真の救い主
2015 / 02 / 27 ( Fri ) 00:47:06
今日、この主日の福音
(マルコ1・29―39参照)には、
イエスが安息日に
会堂で教えた後に、
多くの病人を
いやしたことが示されています。


教えることといやすこと。
これらは、
公生活におけるイエスの主要なわざです。


イエスは教えることによって、
神の国を告げ知らせ、
いやすことによって、
神の国は近づいており、
もうすでにわたしたちのうちにあることを
示しました。

・・・

イエスは、あらゆる身体的、
心理的、霊的な病をわずらう
多くの人々をいやします。


イエスは、すべての人間、
あらゆる民族の救済を告げ知らせ、
それを実現させるために
この世に来られました。


そして、からだや心に傷を受けた人々、
すなわち貧しい人、
罪人、悪霊に取りつかれた人、
病者、社会の片隅に追いやられた人々を
とりわけ愛します。


イエスは心とからだの医者として、
人間に対するよきサマリア人として
ご自分を示します。


イエスは救うかた、
治すかた、いやすかたであり、
真の救い主なのです。

.・・・

イエスの救いのわざは、
イエスお一人で終わるものでも、
イエスが地上にいらした間
だけのものでもありません。


それは、教会を通して、
神の愛の秘跡を通して、
人間の優しさを通して続きます。



教皇フランシスコ



全文はこちら→教皇フランシスコ、2015年2月8日「お告げの祈り」でのことば

Luna
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2015年4月4日は
2015 / 02 / 25 ( Wed ) 00:10:43
2月20日金曜日の入門講座は
金曜の希望者のうちの
5人の洗礼志願者が参加して
志願者ひとりひとりのお名前をあげて
神父様がお祈りをされて始まりました。






洗礼志願式、
これがどれだけ大きな恵みか
味わってくださいね。


もう志願者になったら
大舟に乗った気持ちで。
全世界の仲間たちに祈られて、
この恵みの時、生涯一度ですよ。
特別な準備をして、
誕生の喜びを深く味わうための
大切な一日一日ですよ。


風邪ひかないでくださいね。
車に気を付けてくださいね。
まあ、あんまり変わったこと
しないことですね。


今年の2015年4月4日。
皆さんにとって、特別な日です。


それはもちろん、この世的に言えばね、
ハイ入学しました、
とか結婚しました、とか、
記念日はいっぱいありますよ。


でも2015年4月4日は
秘跡というこの世を超えた
永遠なる世界に生まれて行く
ということであるので、
まさにこの日があるならば、
これから先どうでもいい。
本当にど~うでもいい。


神の愛の中に生まれて行ったんだ。
2015年4月4日に
しっかりと思っていただいて、
あとはそう、どうでもいい。


究極の恵みを
いただいちゃったんだから、
あとはもうどうなったって
かまわない。


生まれて来た意味を達成した。
もう死ぬに死ねる。
あなたの感覚、あなたの理解を
はるかに超えた
天があなたを新たな命として
生み出した、
そういう瞬間ですから。


キリスト教は
意味としては死、というものは
思ってないんですね。

死は神の世界へ誕生する時であって、
同じことなんだけど、
神目線で教会は物事を見るんで、


もはや死はない。


イエス・キリストにおいては
むしろこの世のあんたたちのほうが
今死んでるんでしょ、ってかんじです。


ピークが過ぎて終わってくってのは
まさにこの世のイメージです。
復活に向かって
罪の重力から解き放たれて
上がってこうとしてる。


洗礼志願式で読まれる
「滅ぼすことは、けっしてない。」
この一文だけでも覚えといてください。





ひとりひとりの志願者の皆様が
すばらしい恵みの時を十分に味わって
2015年の4月4日、
この特別な日を完全な喜びとともに
迎えることができますように。


全世界の信者たちとともに
私たち入門係も心から祈ります。


きっと、生涯忘れられない夜になる。
生涯最高の奇跡の夜。


皆さんお楽しみに!!




かかりん 
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聖なる山
2015 / 02 / 24 ( Tue ) 01:07:59
2015年2月20日(金)の
入門講座での晴佐久神父のお話から。





「イエスを、“救い主として信じる”
というのは、
飛躍に感じるかもしれない。
そんな飛躍のために、
私たちは存在している。
信仰とはそういうもの。


“イエス・キリスト”と、ひと言、
言うだけでもいい。
“イエスはキリストだ”という信仰宣言です。
右手で十字を切るのもいいですね。
“父と子と聖霊のみ名において”
と言い、
聖なる霊が宿ることに思いをはせる。


マルコ福音書1章9節のイエスの洗礼の箇所で、
“あなたは私の愛する子。
わたしの心に適う者。“
という天からの言葉は、
一人ひとりに言われている、と、思ってほしい。


親が子に言うなら、
“よしよしよし、大好きだよ~。
かわいいね~。いい子だね~。“
ということです。
神様からの思いを、
受けとめれば受けとめるほど
流れがよくなる。
ちゃんと聴いて下さいね~。
私なんか…と
思わないでくださいね。


天地創造のはじめから、
天は、私たちを祝福してくれている。
私たちは、そのことを
知るために生きている。


四旬節の40日は、
人類皆が味わう試練。誘惑。
誘惑の中で、
神の愛にのみ希望をおいて
生きましょう。


自分の欲望、自分の勝手ではなく、
神の願い、みこころを第1にするのが
人間のありうべき姿です。」



「フォロ・ロマーノ(古代ローマの遺跡)を見ればわかる。
盛者必衰。
うたかたの泡のごときローマ帝国。
目に見える国は滅びます。
目に見えない国は永遠です。
この世にありながら、
目に見えない国のことをすることこそ、
キリストの王国をこの世界にもたらすことこそ、
やりがいのある
ダイナミックな仕事。」


「イエスの王国は、
すでに私たちの内に宿っておられます。
恐れてはいけません。
この仲間で、
王国を作っていこうではありませんか。
神の国の王国。
“聖なる山”。
そういう現場を作ることが大事です。」





私ののぞみばかりでなく、
他の人のことを考えて生きる喜びを
悟らせていただけますように!



神に感謝!


Elizabeth♪

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洗礼志願式
2015 / 02 / 22 ( Sun ) 21:59:25
20015年2月22日(日)に
洗礼志願式が行われました。

2月22日(金)入門講座の
晴佐久神父様の入門講座のお話から





志願式は、“婚約式”。
大船に乗った気持ちで、
40日間、
生涯1度の時を過ごしてください。


ノアの方舟の物語は、
洗礼の象徴です。
この、“洪水という水”をくぐりぬけて、
希望の国が
訪れます。

洗礼の時の
“水の音”
が、すごく大事なシンボル。
水の流れ、
水の力、
それは、
誕生のうぶゆであり、
乾ききっていた魂にそそぐ
神の愛の真清水であり、
イエス・キリストが洗礼を受けた
ヨルダン川の水の流れ。

イエスは、洗礼を受けらて
ヨルダン川の水をきよめた。

試練をくぐって
希望の地が訪れるのが、
ノアの物語。
ノアは、
洪水、死という洗礼をくぐりぬけました。

みなさんも、この世において死んで
神の国の命に生まれいでる。
もはや、死はない。

志願者にとって
生涯最初の四旬節を
くぐりぬけていただきます。

志願者は、万難を排して
ミサに出ていただきたい。
天上の聖人たちも、
世界中の教会も、信者も、
志願者のために祈っています。
大船に乗ったことを忘れないように。
復活祭と言う港にむかって
ともに航海していきましょう。





世界中のカトリック信者
12億人が、
教皇フランシスコとともに
洗礼志願者のために
祈りをささげています。
どうか、
恐れ、悲しみ、すべてを
神にゆだねて、
今を、安心して過ごすことが
できますように!



神に感謝!


Elizabeth♪
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パパ様より
2015 / 02 / 20 ( Fri ) 11:51:33

あらゆる時代の、

あらゆる人に喜びをもたらすため、

イエスは来られたのです





イエスは過去の人ではありません。

私たちにとって今もいつも、

道を照らす光であり続けます





信仰を持てば

困難さがなくなるのではなく、

困難に立ち向かう強さが持て、

自分は独りじゃないと

分かるのです



教皇フランシスコ








2月22日(日)はいよいよ洗礼志願式!


洗礼の準備をなさっている方々が、
今も生きて共におられるイエスさまと
日々親しい交わりをもち、
愛されている喜びのうちに
この四旬節を過ごせますよう、
心から願います。


お一人おひとりを、
神さまがたくさんの恵みで
満たしてくださいますように!!



Luna 

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四旬節が始まりました!
2015 / 02 / 19 ( Thu ) 21:01:07
2015年2月18日(水)は
灰の水曜日のミサがありました。





灰の式で、
額に灰を塗っていただき、
私たちはちりから生まれ、
ちりに帰ることを
心に刻みました。


第2朗読では、
第2コリント書5章20節から
6章2節が読まれました。


「今や、恵みの時、
今こそ、救いの日」

「罪と何のかかわりもない方を、
神は私たちのために
罪となさいました。
わたしたちは
そのかたによって
神の義を得ることができたのです。」


イエス・キリストの
死と復活という
大いなる恵みの時、
御子の過越の神秘、
復活祭へむけて
40日間の四旬節が始まりました。





ミサ後、コルベ会の方々が、
カリタス釜石の
「三陸わかめっ」を販売。


晴佐久神父様が、
応援演説の後、売り子もなさり、
あっという間に
売り切れとなりました。



神に感謝!

Elizabeth♪
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神はそのなさることをいちいち説明されない
2015 / 02 / 18 ( Wed ) 22:53:23
2015年2月15日(日)の
入門講座での
晴佐久神父様のお話から。






「神のみこころは
私たちにはわからない。
けれど、
やがてわかる時が来る。
天の国に生まれ出た時、
神様をありのままに受け入れた時に、
神のみこころがわかる。


その時に、
なるほど、こういう親心だったのか。
だからあの時、
私にあんな試練があったのか。
と、わかる。


私たちのあずかり知らぬところで、
神様は素晴らしい働きをなさっているし、
それをいちいち説明はされない。


『神はそのなさることを
いちいち説明されない。』
(ヨブ記33章13節)


我々にできるのは、
理解して納得することでなく、
神を愛し、
信じることです。
その時には、もう、
説明をきく必要がない。


神様は、
ちゃんと、全部、
よろしくやってくれる方だと信じて
安心します。

これは信仰の基本です。」



「高円寺教会時代の
100歳を越えたおばあちゃんが
孫たちに教えたという祈り
を思い出します。


『神様にお祈りするのよ。
でも、
あれこれ祈っちゃだめよ。
“神様、全部よろしく!”
って祈るのよ。』
と、
口癖のように
孫たちに言っていたそうです。
この話が
私は大好きです。」





何があっても、
どんな時にも、
神様のみこころを疑わず、
恐れないで、
『神のなされることは
すべて
時にかなって美しい』
(伝道者の書3-11)
と、信じて祈りたい!
と、思わされました。




神に感謝!



Elizabeth♪
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ほっとした気持ち
2015 / 02 / 17 ( Tue ) 00:33:02
2月13日の金曜日、
この日は上の子供が熱を出して
学校を休んでいて、
夜ごはんを食べさせて
夫にバトンタッチしてから家を出たので
かかりんは遅れて講座に参加しました。
なので最後のほうだけのお話です。






『洗礼志願式があります。
来週ですね。


洗礼志願書を出し
志願式に出ても、
まだ「や~めた」ってことできますよ。
人には時ってものがありますから。


結婚式のたとえで言うなら
ドレスだか引き出物だかの話は
どうでもいい。
一番大事なのは
二人が愛し合うことでしょ。
それがあったら、
後はどうだっていいんです。
一番大事な所を
大切にしなきゃならない。


一生一度の婚約期間を
楽しんでください。
幸いな時として、
しっかり味わってください。
最高の恵みをいただくんだってことを
かみしめながら
祈りのうちに
過ごして欲しいんですよ。


うらやましいんですよね。
私は幼児洗礼なんでね。
司祭の叙階式が近いですかね。


神父になった夜はホントにほっとした。
後は恩返しだ。
神様に全部ゆだねてやっていこう。
もうどうなってもいいや、
って気持ちでね。


秘跡ってそういうものですね。
洗礼の秘跡を受けたら、
一番はほっとしたって気持ちで
いいんじゃないですかね。』





かかりんが洗礼を授かったのは
2010年の春でした。


あの時はとにかく夢中で、
あっという間の洗礼式だった気がします。
式の後、美しい桜並木を歩きながら
ただただ幸せだったことを
覚えています。


翌年の復活徹夜祭で
かかりんの家族が
洗礼を授かった時のほうが
ほっとした、って気持ちでしたね。
「ああ、これでもう大丈夫。」って
思いました。


今年もたくさんの方が
洗礼を志願していらっしゃいます。


今年はどんな奇跡が
私たちに神様のみわざを
見せてくれるのか
今からとっても楽しみです。





かかりん
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灰の水曜日
2015 / 02 / 16 ( Mon ) 14:15:03
2015年2月13日(金)の
入門講座で、
洗礼志願者へむけた
晴佐久神父様のお話から。





「来週2月18日(水)は
灰の水曜日。
四旬節(レント)の始まりを告げる日です。
額に灰をぬるのは、
人間が
神によって創られた塵にすぎないと
いう意味です。


四旬節第1主日からは、
万難を排して
ミサにあずかってほしい。
それくらい大切な
洗礼の準備の期間です。
この四旬節には、
全世界の教会が、
洗礼志願者のために
祈っています。


とくに
第3、第4、第5主日が
洗礼志願者のためのミサです。


2月22日(日)第1主日に
洗礼志願式が行われますが、
復活祭までの間の4週間、
前方の席が
洗礼志願者席となります。


ぜひ、この四旬節に
洗礼志願者のみなさんには、
祈ってもらう体験をしていただきたい。


教会の祈りに
身をゆだねる。
自分の力を抜いて。
神様に愛されていることに気づけば、
そこは楽園。」





自分が祈られている
という実感を
カトリックの洗礼を受けてから
日々感じられるようになりました。



神に感謝!



Elizabeth♪
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四旬節
2015 / 02 / 16 ( Mon ) 01:30:44
2015年2月15日(日)の
入門講座では、
聖堂で40人近い方々が
晴佐久神父様のお話を伺いました。





「2月18日の灰の水曜日から
復活祭までの40日間。
四旬節(注1)の間は、
祈りのうちに過ごしましょう。


朝の祈り、
夕べの祈り、
ロザリオの祈り。
せめて
十字を切りましょう。


瞑想の祈りもおすすめです。
呼吸にそって
いやな思いを
息と一緒に吐き出します。


この四旬節の間は、
余計なものに会わない。
余計なものは見ない。
神様の愛だけに集中する。
いつもとは
違う日々にします。


それには、
工夫が必要です。


あなたの心の中に
聖堂があります。
神様がそなえた聖堂です。
“わが心の内なる聖堂”の
扉を開けて、
そのなかに逃げ込みなさい。
気付いた人は、
その中に
入ることができます。


この扉を開けるのが、
実は一番難しかったりします。
自分を
受け入れられない。
この世界を
信じられない。


えいっ!と
神様のふところに
自分を投げ出す信仰が必要です。」





自分のおそれにとらわれず、
すべてを
神様にゆだねる
魂のトレーニング中です。


四旬節、
大斎・小斎(注2)にとりくむ前に
心引き締まるお話を伺いました。



神に感謝!

Elizabeth♪





注1): 四旬節は「40日の期間」という意味です。40という数は、イエスが荒れ野で40日間断食をしたことに由来していて、それにならって40日の断食という習慣が生まれました。

 けれども実際には、復活祭の46日前の水曜日(灰の水曜日)から四旬節が始まります。それは、主日(日曜日)には断食をしない習慣だったからです。灰の水曜日に教会では、回心のしるしとして頭か額に灰をかける「灰の式」という典礼があります。

注2): 断食については、現在では完全に食事を断つというよりも、十分な食事をひかえることと考えられていて、以下のように「大斎・小斎」があります。大斎と小斎を守る日は灰の水曜日と聖金曜日(復活祭直前の金曜日)、小斎を守る日は祭日を除く毎金曜日です。

         大斎  1日に1回だけの十分な食事とそのほかに
             朝ともう1回わずかな食事をとることができ、
             満18歳以上満60歳未満の信者が守ります。

         小斎  肉類を食べないことですが、各自の判断で償いの他の形式、
             とくに愛徳のわざ、信心業、節制のわざの実行       
             をもって代えることができ、満14歳以上の信者が守ります。

          (大斎も小斎も、病気や妊娠などの理由がある人は免除されます)

                          (カトリック中央協議会HPより)
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天の父の見事なデザイン(9)
2015 / 02 / 15 ( Sun ) 21:23:24
受け継ぐいのち


b-蝶_0003 のコピー



キタテハ ( ♂♀不明 )



宅地開発から残された

小さな林のクヌギの幹で

冬眠から覚めて 悠々と日向ぼっこ


地味な装いの翅裏(はねうら)に

チョコンと白い紋章がついてます


いただいた このいのち

しっかりと 受け継いで生きてます


神様 アリガトー!




稲城市で撮影:ナンクルナイサー
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「ブラザー・サン シスター・ムーン」
2015 / 02 / 10 ( Tue ) 01:00:00
『ブラザー・サン シスター・ムーン』
の映画のDVDを観ました。






13世紀の聖人
アッシジのフランチェスコ
の物語。


その信仰を告白する姿は
喜びに満ちあふれ、
胸に迫りました。


空の鳥のような
自由と清らかさを求める
聖フランチェスコ。
自分の魂を取り戻した!

目を輝かせる姿に
共感しました♪





晴佐久神父様も
この映画に、
若き日に感動したそうです。


聖フランチェスコの生き方に
今、活躍されている
教皇フランシスコのありかたが
重なりました。




神に感謝!


Elizabeth♪

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聖ベルナデッタ
2015 / 02 / 09 ( Mon ) 09:39:01
2月11日は
ルルドの聖母記念日で
世界病者の日です。



カトリック多摩教会でも
2月7日と8日のミサで
病者のための祈りをお捧げしました。





ちょうど、
ルルドの聖ベルナデッダの映画
『聖処女』
をDVDで観たところです。


19世紀
今から約150年前、
ナポレオン3世の時代に
ルルドの泉に導かれた
聖ベルナデッダ。


ルルドの泉では、
今も
病が癒される奇蹟が起こっているそうです。


1943年の
アカデミー賞5部門を受賞した
モノクロ映画です。


聖ベルナデッダが
聖母マリアに出会って
輝く顔は、
この世ならざるものを
垣間見る喜びを
感じさせてくれます。


信仰の喜びが
内から
わきあふれる
泉が
聖ベルナデッダのうちに
宿っているようでした。





どうか、
私たちのうちにも
全き真清水あふれる泉が宿り、
みことばが
あふれますように!
と、
思わされました。



神に感謝!


Elizabeth♪
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初金・映画とわかちあい
2015 / 02 / 07 ( Sat ) 11:33:27
2月6日の金曜日は
初金で神父様がいらっしゃらないので
みんなでレミゼくんオススメの
ドンボスコの映画を観ました。


実はかかりんは以前の勤務先が
ドンボスコの修道会の学校だったので
なじみのある聖人だったのですが、
まず御絵で見るドンボスコと
主演の俳優さんがよく似てい
てびっくりでした。


本で読んだりしていた時には
わからなかった
ドンボスコの苦悩や人間らしさが出ていて
なかなか感動的な映画でした。
観終わった後に


何人かの目にはうっすら涙が。
レミゼくん、
ステキな映画をありがとう!!





この日は初めての方も見えて、
入院していて久しぶりの方もいらして、
映画の後は簡単自己紹介。
最近金曜日の講座は
新しい方が増えたので
大いに盛り上がりました。


この初めての方と久しぶりの方は
共に洗礼を希望していらして、
新しい仲間が
どんどん増えていくことに
ワクワクしました。


自己紹介の中で、
お父様が帰天されて
ご実家に帰省してらしたLunaさんが、
「父の死で、
人間って本当にはかないんだな、
と思いました。
神様なしでは生きていられないって
実感しました。」と言ったのが
とても重く心にひびきました。





洗礼志願式まであとわずか。
まだ間に合いますよ。
洗礼受けたいんだけど、
今からじゃ無理かなあ、と思ってる
そこのあなた!!
まずは多摩教会で
神父様と面談してみてください。


教会家族があなたを
心から大歓迎いたします。




かかりん 
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時は満ち、神の国は近づいた!
2015 / 02 / 04 ( Wed ) 00:29:55
2015年1月23日(金)の入門講座での
晴佐久神父のお話から






「今週の主日のミサで読まれる
マルコ福音書1章14節~20節は、
聖書の内容が
すべて含まれているようなところです。


4つの福音書は、
それぞれの本質が
最初に述べられています。


マルコ福音書は
最初に書かれた福音書。
そのテーマは“福音”です。


イエス・キリストの存在そのものが
“福音”。
キリスト教は、
“福音”教です。


『すべての人は救われる』
『神の国は到来した』
という
“よい知らせ”が“福音”。
英語では“Good News”
ギリシャ語では“Evangelion”


“神の国”とは、
私たちが
想像しうる最高の状態よりも
さらにもっとよい状態。


教会は、
イエス・キリストそのものとして
福音を伝えるためにあります。
教会は、
神の国の目に見える“しるし”。
この世にあって
神の国の実現をお手伝いするのが
教会。


マルコ福音書第1章15節の
『時は満ち、神の国は近づいた。』
というのは、
ついに
特別な時が始まった!
決定的な時が始まった!
ということ。


時間と空間に、
ついに神が介入し、
イエス自身の周りに
“神の国”ができあがっていきます。」





「私は、
福音書を読んでいると、
胸が熱くなります。
ペトロと語り合っているような
気分になります。」





『いかに美しいことか
山々を行き巡り、
良い知らせを伝える者の足は。』
というイザヤ書第52章を思い出します。


永遠の命の喜び。
“神の国”が始まっていることへの感動。
みなさんも
熱いものを感じとってほしい。」







“よい知らせ”を
一人でも多くの人に!
“福音を告げ知らせないなら、
わたしは不幸なのです。“(コリント9章16節)


神に感謝!



Elizabeth♪
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信徒の召命と使命
2015 / 02 / 03 ( Tue ) 23:55:43
教皇ヨハネ・パウロ2世の使徒的勧告
『信徒の召命と使命』
を読みました





“人間は、神から愛されている“

このことを、
教会が、そして
キリスト者一人ひとりが、
ことばと生き方によって
告げ知らせる
大切さが
語られていました。


キリストは、
私たち一人ひとりのために来られ、
私たちにとって

キリストは、
「道であり、真理であり、いのち」。

(ヨハネ福音書14章6節)


「あなたたちも
わたしのぶどう園に行きなさい」


と呼びかけられ、
福音を告げ知らせ、
実践する奉仕に
招かれているのがキリスト者。


教会という交わりこそ、
救い主キリストが
この世におられることのしるし。





ヨハネ・パウロ2世が、
今、熱く、
語っているかのようでした。




神に感謝!

Elizabeth♪
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普遍主義と原理主義
2015 / 02 / 01 ( Sun ) 22:15:12
1月30日の金曜日の入門講座には、
初めての方が三人もいらして
神父様大喜び!!
この日の講座はこんなふうでした。






『ギリシア語で教会って意味のエクレシア。
エクレシアには意味があって、
呼ばれた者の教会、ってことなんです。
誰が呼んだって、
もちろん神が呼んだんですね。
主語は、神なんです。
神が集めた人たちのつどい。


神が呼び集めた。
本人たちが思ってなくても、
呼び集められた者たちのつどい、
それがエクレシアです。


こうやってここに座っているだけでも
いかにたくさんの人が関わっているか。
全てにその向こうに
先人たちの犠牲があって、
成り立っている。


どこにも
自分が所属する集まりなんてないや、
と思ってるこの時代に、
神が呼び集めた教会ってとこに
いることが救いのしるしであって、
生きる意味であって、
最高の恵みなんですよ。


そういう集まりにようこそって
言いたいですし、
ここに集められた意味ってのが
確かにあって、
ここに来たことが
目的だったってことになる。


夕方のニュースをチラっと見てたら、
イスラム国に対抗して
フランスあたりでは
反イスラム国インターネット
みたいなものを流している。


イスラム国ですばらしい家族を作ろう
なんて映像に対して、
そんな言葉にだまされて
イスラム国に行くと、
あなたの子供たちは
テロと暴力の中で育つことになるんですよ、
って流してる。


フランスでは全国民の27%の若者たちが
イスラム国を支持している。
フランスでは危機感があるんですね。


それはなぜかと言うと、
今の世の中があまりにひどくて、
信念と力に満ちたイスラム国に
行ってみようかって
土壌があるんですね。


統一教会はカルト集団、カルト教会。
そういう集まりは確かにあって、
カルトの定義は原理主義ですよね。
これだけが正しくって
あとは全部間違っている。
これを信じることだけで天国へ行ける。


決定的にカトリックと違うのは
これでないといかんっていう所ですね。
イスラム国なんかは
間違いなく
キリスト教は悪だって言ってますよ。


カトリックは
イスラム教も神様の子供の集いだし、
イスラム教徒もキリスト教徒とともに
神に救われるって言うんですよ。
今の教皇に聞いてみてください。
間違いなくそう言う。


教会に来て
一番知るべきことは、この話。
ここが究極の普遍主義の入り口
なんだってことですね。


原理主義が世界を滅ぼそうとしている
この時代にあって、
そのような普遍的な神様に
呼び集められた私たちは
あらゆる人が救われると主張する。


さすが2千年もたつとね、
普遍主義も洗練されてくる。
原理主義は長続きしないんですね。
100年200年の間に
大きな争いを起こして
消えて行く、の繰り返しなんですね。


普遍主義には
そのようなことはないですね。
阿弥陀様の前で
カトリックの神父がしゃべってたりする。
普遍主義は忍耐がいるんです。


原理主義は右って言ったら右、
×って言ったら×。簡単です。
答えがはっきりしている。
ラクっちゃラクなんだけど、
そこには融通のきかない
死んだ世界があるのみ。


この世界の一番の対立軸はそこだって
私、見抜いたんですよ。
実は普遍主義と原理主義なんです。
この世界の一番の対立軸は。


聖書に出てくる悪霊は
原理主義への傾きなんですよね。』





神父様、
数日前についにお寺に呼ばれて
お坊さんに説法?
してらっしゃいました。
晴佐久神父様が語る福音は
どこまで行くのでしょうか。


今年もたくさんの福音を聞けますように。



かかりん
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スーパー人類
2015 / 02 / 01 ( Sun ) 22:14:31
ちょっと前になってしまいましたが
1月23日の金曜日の入門講座のお話です。





『おそらく人間って本能が壊れてますから
自分が正しいと思い込んで、
敵ってものを作り出しちゃうんですよ。


大自然のおきての中で、
敵とか味方ってのはないんじゃないですかね。
食われてくシマウマの目が、
おのれ~って感じじゃないですよね。


人間だけじゃないですかね。
しかえししに行くのって。


人間だけが敵ってものを作り出したんですね。
なんでですかね。
自我ってものを抱えて、
人間のつまらぬプライドですかね。
自分のこだわり、ですよね。
私ってのを強調し過ぎたんじゃないですかね。


神様に望まれて生まれてきて、
あまり自分が自分が・・と言わずに、
やがて静かに去って行く。
それがいいんじゃないですかね。


復讐しようという思いは
強烈な自我から来てるんですね。


神様はストッパーのように
イエスキリストって方法をちゃんと
与えてくださっているんですよ。


やっぱりイエスキリストが
世界をなんとか神の国に変えていく。
非常に重要です。
悪の力で非常に苦しんでいる世界で
今、最も必要とされている。


自由意思と自我とつまらんプライド抱えながらも、
神の意思に協力していく。
そういうスーパー人類になって行きましょうよ。


人間の中にそういうことが巣食ってるわけですよ。
いつまでも恨みに思ったり、ってのが
あるじゃないですか。
そういうのがイスラム国と地続きだって
いうことですよね。』





神父様のお話は
しばしば時事ネタやその日の出来事などが
話題のきっかけになるのですが、
この日は
イスラム国に拘束されている
後藤さんのことを話題にしてのお話で
始まりました。


教皇様のように
人種によらず、国籍によらず、宗教によらず、
全ての人類と手をつないで
神様のお仕事を果たそうとつとめるなら
この世界は
どんどん天の国に近づいて行くのに。


どうか後藤さんが無事に解放されますように。





かかりん 


注: この記事は1月31日に投稿されたものです。
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