聖ペトロによる信仰宣言
2014 / 06 / 30 ( Mon ) 23:00:00
6月27日(金)の入門講座での神父様のお話から





「6月29日は聖ペテロ 聖パウロ使徒の祭日です。

ペトロが
『あなたはメシア、生ける神の子です。』(マタイ16:13-19)
と人類を代表して宣言したのが
福音書の頂点。


イエスがキリストだと
全人類を救う救い主だと
宣言するのがキリスト教の本質。


人類は苦しんでいる。
救いを求めている。

神が
ご自分の愛そのものとして与えてくださったのが
イエス=キリスト。

そして、人類で最初に
『はい。信じます。』『あなたについていきます。』
と言った初穂が聖ペトロ。

ペトロの信仰告白で
世界は変わった。

神の国の完成に向けて救済史が始まった。
みんなイエス化されるプロジェクトがスタート。

『あなたにこのことを現したのは、
人間ではなく、わたしの天の父なのだ。』(マタイ16:17)

天の父が私たちを選び、
恵みによってひきあげてくださる。


この世界を変えた
ペトロの信仰宣言の上に
教会はたっている。


人生をかけて宣言する時が
入門講座の受講生にも、きっとくる。


宣言が宣言を生む。
2000年前のこのペトロの宣言が
今日の入門講座につながっている。
教会の秘密を感じとってほしい。


そういった
目に見えない信仰、
霊的な力が
教会の本質。



先月列聖された聖ヨハネ・パウロ2世を
かつて浜尾枢機卿は
「あの人は決して悲観しない人だ。」と語られた。

『イエスはキリストである』それだけを、
『イエスを受け入れてくれ!』と熱く語ったのが
ヨハネ・パウロ2世。

その明るさ、真っ直ぐさ、透明な感じが
キリスト教の一番の力。
人から人へ伝えられるのがキリスト教。


ペトロの宣言が教会を作り、
その“信じます“というエネルギーを、
2000年間きっちり透明なまま伝えている。
それが教会の使命。


聖書と典礼の表紙は
聖ペトロと聖パウロが
教皇の座られる使徒座を示している。
正統なる系譜が
この使徒座によって守られることを表している。」



 



2000年というカトリックのスケールの
壮大なイメージに
めまいがしそうなほど、
時間と空間を飛び越えたひとときでした。




Elizabeth
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みたいな、人
2014 / 06 / 29 ( Sun ) 21:50:57
お久しぶりです、かかりんです。


持病のぜんそくがひどくて
少し講座をお休みしたりして
記事が書けませんでした。
でも、だいぶ良くなってきましたので
ご心配なく!!




さて、6月27日の入門講座で
神父様はこんなことをおっしゃいました。


         


入門講座はミサとは違う。
『ホントなんですか?』って人がいるわけでしょ。
この私が、教会が、味わっている
福音の喜びを、
そういう人たちにおいしく料理して出せたらね~。


佐藤初女さん、ご存知ですか?
92歳、森のイスキア主宰してね。


初女さんみたいな生き方は
キリストの本質に非常に近いものがある。
苦しい時、そっとよりそってくれる天の父、
その目に見える印であるイエスキリスト、
みたいな働きをしてくれる人。


神父の話より、心をこめて、
なんとかここにやってきた人にお茶を入れて、
それを飲めば元気になる、
そういう世界がいいじゃないですか。


最悪の状態でも
神がのばしてくれた手。
それがキリストなんです。
信じてつかむ手として
イエスが私たちに与えられている。


恐れないで、イエスを迎え入れてくれ、
いいからオレを信じてくれ。


それがキリスト教なんですよ。
実はね、非常に人格的な宗教なんです。


         


キリストみたいな、人。
ステキですよね。
そういう人に近づくべく、
まずは毎週の講座で
お茶をおいしくいれられるようにがんばります。


佐藤初女さんの「おむすびの祈り」、
かかりんも持っていますが、とてもステキな本です。
神父様の初女さんへのお手紙ものっています。
まだ読んでいない方は、ぜひ。


ところで、昨日かかりんは
一通のハガキを受け取りました。
教会の住所に「かかりん様」と書いて送って下さった
クララさま。ありがとうございました。

かかりんが私の本名ではないため、
受付の人が誰のことかわからず、
私の手元にハガキが届くのに
ずいぶん時間がかかってしまいました。


ブログ楽しみです、と書いて下さったそのひとことに
とても励まされました。

私たち入門係はみんな文章を書くプロではありませんし、
普通の主婦だったり、学生だったりします。

そんな私たちのつたない文章を
楽しみに待っていてくださる人がいる。
なんとうれしいことではないですか。

うれしくなったら1ヶ月近く続いたひどい咳が
ちょっと治まってきたような?
これからも入門係のお仕事を
がんばっていこうと改めて思いました。


とは言っても、7月4日は初金で
神父様は講座にいらっしゃいません。


でも、7月6日には『ここナツ』が!!
かかりんと入門係のニューフェイス、エリサベトさんは
かき氷ブースで氷をけずっていると思います。

そして19日はそうめんパーティーです。


今年の夏も多摩教会はイベント満載!!
楽しい我が家に、どうぞみなさま、
遊びにいらしてくださいね。
心を込めて、お待ちしています。





かかりん 
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お祈りについて
2014 / 06 / 25 ( Wed ) 22:00:00
入門講座の神父様のお話より 





「困ったときの神頼みでも十分。
祈る対象を知らなくてもいい。
思わず祈る対象はだれにでもある。
神にむかう思いはだれにでもある。


神はわたしたちに
語りかけたい。抱きしめたい。
関わりたい。つながらなければ意味がない。
子は
語りかけられて、抱かれて、初めて育つ。
ようやく『ママ』と言ってくれる瞬間。
微笑んでくれる瞬間が子を持つ意味。


そんなふうに
神を呼ぶ瞬間が大切。
それが
祈りの原型であり、完成。



『主の祈り』では、
”天の父よ!“
という呼びかけが最も大切。
自分をあけわたして語りかけることが大切。
全面的信頼を持って。


呼びかけなくても、天の父は見ている。
神が先に我々を望まれた。
あなたがいてほしいと思って創造した。
私たちは神の祈りに包まれ
導かれてここにいる。
神は
わたしたちの魂に
語りかけている。


神のクリエイトの心を
知ることはできないが、
“すべての人が救われる”ために
協力することはできる。



ミサで一緒に祈るのが
カトリックの基本中の基本。
祈りにおいて大きな家族。
全世界12億人の
カトリック信者とつながっている。
いつもどこかで
祈りが捧げられている。


祈りのときは
神とつながるとき。 
お互いに祈りあうっていいことですよね。
見えない世界に親しみ、
祈りのなかを
生きていってほしい。
祈りによって
あらゆる試練、悩みに
打ち勝つことができる。



イエス・キリストは神であり人である。
その仲立ちによって人が神にふれることができる。
天の父と一致している
イエスそのものとひとつになって
祈るのが”主の祈り“
イエスと一致するのが祈りの本質。
天地がつながる現場に入っていくのが祈り。」





5月16日(金)のこの神父様のお話を

伺ってから、

無心に祈ること、

祈りの中に入ること

が少しわかってきた気がします… 


神に感謝!



Elizabeth 
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燃える柴
2014 / 06 / 24 ( Tue ) 22:45:24
聖体は、

三位一体の神がひそかに住まわれ、

ご自分を示す

「燃える柴」のようです。


それゆえ、教会は

「キリストの聖体」の祭日を

三位一体の祭日に続くものとしたのです。



教皇フランシスコ




全文はこちら→ 教皇フランシスコの2014年6月15日の「お告げの祈り」のことば


Luna
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6月22日(日)入門講座
2014 / 06 / 24 ( Tue ) 00:05:48
入門講座6月22日(日)の
神父様のお話より 





楽しみましょう!
信仰の本質です。
“いつも喜んでいなさい”
存在していることは素晴らしい。


ニコニコしていられないことも
あるけれど、
この私が生かされて、
神に愛されて
明日が用意されていることを
しみじみと喜びましょう。
わくわくした気持ちで。
それを神はお望みです。


神は喜ばせるために
人をお造りになりました。
自分を喜ばせることを
他人を喜ばせることを
やっていきましょう。


すべてはきっと
いいことに変わると思って
明日はきっと
いいことがおこると信じて
生きていきましょう。



脳は怖れの臓器だから
身体を守ろうとして
いやなことを考えるけれど
福音には
人を
本当に喜ばせる力があります。


この世のどんな
富も情報も快楽も
キリストの言葉、命には
かえられない。
世界最高、宇宙最高の
ご聖体。
これを食べられるなんて
なんという幸福!
それほどの恵みに
あずかっていることに
誇りを持っていただきたい。


肩の荷を下ろして、
自分はそのままでいい。
欠けたところはない。
その人らしく
好きにやったらいい。
自分は素晴らしい存在だよ
と自分に言ってあげましょう。





日曜日の入門講座は、
初聖体を祝うパーティーの後、
初めての方も含めて34人が
神父様のお話を聖堂で伺いました。


頭の隅の悩みも怖れもすべて

神さまにゆだねて、

“これが私なの! 神さまよろしく!”

と、感謝の祈りをしながら

梅雨の晴れ間の爽やかな風をうけ

自転車で走る朝は至福のときです。


神に感謝!




Elizabeth
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幼子のように
2014 / 06 / 23 ( Mon ) 19:30:25
k-osanago.jpg

KOKO


心静かに わたしは 憩う、
母の手に安らぐ幼子のように。

心静かに、わたしは 憩う、
神の前にある幼子のように。

(詩編131より)


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ご聖体
2014 / 06 / 22 ( Sun ) 21:30:49
6月20日(金)入門講座より 





カトリック秘蹟中の秘蹟がご聖体。
6月22日(日)は聖体の主日。
こどもたちの初聖体です。
聖体拝領で洗礼は完成します。
キリスト者を生かし、育て、救うものです。


イエス様は自分を食べさせることで
ご自分の愛を示した。
永遠なる神との一致を味わえるのがご聖体。
イエス様は最後の晩餐で
完全に弟子たちを守る方法を遺された。
これだけは離すなという
イエスの必死な思いがこめられている。
(ヨハネ伝第6章51節~58節)


ご聖体は、
神の愛の目に見える現実。
神にふれることのできるしるし。
この世のものであって
この世のものでない。
信じるものにとっては
甘美なる秘蹟。
天国の糧。


ご聖体を食べるということは
キリストを食べ一致することで、
同時に大きなひとつのパンに
入っていくこと。
バラバラだと思っていた私たちが
ひとつの教会に入っていく。
全世界にいる12億のカトリック信者
そして時空を超えたすべての時代の信者は
ひとつのご聖体をいただいている。
すべての人がひとつである神秘。







ご聖体は、
この人生という旅路の糧。
ミサでご聖体を戴いて
イエス様と一致する体験は
経験すればするほど不思議です。

ある時は自分の罪が浮き上がり
ある時は悲しみが涙とともに浄化され
大きな恵みに満たされるようです。

神父様のお話を伺って
私たちは自分の言葉で
信仰を語らなければと思わされました。


聖体が信徒をつくり上げ、
信徒が聖体をつくり上げます。
聖体が教会をつくり上げ、
教会が聖体をつくり上げます。

主のご生涯のすべては
カルワリオの丘に向けられていました。
わたしたちの人生のすべては
聖体のほうに向けられるべきなのです。

(グエン・ヴァン・トゥアン枢機卿の言葉
ドン・ボスコ社「旅人の糧」より)




Elizabeth 
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切り替える
2014 / 06 / 21 ( Sat ) 10:18:51
6月20日(金)入門講座より 


「試練は長く続かない。

苦しいと思う状態が長くつらいだけ。

やがては晴れ渡る日が必ず来る。


調子が悪いとき

気分を変えるのは0.5秒。


どうせやがて晴れるなら、早いほうがいい。

いつまで引きずっても仕方ない。


みなさん達人の域に達してください。


悪霊に、恐れに、とらわれていることから

気持ちを変える、これは信仰の話です。」





『富は天に積みなさい。・・・
あなたの富のあるところに、
あなたの心もあるのだ』(マタイ 6.20-21)



無尽蔵の天の宝に目覚めるなら、

もう、地上の富にふりまわされなくて大丈夫。」







神父様のように、
0.5秒で切り替える達人めざして、
常に喜び、絶えず祈り、すべてのことに感謝して
今を生きてけますように。




Elizabeth 
 
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ゆっくりでいいよ
2014 / 06 / 19 ( Thu ) 21:52:43
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KOKO
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6月13日(金)入門講座
2014 / 06 / 18 ( Wed ) 20:00:00
はじめまして! エリサベト です



”プリメレアル“(注) に ”一歩を踏み出す“
教皇フランシスコの使徒的勧告
『福音の喜び』発行の喜びに満ちた
神父様のお話を少しご紹介します。





「教会とは、”目に見えない神の国“の
”目に見えるしるし“ で ”天国の先取り“。

神の国の建設に協力することこそ、
人の生きる意味。」


6月15日(日)は、“三位一体の主日”です。
『聖書と典礼』の表紙の写真は、
ローマの聖堂の美しいガラスモザイクです。


k-と典礼聖書


「神の右の手が天上の神秘の世界から、
この世へと伸びている。

完全な世界へと向かうこの世に、
神は、ご自分の愛を十字架によって
表してくださっている。

十字架のまわりのシダの木は、
生命の樹。

神は生命を完成させようとして、
自分を捨ててでも、
私たちを救おうとしている。


私たちは、“父と子と聖霊の交わり”の中に
呼ばれている。

主日のミサはいつも、司祭の
『主イエス・キリストの恵み、神の愛、
聖霊の交わりが
みなさんとともに』(Ⅰコリント 13章11~13節)
という言葉ではじまる。」





「“父と子と聖霊の交わり“ が ”神”。

教会とは ”エクレシア “ = ”集まり“。
元々、神が (父と子と聖霊の) ”集まり”だから。 

豊かな交わりのなかに本当の喜びがある。

こういった交わりを
目に見えるかたちで始めていこうと
チャレンジをするのが教会。

それは、イエス様が始めたチャレンジでもある。」





列聖式で歌われた
聖ヨハネ・パウロ2世のおことばによる曲の
日本語訳を神父様が考案中で、

〝心の扉を開いて、イエス・キリストを迎え入れ、
恐れることなく神の愛をうけいれよ"

という内容で、2つのバージョンを
歌ってくださいました。


「傷つけられるのが怖いから、
恐れで心を閉ざしている。

私たちが生きているのは自分の扉を開いて
神の国を受け入れるため。

イエス・キリストを迎え入れるために
人生がある。」







初めての方がたくさんいらして下さり、
よい交わりのひとときでした。


神に感謝!



Elizabeth
 

(注):教皇が好んで用いる語。
機先を制する、一番乗りをする、の意。

 (『福音の喜び』序文より)
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レミゼで神さまを伝えたい!
2014 / 06 / 17 ( Tue ) 15:30:49
はじめまして れみぜ です。 

 
今年受洗しまして入門係のお手伝いを
させていただくことになりました。


初投稿として、
自分が企画した6月6日の
「レ・ミゼラブル」鑑賞会の感想を
書こうと思います。



            



もう作品自体は何十回も観ているので
さすがに新鮮味は薄れてしまっていたんですが、

今回初めてっていう方々と一緒に観て、
自分が初めて観たときのことを
しみじみと思い出しました。


ぼくはこの映画に最初から最後まで泣かされて、

観終わったときに心の中に神様が入ってくる、

いわゆる回心の体験をしました。


その夜、自分もジャン・バルジャンのように

神さまに魂を捧げようと誓いながら眠り、

その二か月後にこの多摩教会に現れました。



今回の鑑賞会で初めて観たっていう人にも
少しでも同じ感覚をもってくれたらと
期待していたんですが、

涙を浮かべている方、
涙を流している方がいらっしゃって  
とってもうれしかったです。


なによりもうれしかったのは
ついこの前まで
「神さまとかよくわからない」って
言っていた方が

「神さまのことなんとなくわかった気がする」

と言ってくれたことです。 


                    


「レ・ミゼラブル」が伝えている神さまは
本当にシンプル。

神は赦しであり、愛そのものであることです。

愛は司教様からジャン・バルジャン、
ジャン・バルジャンからマリウスへ、
というように伝播していきます。


ぼくにも宿りました。


キリスト教ではそれもすべて
イエス様からはじまったことでした。
 


          



映画に感動した方は
原作小説もどうぞ読んでみてください!
ぼくはこっちでも泣きっぱなしでした。 

特にマリウスという人間に深みがでますよ。





れみぜ   

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ひなたぼっこ
2014 / 06 / 14 ( Sat ) 23:20:00
km-陽だまり

ひなたぼっこ



KOKO
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レミゼくんと「レミゼ」を観る
2014 / 06 / 11 ( Wed ) 11:40:27
6月6日(金)の入門講座はタイトル通り、
レミゼくんことFくんと、「レミゼ(レ・ミゼラブル)」の
ブルーレイ鑑賞会をしました。


神父様がお説教でも紹介されていたので、
ご存じの方も多いと思いますが、レミゼくんとは
映画「レ・ミゼラブル」を観て、神さまがいる、
と確信した青年のことです。

この映画、実は、数か月前にも
神父様がお留守のときに何人かで観たのですが、
まだ、観てないという人も結構いたので、
レミゼくん、たっての希望で、
再度の鑑賞会となったのです。


          


世の中のブームはすでに「アナ雪」に移っていますが、
「レミゼ」もまだまだ。

わざわざこれを観るために来たという方もいて、
集まったのは十人ちょっとでしたが、

手作りのケーキやおすし、お菓子や果物などを前に、
アットホームな鑑賞会となりました。

ブルーレイばかりか、原作本まで持参したレミゼくん、
「めっちゃ感動した!」という若い女性の感想に
めっちゃ嬉しそうでした。


          


2週続きで居ないのは申し訳ない、と始まる前に
神父様が突然入って来られて・・・!驚いた私たちに、
「ちょっとだけね~」と質問を受けてくださいました^^。

(メモをとってなくて~、ごめんなさい。
先約があるからと、ほんとにちょっとだけでしたので

その際、

「おせんべ食べながら映画観るなんていい感じだね~^^
でも、この映画は長いから、少しカットした方がいいよ~。
3時間くらいあるんだよ。」

なんて、心配してくださいましたけれども、
それは杞憂にすぎず、

2度目、3度目、何十回目?の人もみんな引きこまれて、
2時間半の鑑賞会はあっという間、
感動のうちに終わったのでした。

          


それにしても、あのエンディングは
何度観てもグッときますね~!!
大好きな場面のひとつです。

大方のご婦人方は
けなげなエポニーヌに感情移入して涙した
みたいです・・・。


さて、次は何を観ることになるのでしょう・・?





Luna
 
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ゆだねること、避けられること
2014 / 06 / 07 ( Sat ) 12:24:05

23日の質疑応答、その他にも、
印象に残った質問と神父様のお答えがありますので、
ご紹介したいと思います。


          


『神さまにゆだねる』とは?

自分で判断せずに、待ってみようという、生き方。
悪くなるに違いない、と恐れて、
予防したり手を回したりしない。

神さまがなさっていることは
本質的に人間が変えることはできない。

ゆだねるなら、ぜったい裏切らない、
完全、永遠である、このお方、天の父です。

イエス・キリストにゆだねる、とは
『イエスに車の運転を任せること』、
とある牧師先生がおっしゃいましたが・・・と聞いて。

「イエスに運転を任せるなら、口出しなし。

イエスの車に乗るなら、寝てなさい。

必ずいい所に連れて行ってくれる。

途中でいろいろあっても、必ず、

イエス様のふるさとに連れて行ってもらえる。

半分降りたら、怪我しますよ!」・・・


          


『人から避けられているような気がする(涙)』
という方に対して。


「人から避けられるのは人生の基本形。

必ず、100%、誰もが誰かから避けられる。
訳は分からない。

もはやスタンダードといたしましょう。

なぜ?分からなくてもかまわない。
夏になれば蝉が鳴くのと同じ。

もっとも、思い過ごし、ということもあるから、
カッコにいれたまま、全く反応しない。
放っておく。

イエス様のようになりたい、という美しい憧れ、
そういう思いさえあればよい。

避けるような人に優しくできるようにしてください、
と祈っていれば、いつか・・・


何といっても、イエス様が一番避けられました!

最後は一番愛した弟子から 『知らない』、

と言われました!」




Luna
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痛みや苦しみを捧げる
2014 / 06 / 03 ( Tue ) 22:21:59
5月23日の入門講座での質問のひとつは

「良いことや嬉しいことを神さまにお捧げする
というのは分かりますが、カトリック信者はなぜ
例えば病気のときの痛みや苦しみまで、
神さまにお捧げするのですか?」

というものでした。 

それに対して、神父様は次のようにお答えくださいました。

           

「痛みや苦しみは人生の一部です。
喜びも悲しみも、良いことも悪いことも、
全部神さまの恵みの内にあります。

良いときも、悪いときも、私自身を捧げるのです。

‟困った時の神頼み”は初めの一歩としてふさわしい。
生まれてすぐの赤ちゃんが号泣するように。

寒いよう、暑いよう、お腹が空いた、と要求して、
親とやり取りしながら、親子になっていく。

大きくなると、ただ食べてるだけじゃダメかな?
と思い始める。。。

親と苦しみを分かち合うようになる。

そのように、成熟してくると、
忍耐、苦しみを神さまに捧げます。

すると、神さまは

『ああ、ちゃんと育ったなあ』

と喜ぶのです。

イエスさまは、十字架上でわが身を捧げる、
ということまでして、捧げ尽くしました!!

神さまは

『よくやった!!』 

と全面的に受け入れました。


山の中の老人ホームにいた
90才のおばあちゃんの口癖が忘れられません。

『ここにいるのは寂しい。身体もつらい。
でも、この苦しみを耐えて、
この苦しみをお捧げしてるの。
そのおかげで孫が元気だと信じてるの。』


(願掛け、例えば、お茶断ちしますから、~~してください。
なんて祈り、取引みたいな感じだけど、
そういう風に祈ってもいいんです。
子どもっぽいけど、
神さまとの関係を深める可愛らしく、いじらしい方法。)


苦しみは善いことにつながっています。

祈りの世界はわかってないけど、確かにあるもの。
鋭い人は感じる。上手く説明できない。

どういうしくみになっているか
ちゃんとわかる人は誰もいない。

イエス・キリストだけがわかっている。

ほんとうに霊的な世界は
澄んだ、誰にでも通じる、そのためにこの世がある、
というような世界だと思います。
神様と人のつながりの世界。

神の思いが通じて、人間は明け渡します。

『喜びも悲しみも痛みも、全部委ねます。

痛いときもお捧げします。
と。」



            


6月に入ったばかりだというのに、暑いですね~!
神さま、暑すぎで~~す

みなさま、体調を崩さないよう、

くれぐれも気をつけてくださいね~! 


Luna 
「入門講座」で admin page top↑
天の父の見事なデザイン!
2014 / 06 / 01 ( Sun ) 21:01:20
天の父は
 
こんなに小さな生き物でさえ

美しく装ってくださる!



k-k-蝶


国蝶 オオムラサキ ♂

稲城市で撮影
  





   ★ ナンクルナイサー
雑談 admin page top↑
無人島キャンプDVD
2014 / 06 / 01 ( Sun ) 01:07:30
5月30日の金曜日は
神父様が釜石に出張でお留守だったので、
去年の夏の無人島キャンプのDVDを観ました。

その夏のキャンプは
神父様が神父になって25年の記念のキャンプで
映画監督も同行して
ドキュメンタリータッチの映画な作りになっているのです。
オリジナルの歌で神様を賛美するミサを
撮影したものなのですが
とっても感動的です。
カトリック映画祭に出しても良いのでは?!

           

じ・つ・は!!
オープニングで海に向かって 
トロンボーンを吹いている男の子が映るのですが、
それは何をかくそう、かかりんの息子です!!

去年はまだ中学生だったので
本当は高校生以上しか連れて行ってもらえないのですが、
「トロンボーンを吹くなら特別に許可する」と
神父様のOKが出たので
実は中3で高校受験を控えた夏だったんですが
思い切って行かせることにしたのでした。

夏の終わりにキャンプから戻った息子は
羽田から家の近所までの車の中、
一時間以上にわたって
キャンプの様子を夢中で話してくれました。
普段は無口な子なのに
よほどすばらしい経験であったのでしょう。
神父様と仲間たちに感謝です。

           

6月1日の日曜日にも、
入門講座のあと信徒館で上映予定です。

観たい方は急いで多摩教会へ!!




かかりん
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