信じる
2015 / 09 / 30 ( Wed ) 21:32:07
2015年9月25日(金)入門講座での
晴佐久神父様のお話から






『“どうやったら信じられるのですか?”
という話の続きをいたしましょう。

“信じたら救われる”
“あなたの信仰があなたを救った”
と言われます。

燃えあるような恋愛も
冷めたころから
本当のパートナーシップを築いていくように、
“信じる”ことも
自然と信じられるようになるプロセスがあります。
それぞれの人に
それぞれのプロセスがある。』


『私たちは
神様の用意した素材からできていて、
やがて
神の国の一部となるように定められています。
2千年のキリスト教の歴史と
聖人たちの姿を見ていれば
わかります。』


『信じることは
とっても具体的なこと。
トップセールスマンの第一は
“正直”であること。
私の母は
日本語のたどたどしい
オーストリア人の神父に導かれて
“この人はうそをつかないわ”
と信じて
洗礼を受けました。

一番正直なのはイエス様。
イエスに従い、神のみむねを行う教会の行動を見て
人は、信じてみようかと思う。

イエスの周りは、もてなしの家だった。
教会は、イエスの命令として
もてなしの家をつくる使命がある。
2000年間福祉事業の源泉は教会。
それが教会のアイデンティティ。
ミサで全世界のために祈っている
キリスト者の大前提です。』


『信頼関係は、具体的にしか築くことができない。
教皇フランシスコが呼びかけるとおり、
カトリック多摩教会も、具体的な行動を起こす時。
具体的な希望を示しましょう。
結果なんかどうでもいい。
やろうとする気持ちが大事です。』







“御言葉を行う人になりなさい。”
(使徒ヤコブの手紙1章)
どうぞ、聞いて終わるだけでなく
行動する力と知恵をお与えくださいと
天を仰ぎ、神に祈ります。




神に感謝!
Elizabeth♪

「入門講座」で admin page top↑
『本当の希望』
2015 / 09 / 27 ( Sun ) 22:47:46
2015年9月18日(金)入門講座での
晴佐久神父のお話から。





『バチカンから、聖堂の内陣に
十字架に磔刑のキリスト像をつけるように
典礼改革の指示がありました。


なぜ、そう言うのか?
それは
十字架上で、私たちのために
イエス様が犠牲になってくださったことを
忘れるな
ということです。
すべては
“血まみれのイエス様”から、
ここまでやるほどの“親の愛”から始まっています』


『どれほどの悲劇と見えようが
それを
神の国に変えていく力を
十字架のキリストが与えてくれます。


それまでは
十字架はあってはいけないことだった。
けれど
イエス・キリスト以降
十字架は
意味を持ちました。』


『たとえ災害が起きても、
“それでも私は神の愛のなかを歩んでいる”
という信仰を持ってほしい。


どんな悪をも
善に変えて下さる神を信じ
何があっても
“神よ、あなたを信じられますように”
と祈るのが、格上の祈り。
そこに
“本当の希望”がある。


逆境の中でも、
天国の栄光を仰ぎ見て殉教していった
聖ステパノのように。
平和な心でいるのがキリスト者。
みなが不安になっているとき
その平和は、その安らぎは
どこから来るんだろう?と思われるのが、キリスト者。』


『小さな子供である自分。
自分の無力さを受け入れること。
一番あとになるときも、文句を言わない。
一番つらいときこそ
一番神に近い。』






長い人生を振り返ると
自分の無力さから目をそらさずに
受け入れられたのは、
いつも、苦難に出会った時。
天を仰ぎ神に祈るとき、
イエス様はともにいてくださいます。



神に感謝!
Elizabeth♪

「入門講座」で admin page top↑
『真っ白いご聖体』
2015 / 09 / 26 ( Sat ) 21:22:29
2015年9月12日(土)秋学期ピザパエリアパーティーでの
晴佐久神父様のお話しから






『神様は、なにか、素晴らしいことを
なさろうとしています。
みなさんが、ここに来られたことには、訳があります。
神様はご存じです。


想像もつかないような
神様との交わりがあります。
それが、本当の意味での希望。
想像がつくような希望は
本当の希望ではない』


『食事は大事です。
皆で
ひとつになって美味しいものを食べるのは
“しるし“です。家族のように。
やがて来る神の国を表す
“しるし”。


ミサは、小さなパンを食べるだけだけれど
その“しるし”に
神の愛が、込められています。
シンプルであればあるほど
奥深い広がりが出てきます。


“しるし”によって
本質に近づくことができる。
“しるし”は
目に見える。耳に聞こえる。香りをかぐことができる。
神から語りかけられていることを
体験することは大切です。
それが“啓示”。
神が、啓き示してくれていること。
抽象的ではなく、
具体的に
体験してください。』


『ミサで
神様から語りかけられていることを
感じてください。

わたしの説教は、いつも
身の回り5mで起こっていること。
それは
この身の回り5mにも
神様が働いていて
神様の御手がおよんでいることの
“しるし”。


だらしない子ども、
だめなパートナーの世話をすることで
“愛”が生まれます。』


『だれにでも
今からでも、神様にささげる
“とっておき”が
魂のなかにあります』


『自分の力できよくなろうとするのではなく、
絶対にゆるしてくださる
主イエスに
私を、明け渡すこと。


けがれた私をゆるし、
真っ黒い私に
真っ白いご聖体が渡される。』





真っ黒い私が、
真っ白いイエスさまの御心をいただく今という時が
奇蹟のような気がします。



神に感謝!
Elizabeth♪

「入門講座」で admin page top↑
信仰の家族
2015 / 09 / 25 ( Fri ) 10:08:28
皆様、お待たせしました!!
いよいよ金曜日の入門講座が再開しました!!

9月18日の講座はこんなふうでした。





『同じ所にずっといると、
新しいみわざが入ってきにくくなる。


そうめんパーティーの時に、
「椅子そこに置いちゃだめよ。」って
言われただけで
帰っちゃった人がありましたけど、
本来、まったく新しい人が来たら
そうめん吹きこぼれたって
その人と向かい合うってことが
できたらいいんだけど。


私たちは、新しい気持ちで一歩を踏み出します。


この入門講座も、いろんな出会い、
いろんな気付き、あるんでしょうね。きっと。


いろんな環境の中で洗礼に導かれた人たちの
受洗者文集、
時々ひも解いて見てみるといいですね。
こういう人も、ああいう人も、
皆、神の導きの内にあるんだということが
文集に浮かび上がって来るんですね。


教会家族って、
言葉のあやかも知れないけど、
それがステキだって、憧れて、
失敗しながらも進んで行く。


教会家族は何を目指しているのか。
それをクリエイトしていきましょうよ。


教皇が、ヨーロッパの教会に
どの教会も難民1世帯受け入れるって
ホントに言いだしたから笑っちゃったね。


教皇ついに言っちゃった。
どうすんだろ、これって。興味津々なんですけど。


「さあお腹いっぱい食べなさいって言って
何も出さなかったら何の意味があるか」って
聖書にも書いてあった。
どっかが言いださなきゃいけない、
それで教皇が自分で言っちゃって
やっちゃってますしね。
バチカン、難民2世帯受け入れてるんですよ。


各修道院、各修道会が受け入れたら、
1万世帯くらい受け入れちゃうんですよ。
あっちの教会、広いのよ。
いくらでも住まわせられる。


十字架には、はりつけのイエス様くっつけろって
内示のところにあるのね。
なんでそういうのか。


十字架で自らを死に渡したこの親心。
これ、キリスト教の原点であって、
それ忘れないため。


キリスト教は、ちょっと大変でも難民世帯、
受け入れましょう。
教祖がそうだったんだから。
イエス様が痛い思いして、
私たちの罪を背負って
神様のもとに導きいれてくれたんだから。


濁流に飛び込んじゃう親父の気持ち、
わかるよね。
そういう親父のことを、尊敬して、
忘れないようにしようってのが
血まみれのイエスなんですよ。
ここまでやるよって、親の愛なんですよ。』





この日、教会に最近熱心にいらしている
あるご家族のことで、
話し合いの機会を作ることになりました。
翌日、土曜日のごミサの前に
かなりの人数が集まって、
真剣に話し合いをしました。


晴佐久神父様がよくおっしゃる「教会家族」。
かかりんも大好きな言葉なんですが、
真剣に話し合う皆さんの姿に
かかりんは静かな感動を覚えていました。


血のつながりがなくても、
一緒に住んでなくても、
同じ信仰の旗のもとに集まった、家族。


その家族のために、
時間を割いて、知恵をしぼって
なんとかして助けようとする人々。
美しい光景でした。


いつの間にか多摩教会は
ちゃんと家族になっていたんだなあ、と
改めて目に見えた瞬間でした。



かかりん 
「入門講座」で admin page top↑
《スイス福音黙想の旅》最終回
2015 / 09 / 19 ( Sat ) 00:45:26
旅の8日目~7月14日(火)
昼食の後、チューリッヒにバスで移動しました。
30度を超える猛暑のため
チューリッヒ湖は人であふれていました。


b-巡礼8-1


チューリッヒ市内のフラウミュンスター教会では
シャガールのステンドグラスを見ました。


b-巡礼8-3b-巡礼8-4



緑の屋根のこの教会は、
かつては女子修道院でしたが、
宗教改革以来、プロテスタントの教会です。



b-巡礼8


聖堂正面のステンドグラス5枚は、
新約聖書の場面を表しています。
右側の写真は、聖堂の右脇上方にあります。
光をはらんで、深い蒼色に輝いていました。
創世記の場面をあらわしているそうです。


旅の最終日~7月15日(木)


b-巡礼8-5


朝、チューリッヒ空港へむかう前に
チューリッヒ市内のliebfrauen(リーブフラウエン)教会の
KRYPTA(地下聖堂)でミサを捧げました。


b-巡礼8-7


この日は、
聖ボナヴェントゥラ司教教会博士の祝日。
晴佐久神父様の洗礼名はペトロ。
堅信名はボナヴェントゥラです。


b-巡礼8-6


ミサの集会祈願では、
『全能の神よ、
聖ボナヴェントゥラの祝日を祝うわたしたちが、
聖人の優れた学識によって導かれ、
その心に燃えていた神への愛に
ならうことができますように。…』
と、祈りました。


ミサでの晴佐久神父様のお話から。
『聖ボナヴェントゥラは、
神学、哲学を極め、
“神様は、本当に私たちを愛して下さっている”
というところに
もどってきました。

私たちは、なんの問題もない。
神様から愛されている存在だ、
ということに気づいた時、
すべてが始まります。

神様が、私たちを導いて下さる。
なにか、すばらしいことをなされようとしています。
自分は、祝福されているんだ。
なにか、いいことに向かっているんだ。
だから、この私を受け入れよう…。
福音は、繰り返しが必要です。

一番つらいとき、何度でも、
この箇所に立ち返ってください。
“疲れた者、重荷を負う者は、
だれでもわたしのもとに来なさい。
休ませてあげよう“(マタイ11章28節)
なんて、お優しい言葉。

やすみましょう。イエス様のみもとで、ゆっくりと。
もう、これ以上、くたびれることないですよ。


b-8-6巡礼


巡礼の旅は、終わりではない。
一緒に歩いてまいりましょうね。
“晴佐久神父様といく天国巡礼の旅”の
出発じゃないですか。
聖地はまだ先ですよ。
一歩一歩、歩んでいけば、
素晴らしい景色が見えたじゃないですか。
私、思った以上だった。


b-b-巡礼8-8


氷河特急、マッターホルン、ユングフラウ、
想像以上だった。
天国は、どれほどだろう?
どんな想像もあたらない。
そんな旅路に招きだしてくださいました。


b-巡礼8-9


出エジプトはまだ始まったばかりですけれど、
約束の地が待っております。

恐れず、仲間を信じて、
ミサから始めて、ミサに立ち返る。
天上の宴を、待ち望みます。』


b-巡礼8-10


ミサを終えて大聖堂へ上がると、
聖体顕示式が行われていて
何人もの人たちが祈りを捧げていました。
聖堂の荘厳な美しさに圧倒されました。

その後、バスでチューリッヒ空港へ。
そこからアムステルダムを経由して
日本へ向かいます。


b-巡礼8-12


乗り継ぎのアムステルダム空港では
コロンビアから韓国へ向かうという
シスターに出会いました。
キリストの愛を伝えるために
遠い国へ行くシスターたちに、
巡礼の旅の最後にお会いできたことは
とても深い恵みでした。


b-b-巡礼8-13


思い切って旅立った10日間で
札幌から奄美、宮古島まで日本全国に
多くの信仰の友を得ることができました。

私たちは、だれでも、この地球の上で、
天国へと向かう巡礼の仲間。

9月から入門講座で
たくさんの仲間に出会えるのを
多摩教会でお待ちしています!



神に感謝!
Elizabeth♪

未分類 admin page top↑
地は震えても・・・
2015 / 09 / 17 ( Thu ) 10:37:13
おそくなりましたが

「ピザ・パエリアパーティー」

無事に終えることが出来ました、

というご報告とお礼を・・・。

12日土曜日は早朝の地震で
交通が乱れていた中、
30名近くの方が参加してくださいました。

いらして下さったみなさま、
どうもありがとうございました!!


パエリア作りも今年で3年目。
料理長は年々腕を上げているようで、
今年は(も)大変おいしく出来ました!

量もたっぷり
みなさんに大満足していただけたと思います!


ピザ係さんもがんばって、
たくさん焼いてくれました。
みんな、お腹いっぱい
こちらも、とても美味しかったです





ところで、今週の日曜日から、通常の入門講座
再開されていますよ~~。


近年、四季の区別があいまいになり、
秋も短くなりそうで・・・
今日も冷たい雨。
水害、地震、阿蘇山噴火、安保法案可決・・・?と
心騒ぐことの多い世の中です。


こういう時こそ、教会で福音に耳を傾け、
天の国に思いを馳せ、
しばし、心の平和を味わってはいかがでしょう。



b-kumotosora.jpg

 
「地は震えても、天は揺るがない」

by晴佐久神父


みなさまのお越しを心からお待ちしています。



Luna
「入門講座」で admin page top↑
あと少しだけ
2015 / 09 / 09 ( Wed ) 00:30:24
お久しぶりです、かかりんです。
長い夏休みが終わり、
晴佐久神父様も無人島から戻られて、
教会も通常のリズムに戻りつつあります。


この間の日曜日のごミサの後に、
金曜日の入門講座にいつも出ていて
この春洗礼を授かった、
後期青年会の会長も務めるYくんが、


「金曜日の講座って、11日はないの?!
ああもう、金曜の夜どうしていいのか・・。」と
ぼやいていました。


はい、今年は夏期特別講座があったとはいえ、
そのあとには長い夏休みがあって、
神父様の福音シャワーが足りない!!
教会家族で食卓を囲む講座が足りない!!
と福音不足症候群の皆様、
お待たせしました!!


いよいよ12日の土曜日のピザパエリアパーティーから
後期入門講座スタートです!!


2015ピザパエリア小


くだんの金曜入門講座はすみませんが
18日から再開します。
あと少しだけお待ちくださいね。


入門係一同、手ぐすね引いて・・じゃなかった、
両手を広げて大歓迎いたします!!
後期から皆様お待ちかね、Elizabethさんも
金曜ケーキ番長復帰の予定です


皆様にお会いできるのを
とびっきりの笑顔でお待ちしています。



かかりん 
「入門講座」で admin page top↑
マリア様の誕生日
2015 / 09 / 08 ( Tue ) 12:27:37

ll-マリア


「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。
その名はインマヌエルと呼ばれる。」
この名は、
「神は我々と共におられる」
という意味である。
(マタイ:1.23)


本日9月8日、
カトリック教会は聖マリアの誕生日を祝います。

聖マリアと日本の関係については、
カトリック中央協議会HPに
興味深い記事があります。


日本と聖マリア



ちなみに、パパ様はツイッターで
以下のようにおっしゃっています。


「マリアが、すべての家族、

とりわけ失業に苦しむ家族を

助けてくださるよう願いましょう。



Luna
未分類 admin page top↑
空巣?いいえ!はたらかれてます♪
2015 / 09 / 07 ( Mon ) 21:42:35
アキス
からの巣
さて
読んでくださったあなたは
このタイトルをみて
どっちに読まれましたか?
どんな内容かな?と思われましたか?



子鳩
巣立ってしまいましたぁ


ハト巣立っちゃったブログ書いて~
からの巣の写真つけて~
のリクエストにこたえ
ビフォアアフターのアフターです


b-hato 4


聖霊さんの象徴のようにいわれるハトさん
親バトは滑らか~なグレーの
街バトそのものでしたが
子バトのあの頭のツンツンした
ボサボサ感がとっても可愛かった


コバトが巣立った後
おやつの会に常連の赤ちゃんがやってくる
ハツキンごミサは
赤ちゃんの祝福式があって
おみどうにはもうひとり
赤ちゃんがいましたし
赤ちゃんが二人くわわって
更に温かにゆったりと落ち着いた感につつまれ
最高に幸せなハツキンでした♪


晴佐久神父さんのお説教も
なんだかいつものハツキンより
ゆったり感♪
祝福式の赤ちゃんがかわいすぎて
ほわほわキューピーちゃん型に
たちあがっている可愛い髪の毛を
(ん~かわいい~)と
祝福終わりになぜなぜしちゃうほど


赤ちゃんはいいわね~とふれる
みなさんの最上のやさしさが溢れていて
新しい予感に満ちみちた金曜日でした


そうそう
みえたら消えるところって
聖書にたくさんありますよね~
イエスとわかったら消える
パンをわけてくれて消える


消えたかにみえてみえないだけで
そこにあってそばにあって
なにかの時には
必ずや!急いで助けに来てくれる
そんな聖霊さんは
手をかえ品をかえ
ときにはそこに生まれてみせてくれたり


今は
からの巣でもって
アルことを教えてくれたりするわけですね



○子
多摩教会で admin page top↑
聖霊さんよろこびまくり?
2015 / 09 / 03 ( Thu ) 01:30:26
この8月
充実したごミサに恵まれていたな~と
聖書と典礼を見返していました。


『みなさん、聖霊を悲しませてはいけません。』
と始まる
使徒パウロのエフェソの教会への手紙に
ふむふむと
『あなたがたは、聖霊により、
あがないの日に対して保証されているのです。』
ふむふむ
いっさいがっさい捨て去るのか
ふむふむ
と読んでいると


ふぁさふぁさふぁさ


窓の外に
二階への通路の手摺に
鳩さんが♪とまりました


おおお~聖霊さん♪キチャッタ~♪♪


お~この聖書読めない子が読んでるゾ
ってよろこんで来てくれたのかな~


みんなにみせよ~っと網戸ごしにパチリ


b-hato.jpg


ぽっぽっぽと歩いてゆきます
白い手すりは鳩さんの道(=聖霊の道?)
よく教会の子どもたちもとまってますが
マリア様の横にうずくまり
ポ~パポッポッポ~と鳴き始めました


小さい頃この鳩の歌をきくと
あれ?学校?寝坊?
よかった~日曜日か~と目をさましたのを思いだし
心のスミッコが日曜お休みモードに入ります
まだ眠っていていいんだよモードです


おどろかしちゃうかなと
そろそろと窓をあけ写真をとっていると


b-hato2.jpg


さすがに飛び立ち
マリア様後ろの花水木(?でしたか?)に逃げ込んだ
あ、ごめんね
と思いきや


よくみると!
巣があるではないですかい?!


b-hato3.jpg


よくよくみると
頭がピヨピヨの
コバトがいるではないですかい?!


聖霊さん
親子で
住んじゃってるカトリック多摩教会!!!
すごい~


親子聖霊にあいにいらしてね~



○子
未分類 admin page top↑
あなたにとってイエスとは
2015 / 09 / 02 ( Wed ) 22:18:25
以下は8月23日のパパ様のお説教です。
例によって、一部をご紹介。
是非、全文お読みくださいね~






『この世で手にするものは、
永遠への渇きを満たすものではありません。


わたしたちにはイエスが必要です。
イエスと共に生きること、
イエスの食卓で養われること、
そして永遠のいのちである
イエスのことばが必要です。


「イエスを信じることは、」
イエスを自分の中心にすること、
自分の人生の目的とすることです。


キリストは選択肢の一つではなく、
「生きたパン」であり、
無くてはならない糧です。


信仰と愛の真の関係のうちに、
イエスと結ばれることは、
鎖でつながれることではなく、
つねに心から解放されて歩むことを意味します。


わたしたちはそれぞれ、
次のように自らに問うことができます。


「わたしにとってイエスはどんなかただろう。
名前だろうか、概念だろうか、
単なる歴史上の人物だろうか。

それとも、わたしを愛し、
自らのいのちをわたしのためにささげ、
わたしと一緒に歩んでいるかただろうか。」


あなたにとって、
イエスはどんなかたですか。
あなたはイエスと共にいますか。
あなたはイエスのことばから
イエスを知ろうと努めていますか。


イエスのことを知るために、
毎日、福音の一節を読んでいますか。
福音書をポケットやバックに入れて、
どこでも読めるように毎日、
持ち歩いていますか。


なぜなら、イエスと共にいればいるほど、
より強くイエスと共にいたいと願うようになるからです。』


教皇フランシスコ





全文はこちらです→教皇フランシスコ、2015年8月23日「お告げの祈り」でのことば



Luna
未分類 admin page top↑
* HOME *