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神さまに語りかける
2013 / 05 / 01 ( Wed ) 21:30:00
正直私はろくな人間じゃないんです。
アップアップしながら生きていた4年ほどまえに、
そんな私でも、様々な理由から、

「聖書を読みたい」

と思ったことがありました。
でも、聖書は一人で読むには、チンプンカンプンで、
脱線癖のある私にはだれかと一緒でないと読めないのは
明白でした。

多摩教会とは縁がないわけでもなかったし、
住んでいる場所も近いこともあり、いって見ることにしました。
多摩教会の主任司祭になって間もない、
晴佐久神父さまの入門講座がちょうど新しく始まるときでした。


「死ぬ前に少しだけ神様や教会に触れておこう」という、
ちょっと説明するのも嫌になることが動機の一つでしたが、
入門講座で聞く神父さまの話は、本当に心に染み、
漠然と、もうすぐ人生が終わってしまう気がして、
死に方についてあれこれ考えていた私には、
まさに福音でした。

人生、いつ終わるのかは知りませんが、
意味のない虚無感からは解放されました。
そうして受洗する事になったのです。


でも、釈然としないことがありました。

洗礼志願式も無事終えた四旬節のある日、
入門係の人たちに聞いてみました。

「祈るとき、神さまに愚痴をこぼしてはだめですか?
賛美と感謝の祈りなんてなかなかできそうもないのです。」

「愚痴をこぼすことは
神さまと真実の会話をしていることになるからいい祈りです。」

ベテラン信者の入門係さんはそんな風に答えてくれました。
「でも最後に、み旨に従います、と付けましょうね。」



未だにろくでもない私は他の人にはこぼせない愚痴を
神さまにこぼしてます。
み旨に従いますを言い忘れることもあります。
でも時々、賛美や感謝を心から祈ることもできるようになりました。

         


4月21日の堅信式を見て自己を振り返り、
神さまに繋がっていることの大切さを思う今日この頃。


あらためて、感謝。




かなぶん
 
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