たに生まれます。
その後は立派な信者です。

洗礼の儀に続いて白衣をいただいて、
復活のろうそくをいただいて、
洗礼名をいただいて、洗礼式は終了です。

その後は普通にミサ。初聖体拝領です。
御血もお授けするので
この日は口をあけて舌を出してその上にパンをのせます。
私の指に食いつかないでくださいね。笑

初聖体をいただいたらミサは終了です。
考えてみたら、生涯最高の瞬間ですよ。
緊張するかも知れませんが、あれこれ考えず、
赤ちゃんのように無心にお話を聞き、水をかけられて下さいね。』


洗礼志願者の皆さんが真剣そのものの表情で
熱心にお話を聞いていらっしゃるのを
とても嬉しい気持ちで見ていました。

『いろいろ大変でしたね、
もうだいじょうぶ、よくたどり着いた。
良かったですね。
あなたはもう大丈夫ですよ。』

神父様はご自分の説教が一人称、二人称でしゃべるのは
特殊なようで王道だとおっしゃいました。
それは神があなたにしゃべっているんです、と。

かかりんが初めて多摩教会にたどり着いた時にも
神父様は同じように「もう大丈夫!!」とおっしゃいました。
この言葉に計り知れない力があるのは
神様の言葉だからなんだなあ、と
お話を聞きながらしみじみと思い出していました。


洗礼式までいよいよあと一週間。
志願者の皆さんの生涯最高の「信じます」を聞く時を
楽しみに待っています。



かかりん
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もうすぐ満開♪
2013 / 03 / 22 ( Fri ) 08:00:00
まだ五分咲き

pl-五分咲き


多摩教会のすぐ側を流れる乞田川沿いの桜です。

pl-沿いの桜乞田側




Luna
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神は倦むことなく・・・
2013 / 03 / 19 ( Tue ) 15:30:00
3月17日(日)のミサ説教で、晴佐久神父様も触れていた
新教皇フランシスコの説教がカトリック中央協議会HPに
全文掲載されています。

関心のある方は、訪問してみてください。
率直で、わかりやすいお説教ですよ


  参照→教皇フランシスコの最初の説教

17日のお話にもとても心を惹かれました。

一部をご紹介しますね。


神は本当に、本当に、
うむことなくわたしたちをゆるしてくださいます。

・・・問題は、わたしたちがゆるしを求めるのにうむことです。
ゆるしを求めるのを望まず、それにうんでしまうことです。

神はうむことなくゆるしてくださいますが、
わたしたちは、時としてゆるしを求めるのにうむのです。
ゆるしを求めるのにうんではなりません。
決してうんではなりません。』

  参照→教皇フランシスコ「お告げの祈り」のことば



Luna
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出した分は入ってくる
2013 / 03 / 18 ( Mon ) 22:00:00
3月15日金曜日の入門講座は、
堅信についてのお話がありました。

洗礼は水、聖体はパン、堅信は油。
水によって清められ、油によって神の選びを受ける。

洗礼は神からの恵みをただただ受ける。
堅信は特別に聖霊を受けて遣わされていく。

復活のキリストに出逢った弟子たちは、
いても立ってもいられずに
町に出て宣教して回った。

あなたが神に選ばれたのは
他の人を救うためなんですよ。
他の人にもそれを教えてあげましょうね、
そういうことなんですよ。

先日岩国教会に講演会で呼ばれて行った。
その頃は色々あって特に『しょんぼりくん』だったんです。
でも、行って福音をしゃべり始めると
どんどん元気になってくるんです。
福音を語りまくると出した分入ってきて
自分が救われるんですよね。」

このお話を、かかりんはすごく共感して聞きました。

かかりんには教会とは関係のないところで
自分の人生の半分くらい
ずっと続けているボランティア活動があります。

ある地区で行われている
公募された詩にプロの作曲家が曲をつけたものを
障害のある人もない人も一緒に
歌って踊る、というイベントの実行委員を
長いことやっているのです。

ずいぶんと若い頃、かかりんの作った詩が選ばれて
曲になったことがありました。
タイトルは、そのものズバリ『ボランティア』

詩の内容は

「もっともっと
あなたのことを知りたいから
私にできることで何か
あなたを幸せにしたいから

してあげることなんかじゃなくて
またひとつ新しい何かを
あなたから教えてもらう

それがボランティアというのなら
なんてステキな言葉」

というものでした。

奉仕することって
本当はたくさんたくさん自分がいただくことなんですが。
物質主義の現代には
わかりにくくなってしまった真理なのでしょうか。

本当は、与えるほど自分の中に
ものすごいエネルギーがわいてくるのに。
ためることだけ考えると枯渇してしまうのに。

出した分は、入ってくる。

この言葉を信じて
勇気を出してみませんか?
「だいじょうぶだよ。」このひとことを
あなたの横にいるその人に伝えることから
始めてみませんか?


きっとすばらしい循環が始まりますよ。



かかりん 
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希望の春
2013 / 03 / 17 ( Sun ) 20:57:24
木蓮、花水木が次々と綺麗な花を咲かせています。
多摩教会前の乞田川(こったがわ)沿いの桜並木も
間もなく見事に開花するでしょう。

寒気厳しく、長い冬でしたが、天の父は多摩の地にも
暖かい春をもたらして下さいました。
間もなく洗礼を受ける方々の希望いっぱいのお気持ちが
暖かく伝わってきます。

       

今日の入門講座には、はるばると京都から
聖公会の「司祭を目指して勉強中」という若いご夫妻が
可愛い二人のお子さんの手を引いて参加され、
講座での晴佐久神父様の次のようなおことばに
感銘を受けたと話しておられました。

《 聖フランシスコの名を継いで、清貧を旨とし、
貧しい人々に寄り添う教会を目指そうという
新教皇様は、世界の人々に向かって
「目を覚ましなさい!」と呼びかけておられます。

「神に愛され、救われているのだ!」 という自分の信仰を
他の人々にも伝え分かち合うこと、上からいただくばかりでなく、
まわりに積極的に伝えること、それこそが大切です・・・ 》



そうです。私たちも微力ながら福音の村人を増やしましょう!



ナンクルナイサー 


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祝 新教皇フランシスコ誕生
2013 / 03 / 14 ( Thu ) 11:19:08
前教皇ベネディクト16世の突然の辞任から2週間、
新しい教皇が本日ついに誕生しました!


カトリック新聞オンライン速報によれば、選ばれたのは

  「アルゼンチン出身のホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿
  (76/イエズス会)。

   生活様式は質素で、バスに乗って貧しい人を訪問し、
   普通のアパートに住んで自炊をしてきた。
   ブエノスアイレスでは『ホルヘ神父』として知られている。



初の南米出身で、初のイエズス会出身の教皇様。
・・・フランシスコ1世ということは、
教皇の名前にフランシスコを付けたのも初?!

イエス様がもっとも心を寄せるのは、
やはり、貧しい人、苦しんでいる人なんですね!

これからテレビニュースやワイドショーも、
この話題で賑わうことでしょう。
完全な身内ネタなのに、
全世界的注目を集めているというのも、なんだか
誇らしいような、面映ゆいような・・・。

昨日はお昼のワイドショーでもコンクラーベの様子を特集していて、
思わず見入ってしまいました


Luna
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大きな荷物
2013 / 03 / 13 ( Wed ) 01:30:00
教会とは関係ないんですが。

今日かかりんは20キロ近い玄米を
職場の同僚からもらい受けて
それをお米屋さんで精米してから
ひとりで家まで運ばねばならなくなりました。


かかりんは骨に難ありで
よく肩の骨がはずれるので重い物は
ふだんはなるべく持たないようにしています。
家族が一緒の時は
重い物はみんな持ってくれるので
甘やかされて生活しているかかりんは
たいへん根性なしな人間に成長しています。

なので駐車場からマンションのエントランスまで運んだだけで
もう泣きそう。「無理かも知れない・・・」と思って
「神様助けてください!!」って十字を切って
エレベーターに乗りました。


すると3階で小学二年生の小さな男の子が乗ってきて
「ねえ、これ何?」とお米を指さします。
「お米。20キロもあるんだよ。すっごく重いの。」
「ふ~ん。持ってみていい?」
「いいけど、すごく重いから気をつけてね。」
「うお~!!ホントだ!!すげ~重い!!」
「でしょう~。どうやっておうちまで運ぶか困ってるんだ。」
「オレが持ってやるよ!!」
「え~?いいよ、すごく重いから。危ないよ。」
「大丈夫!!ホラ、こうやって持てば大丈夫だよ!!」

       

小学生くんは、お米の入ったショッピングバックの持ち手を
片方持って、二人で一緒に運ぶことを提案してくれました。
そして小さな身体で、本当にエレべーターから一番遠い
かかりんの家の玄関まで一緒に
一生懸命お米を運んでくれたのでした。

笑顔で手をふる小学生くんに「ありがとう!!」と叫びながら
神様の愛ってこんなかんじかなあ、と思いました。
重くて困り果てていると突然手をさしのべて助けてくれる。
こっちは何もしてあげないのに、惜しみなく与えてくれる。
うれしくてちょっと泣けてしまいそうでした。


突然の神様のプレゼントみたいな
ステキな出来事でした。


かかりん
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上からのもの
2013 / 03 / 12 ( Tue ) 10:00:00
あっと言う間に3月です

3月8日金曜日の入門講座は
3日に行われた叙階式のお話を中心に語られました。
かかりんは何人かの入門係で志願者の皆さんに
洗礼式リハーサルのご案内を発送するお仕事をしていたので
叙階式に行くことはできませんでしたが
神父様のお話で様子が目に見えるように思いました。


「叙階式は、ただただ受けるものです。
ザ・カトリック。神に選ばれ、派遣されて行く。
圧倒的に上からくるもの。
司教の手を通して上からのものが送られるんです。

神は目に見えないし形が必要。
儀式が必要。ミサが必要。
叙階式は、目に見えるものをはるかに越えた
霊的な世界の実りがあるものです。

秘跡は天地がふれる瞬間です。
我々が本来触れることができない天上が
向こうからこちらに触れてくる接点。

洗礼式も叙階式も同じです。
上から来るものをただ受ける。


聖霊によって選ばれ、聖霊によって聖別される。
洗礼式は卒業式です。
この世はもう終わって本丸は天に移されている。
本国は天。地上はもう卒業なんです。」
こんなお話をうかがいました。


そして10日の日曜日、共同回心式がありました。
かかりんは晴佐久神父様の部屋に並びました。
自分の罪を告白して、神父様が
あなたの罪をゆるします」と言ってくださるんですが、

花粉症がひどくてステロイドまで飲んでも
油断するとカユカユぐじゅぐじゅで悲惨だし、
年度末でこの世の仕事はたてこんでいるし、
洗礼式が近くて準備もあるし、
ムスメが高校に合格して入学の準備やら
卒業式の準備やら卒業コンサートの準備やら
やらなきゃいけないことでぐるぐる混乱していたのですが、

なんだかすごく気持ちがさっぱりしました。
「ああ、上からのものが送られて来たんだなあ。」
と実感した次第です。


年に一度は心の大掃除。オススメです。



かかりん  
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さばくために来られます
2013 / 03 / 11 ( Mon ) 02:10:27
誰とは言いませんが‥。
洗礼式までに使徒信条の暗誦だかなんだかで、
イライラしているのか、志願者さんに詰め寄られました‥。

「裁くって何です?裁くって」
「んー」


しょうがないので、調べてみました。

日本語で「裁き」と訳されてるのは、
新約聖書だと「クリマ」、
旧約聖書だと「ミシュパート」、

旧約がおおもとになってるとすれば
ミシュパートの意味は、
公儀、公正、支配、計画、導き、などなど。
だから、よりくわしく言い直すなら、

「生者と死者を裁くために来られます。」

ってのは、

「現在生きている人と復活した人とを、
 公正かつご計画の通り導いて新しい世界を統治される
 ために来られます。」


ということなんでしょ、きっと。
でも、長いからやっぱり

「生者と死者を裁くために来られます。」

でいいじゃない‥マラナタ(主よ、来てください)‥。






Mika-el♪



よなたん  



    ★ 使徒信条の「裁く」という言葉、晴佐久神父様は確か「イエス様の裁きなのだから、
      『救う』という意味」とおっしゃってました♪ (byブログ管理人)
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自己からの解放
2013 / 03 / 07 ( Thu ) 11:00:00
ずっと前に読んだことのある
マザー・テレサの詩を探していました。
タイトルも忘れていて、でも、ああ、あの詩を
もう一度読みたいなと思っていたところ、
つい最近、見つけました!え~?こんなところに?
というようなところにちゃんと載っておりました!(汗)。

入門講座に参加される皆さんに差し上げている、
緑色の薄い「祈りの手帖」、その中にちゃんとあったのです・・・。
皆さんに差し上げていながら、ろくに開いてもいなかった私・・・。
あはは。

(さあ、胸に手を当てて、よく考えなさい、
という神さまからのメッセージ?かも?)


あのマザーテレサが自分をこんな風に見ていたとは?!と
最初に読んだときと同じ驚きと、安心を感じます。

そして、マザーはやはり素晴らしい!と思いました。

次のような詩です。


自己からの解放

主よ、わたしは信じ切っていました。
わたしの心が愛にみなぎっていると。
でも、胸に手を当ててみて、本音に気づかされました。
わたしが愛していたのは他人ではなく、
他人の中の自分であった事実に。

主よ、私が自分自身から解放されますように。

・・・・・・

主よ、わたしは信じきっていました。
自分が貧しい者であることを。
でも、胸に手を当ててみて本音に気づかされました。
実はおもいあがりとねたみの心に、
わたしがふくれあがっていたことを。

主よ、わたしが自分自身から解放されますように。

主よ、お願いいたします。
わたしの中で天の国と、
この世の国々とがまぜこぜになってしまうとき、
あなたの中にのみ、
真の幸福と力添えを見いだしますように。




p-すみれ一輪の

まるで地上には、その花しかないかのように(小さき聖テレジア)


Luna


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つながっていく
2013 / 03 / 05 ( Tue ) 00:20:00
最近、「かかりんさんの記事がアップされないけれど、
ご病気かと心配していました」というメッセージをいただきました。

かかりんは、ちょっと重度のアレルギー持ちで、
金属、日光、化学繊維などアレルゲンがいっぱいあるんですが、
特にスギ花粉はものすごくダメで、
ここのところかなり人類じゃなくなりつつあって
ぐにゅぐにゅしておりました。ほぼゲル状。

心配してくださった皆様、ありがとうございます!
薬を強いものに替えて、ちょっと人類になりつつあります。


くしゃみと鼻水でズルズルでしたが
2月28日木曜日のおやつの会と、
3月1日金曜日の初金のミサには
入門係としてのご用があって参加してきました。

おやつの会では、神父様も書いてらっしゃいましたが
石川県から旅の途中に寄った、という方がきてくださいました。

話がこの『らくがき帳』のことになって、
「私、かかりんという名前で記事書いてます」と言うと
「ああ!いつも読んでます!!」と言われました。

この方は教会に足を踏み入れるのは生まれて初めて、
という方でしたが話が盛り上がりまくり、
とても楽しい時間を過ごすことができました。
Aさん、ぜひまた多摩教会にいらしてくださいね~!!



そして翌日、初金のミサの後に信徒館でお茶を飲んでいると、
偶然となりに座った方が、これまた
多摩教会は初めての方だったんですが、何かのひょうしに
「昔、鎌倉に住んでいたので横須賀線使ってました」と言うと
「あなた、かかりんさんですね?」と言われ、ぶったまげました!!
もともとでかい目玉をまんまるにして、
「ハイ、そうです!」と言うと「七面鳥の!!」ですって

ブログがとても良い、とほめていただきました。
すごくうれしかったです。
Mさん、ぜひまたいらしてくださいね。



このブログが始まって
「あなたがかかりんさんですか!!
想像していた通りの人ですね!!」
などとお声をかけていただくことが本当に増えました。

なかなか外に出られないような状況にある方、
多摩教会から遠い場所にいる方、
教会に興味はあるけれど、敷居が高いと思っている方、
そんなかたたちに福音のエッセンスをほんの少しでも届けたい、
それには今はネットの時代だ!!

晴佐久神父様のそんなツルの一声で始まったこのブログですが、
最近教会で初めて会った方ほぼ全員に
「読んでます!!」と言っていただけて、とても光栄です。

神父様の福音を届けたい情熱が
どんどんつながって行くのを確かに実感しています。
そんな福音宣教のちょっとした足がかりを作ることができているなら
なんと嬉しいことでしょう。


昨年9月にスタートしたこのブログ。
いつの間にか始まって半年になりますね。
何事も継続するのは本当に大変なことですが、
福音配達が、ほんの少しでもできたらと、
これからも記事を書いて行きたいと思います。

     


かかりん
    


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ご安心ください。
2013 / 03 / 03 ( Sun ) 22:10:24
「教会」は、固くて、暗くて、冷たくて、こわいところ?

な~んて思ってる方・・・   そんなことはありません。

柔らかくて、明るくて、暖かくて、親切なところなんです!



     
どんなにひどい、辛いときでも、どんなに淋しい、悲しいときでも、

全智、全能の神様が、必ず慰め、励ましてくださるんです!

だから大丈夫、ご安心ください。


<今日の晴佐久神父様のお説教のことばから> 



ナンクルナイサー
   
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2012年を振り返って~恵みにあふれる一年 多くの出会いに感謝
2013 / 03 / 02 ( Sat ) 00:25:54
2012年の年の瀬に思いを綴ったブログの原稿、
何となく機を逸し、手元に残してあったもの。
3月で年度が終わるので、今がちょうどいいかな?

2012年という年は
私にとって特別な恵みの年だった。
たくさんの人との出会い
たくさんの暖かい笑顔に支えられた感謝の一年、
神様の不思議な計らいを強く感じる一年だった。

いろいろな時に感じたやさしさやありがたかった気持ちを
ちょこっと短歌みたいに綴ってみたので、紹介させてくださいな。
(季語もないし、形式からかなりはずれるけど、
まあ、素人だからいいかな?)


    

だいぶ長く教会から離れていた私が、
ある出来事以来 教会のミサに与からないではいられなくなった。
この一年、ミサの秘跡、そして神父様のお話が
私の生活の支えであったと同時に、
教会の仲間がいてくれたからこそ今の私があることを感謝している。

その教会の中で古くからの信者の方々が、
黙って静かに私の回復を見守ってくださっていたことを、
ある時初めて知った。
それまで顔も名前も知らない方々が私のために、、、
教会の家族とはこういうものなのか、
と涙が自然に出るほどありがたかった。
今もこれからもずっとその暖かさは忘れない。
そして私もかくありたいと強く願う。
そこで一句。

「遠くから じっと見てたよ 祈ってた」
告げるあなたの 優しき笑顔


教会には様々な苦しみを抱えている方が大勢いらっしゃる。
今もまだ癒えない傷を抱えておられる方々と
私はただ共にいたいと思う。

握り合う 手のあたたかさ 胸に沁む
同じ悲しみ 寂しさゆえに

悲しみに すぼめた肩に ぬくもりが
伝わるように そっと手を当て

    


キリストの復活はあなたの復活

その前の受難の時
教会の家族と共に
復活の喜びの日まで頑張る
クリームパンより
 


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