Happy Birthday to はれれ ♪
2013 / 10 / 31 ( Thu ) 00:30:00
ところで、10月22日は晴佐久神父様の56回目の誕生日。

巡礼中にもお祝いしてもらったそうですが、それはそれ。

25日金曜日の講座でも、かかりんさんが

特上生クリームでコーティングされたおいしいバナナケーキを

作ってきてくれて、みんなで Happy Birthday to はれれ♪

と歌ってお祝いさせていただきました。


神父様、これからもますますお元気で

福音を語り続けてくださいね~。


それから、それから、以前ずっと通ってきてくださっていたのに、

この一年くらいお姿を見ることのなかったある方が

突然、いらして下さり!「洗礼を受けたい!」と!!


驚きました~!!

こんなこともあるんですね~。

とっても、とっても嬉しかった!!!です♪


詳しくは、かかりんさんが書いてくださいました!

次回をお楽しみに~




Luna
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教皇フランシスコ ツイートより
2013 / 10 / 30 ( Wed ) 18:00:00
25日、神父様はローマ巡礼からお帰りになったばかりで
たいそうお疲れだったにもかかわらず、
入門講座に来てくださいました。

そして、熱心に、特に、教皇フランシスコ(パパ様)の
素晴らしさについてお話しくださいました。

よほど感激なさったのでしょう、
主日のミサでも終始パパ様のお話・・・!
おかけでますますパパ様が好きになりました~。

『福音の村』ですでにお説教がアップされていますので、
今回は、パパ様直々のツイッタ-から少し、
ご紹介したいと思います。

  

私たちは皆つみ人です。

しかし神はあふれるほどの恵みとあわれみ、

慈しみをもって私たちをいやしてくださいます 。



キリスト者は、自分自身を捨て、十字架を取り、

イエスとともにそれを運ばなければなりません。

それ以外の道はありません。



十字架は敗北や失敗を表すのではなく、

悪と罪に打ち勝つ愛を、私たちに示しているのです 。



主を知るために、主との交わりを深めましょう。

聖櫃のみ前で静かに主の声を聞き、

秘跡のうちに主に近づいてください 。



イエスに従うということは、

イエスを第一に考え、

私たちがとらわれている事柄をすべて取り払うことです。

(カトリック中央協議会HPより)




Luna
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神のゆるしのうちに
2013 / 10 / 18 ( Fri ) 01:00:00
『神がおゆるしになっているから、私はここにいる。

神のご許可があって、私はここに存在している。

罪を犯す弱い人間・・・。

何があろうと、何をなそうと神のゆるしのうちにいる。

           

人間はあいつだけはゆるさない!というが、

神はすべてのわが子の弱さをちゃんと知っている。

織り込み済み。


その神のゆるしに気づいているか。

ゆるされてないと思うことが罪。

罪人をゆるしてくれる神の愛を知らないことが真の罪。


みんな自分の罪に傷ついて

ピュアに生きていきたくて傷ついている。


こんなに駄目な、ずるい、弱い自分を

神は愛してくださっている。

だから、泣きながら感謝するんです。


どこに天使のような人がいるか?

どこに悪魔のような人がいるか?

人はあの人この人を崇拝したり、

さげすんだりするが、みんな神の子なのです。』

            

『この世で理不尽に見えることも、

非業の死に見えることも、

のろわれているとか、バチが当たったとか言わない。

それは愛のうちに

神が何かわけがあってなさったことなのです。』
                 

 晴佐久神父様 9月27日の入門講座より




Luna 
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「ブラザー・サン  シスター・ムーン」
2013 / 10 / 15 ( Tue ) 12:30:00
10月11日の金曜日は
神父様が京都に出張だったので
「ブラザー・サン シスター・ムーン」(注)
という映画をみんなで観ました。

多摩教会信徒館二階には
けっこう大きなプロジェクターがあって、
ミニ映画館みたいになっているのです。


先週の入門講座の時に
神父様が推薦してくださった映画なのですが、
幸いほとんどの参加者が初めて観る方ばかりで、
みなさんにとても喜んでいただけました。



かかりんも初めて観たのですが、

まず映像の美しさに感動しました。

かわいい動物たち、風に揺れる草原、

広い空、美しい中世の町並み、

咲き誇る花。


そして、初めは弱く浅はかだった青年フランシスコが

神の愛に目覚め、奉仕の人生を歩む姿が

とても感動的に描かれていました。


将来有望な青年たちがどんどんフランシスコのもとに

財産を捨ててかけつける場面、

美しい少女クララの決心、

初めはひどく恐れた皮膚病の患者たちに

献身的に奉仕するようになるフランシスコ。

フランシスコによって魂をゆさぶられるローマ教皇。

たくさんの心に残るシーンがありました。



見終わってから皆さんで感想をあれこれ言い合うのも
また楽しかったです。

同じDVDを家で一人で観ても、
感動の質が違っていたように思います。


神父様のお留守にはみんなで映画。
多摩教会の新しい習慣になりそうです。




かかりん 


 
注: 13世紀イタリアの聖人、アッシジのフランシスコの半生が描かれた作品。
   監督はフランコ・ゼフィレッリ(『ロミオとジュリエット』)。
   1972年 イタリアとイギリスの合作。
   
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与えて、与えて、与えつくしなさい
2013 / 10 / 14 ( Mon ) 11:50:00
10月13日の入門講座には、
20人ほどの参加者の中に
幼児洗礼を前にした可愛い赤ちゃん連れの
若いご夫婦が二組見えていました。

「与えて、与えて、与えつくしなさい、

その子は必ず次の世代に与えつくすでしょう・・・」と、

晴佐久神父様は次のように話されました。


親と子の関係は、徹底的に一方的、

全てを犠牲にしても子に尽くすのが親心です。

その親心の大きな源、それが神様なのです。

神様は自分の命を捧げて弟子たちに

「貴方たちも次の世代の人たちの

ために自分を捧げなさい」
と諭されました。


これが命の流れなのです。


太陽は一方的に大きな恵みをもたらしています。

でも私たちは何も恩返しはできません。

ただ命が輝いていればそれでいいのです。


偉大な神様のはからいについて、私たちは知らないし、

知ることが出来ないし、また、知る必要もありません。


ただ、よいお考えなのだと信じ、信頼する、

何があろうと希望を失わないこと、

それが大切です。


偏差値も、世間体も、
それは親自身のためのものに過ぎません。
わが子には、ひたすら神様の愛を信じ、信頼し、
希望することを教えなさい。

幼児洗礼は
「神様からの授かりものであるこの子の全てを、
あなたにお捧げします」ということです。

神様は全てをご存知です。そして何もお求めになりません。

ただただ人間を愛しておられます。


親が神様の愛を信じている、その姿を子供にしっかりと
見せなさい。あなた方が、自分の親にしてもらったことを、
今度は自分の子供のために尽くしなさい。

それが本当の親孝行です。

約束できますか・・・と、神父様は若いお父さんと、
指切りげんまんをなさいました。(一同大笑いと拍手





ナンクルナイサー
  
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見えない世界のこと
2013 / 10 / 09 ( Wed ) 23:00:00
かかりんさんの記事と前後してしまいましたが、
9月27日の入門講座では、初めていらした方からの
質問に答えるかたちでお話がはじまりました。

シンクロニシティーについてのお話が興味深かったので、
少しご紹介いたします。


『シンクロニシティー:共時性とは?

不思議な偶然の一致。
たとえば、思っている人から電話があるとかなど。

目に見えない世界で何か不思議な力が働いています。

神さまがすべての人に聖なる霊を送って働いておられます。

例えば、聖霊降臨の体験のように。
どんどん働いて、この世界を神の世界に近づけています。

神さまは人間の働きを通して、
素晴らしい世界を作っている途中です。

キリスト教的シンクロニシティーは普遍的。

オカルト的なもの、例えばお化け、幽霊、心霊現象などは
十全なものでなく、表面的なもの。
海面で波がバシャバシャしてるようなもの。
被害妄想などから来るものもある。

もっと深いところにほんとうに純粋な世界がある。

目に見えない世界のことをカトリックは
ほんとうに正しく受け止めている。

例えば秘跡。
秘跡は目に見えない神の目に見えるしるし。

例えばマザーテレサ。
マザーは電車の中で神さまの声を聴いた。

一番貧しい人のために、

最も小さくされて傷つけられている人のために

働きなさい、という語りかけがあった。

それは空耳ではなく、
魂の深いところで、神さまが語りかけて下さったこと。
祈りの内に確かにあったこと。

オカルト的なシンクロニシティは
センスとしてあまり洗練されていない。

むしろ、気の合わない人の向こう、

都合の悪い人の向こうに、

何か良いものを見るセンスがあると

いい感じになっていく。

自分の経験の範囲の向こうに

何らかの信頼と希望を持つことが上等なセンス

結構みんな被害妄想や恐れ、うらんだり、思い込んだりして、
ほんとうのリアルを見ていない。

神さまはちゃんと働いている。非常にリアル。

ぼくらが思っているよりはるかに圧倒的な力で
神さまは働いておられます。(→ 聖霊の働き)

善いもののために働いておられます。

一番つらい現場でも、
そのような現場だからこそ神の愛が表れやすくなっている。

あらゆる悪を善なるものに変えるという神さまの働きに
キリスト者は協力していきたい。

苦手なこと、やりたくないことでも引き受けてやっていけば、
素晴らしいことがいっぱい起こります。』

・・・
晴佐久神父様も人前で話すことは苦手だそうです?!


Luna
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墓は似合わない
2013 / 10 / 05 ( Sat ) 20:30:00
10月4日の金曜日は、
いつもなら初金で神父様はいらっしゃらないのですが、
10月は出張が多くていらっしゃるので
特別に神父様のお話がある入門講座でした。

         

この日はお母様が重い病気になられた方のお話で
始まりました。

「母親と強くつながっている娘は、
母が死んだらどうして生きて良いかわからない。
しかも自分が母にストレスをかけて、
そのせいで病気になったと思っている。
これはつらい。

この悪いことが何が原因かなんて、

考えるのは意味のないことですよ。

原因を探して誰が悪い、なんて考えるのは

もうやめよう。

何も生み出しませんよ。

社会では責任、賠償、なんてことはあるけれど

信仰の世界では、特にキリスト教は

『いいや、私はあなたを罪に定めない』

って宗教ですから。

徹底してキリスト教は、ゆるす。

責任を問わない。

水に流して新しい一歩を始めるんです。

(ここで苦しんでいるその方のために
みんなでお祈りをしました。)

自分を含めて、いつ召されるか。
これについては言いっこなし。
神様が全部なさっておられる。

私たちは本来いなかったはずなのに、

命を与えられて、しかも永遠の命に導かれている。

人は本来いなかった。

ゼロだった。

神が1にして、命を与えた。
それを神がお召しになる。

今日は納骨式もありました。
大切な家族との死別。
全ての人が経験することですよ。
苦しんでいる人に、
キリストの教会が永遠の命を信じて
天の香りに満たされつつ

『大丈夫です。必ずこの世の全ての悲しみや恐れを

神様が良いものに変えてくださる。』と

言ってあげてくださいね。


恐ろしいことなんて、
それを恐ろしいと思う心があるからあるんです。
自分の頭の中で恐れを生み出して
思いこんで苦しんでいる。
神に生かされてある今の私。
明日を思い煩うな、とイエス様は繰り返しおっしゃった。

今ここに神様からの命のめぐみを惜しげもなく与えられて、

私は今、生きている。

わざわざ悪いところを探して絶望するなんてホント損。


キリスト教に墓は似合わない。

イエスは墓を出て行って、墓はもぬけの殻。

弟子たちが墓で悲しんでいると

天使が『なぜ墓なんかにいるのか』と言う。

そういう宗教なんです。」

        

お子さんを亡くされたある参加者の方が、
「何かすばらしいことに気付いたかも」と
お話のあと、とても喜んでいらっしゃいました!!

かかりんも以前に書きましたが第一子を亡くしています。
キリスト教に墓は似合わない。
とてもうれしい福音でした。

先週は子供の学校のPTAの仕事で
学園祭の喫茶室の準備があって、
かかりんはやむなく入門講座をお休みしました。
久しぶりの入門講座は、やっぱり福音をシャワーのように
惜しげもなくあびせてくれて、
とても満たされたステキな時間でした。



かかりん

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乞田川の鴨のつぶやき (その3) ~ 摂理への信頼 ~
2013 / 10 / 01 ( Tue ) 11:27:41
あんた方、いつもマイカーで

そんなにせわしく通り過ぎないで

たまには乞田川沿いの歩道を

ゆっくり歩いてみたらどうかね。

おいらたちの家族、

こないだのすごい風雨にも全く異常なし。

全員、ちゃんと生きてるよ。



異常をいち早く察知、

さっと橋の下の草むらに潜り込んだんだ。

栄養サプリメントがどうとか、

ストレッチ体操が効くよとか、

面倒な健康法なんか、

おいらたちはな~んにも知らないし、

さっぱり分からないけど、

生きるための「カンの鋭さ」は

多分あんた方より兄貴分なのさ。


便利だからと

地球温暖化を招いている道具

なんかで走り回らないし、

必要な最低限度の情報は

全て天のお父ちゃんから貰った

「カン」ひとつでわかるんだ。


じっと川面を見てごらん。

小魚、虫、、水藻 ・・・、

天のお父ちゃんが与えてくれてる食べ物を

みんなで仲良く分け合ってるんだ。



あんた方、人間は、とかく理屈が先に出すぎるよ。

いつも自由意志で考え、判断して、

良心に従って行動してるんだろ?

だったらどうして、再稼働なんて叫ばないで、

新しい安全なエネルギーの研究開発、

実行に一所懸命にならないの?


天の恵みに感謝して、みんなの命を大切に、

ありのままに、つつましく生きる、

そんな昔の人の知恵や、

風のうわさに聞く現代のドイツ人たちの

論理と理性ある行動を少しは勉強してよ。



 
『神よ、あなたの思いは極めがたく、

その全てを知ることはできない。

あなたのはからいは限りなく、

生涯わたしは、その中に生きる。』

(詩編139-17,18)




ナンクルナイサー
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