天の父を信じることが、第1です
2016 / 02 / 24 ( Wed ) 22:12:26
2016年2月19日(金)入門講座での
晴佐久神父のお話から③







「“使徒信条”の第1は
“天の父を信じます”
です。


すべての人への、
“天の救いを信じます”
という意味です。


すべての人は、すでに、神の子。
けれど
信じられていない人が大勢いるので
まことの親である神を
信じさせるために
贈られたのが
イエス・キリスト。


イエス・キリストは、
〝天の父が、まことの父だ″
と証ししました。


“天地の創造主である父”
を信じるために
イエス・キリストを信じるのです。」


「イエスを見たら、
神を見た。」


「イエスさまは、
天地創造の始めから定められていた
神のみこころを表した。
敵を愛しつつ、
友のために命を棄てて
神は愛であることを表した
イエス・キリスト。


〝イエス・キリストを信じます″
ということは、
その先の
〝天の父を信じます″
と言うようになるのが、目標です。」


「使徒信条のなかで
〝おとめマリアより生まれ、
ポンティオ・ピラトのもとに苦しみを受け″
と言われるのは、
本当に、
この世に生まれ
生きて、殺され、復活させられた
イエス・キリストを
信じる
という意味です。」


「〝イエス・キリスト″
と言うだけで
信仰宣言なんです。
「・」は、「=」という意味。
あのイエスが、
キリスト(救い主)である
という宣言です。」


「この現実世界に
生まれて、
生きて、復活された
今、生きているイエス・キリストを
ミサで
感じてもらえるのが、理想です。」


「自分が
イエスを表しているのでなかったら
神父をやっている意味がない。
キリスト者である意味がない。


キリスト者ってそうなんです。
欠点を抱えたままで
神様が用いて下さる。


パウロも、
自分の欠点を嫌っていましたが、
主は
『わたしの恵みはお前に十分である』
(Ⅱコリント12:9)
と言われました。


欠点を抱えたままでも
自分に満足している方が、
楽じゃないですか?」


「キリストっていう働きは、
もう、だれにも、とめられない。」







『わたしは弱いときにこそ強い』
(Ⅱコリント12:10)
と主に拠り頼むパウロの姿に
あこがれます。




神に感謝!


Elizabeth♪
「入門講座」で admin page top↑
祈るときは、くどくど祈るな
2016 / 02 / 23 ( Tue ) 23:26:43
2016年2月19日(金)入門講座での
晴佐久神父のお話から②






「“使徒信条”のなかでは
神の属性を表す
『天地の創造主』
『全能』
『父』
の3つが重要です。
非常に重要なので、
ゆめゆめお忘れなく。


まず第1に
天地万物をお造りになった神
宇宙、万物、時間を
お造りになった神


なぜ私がここにいるのか?
すべてが
たまたまあるのではなく、
意図があって造られた。


神が、造ろうと思ったから
造られた。
神様の御業は
私たちには、わからない。


一見、悪いように見えても
宇宙は
よいものに造られている
我々、天地万物は
神の“よい思い”によって
造られている。


この私にできることは
感謝し、受け止めて、
喜んで生きます
と、言うことのみ。


宇宙の法則は、変えられない。
我々は、観測するだけ。
我々は、信頼するだけ。


『全能者と言い争う者よ。
引き下がるのか。
神を責めたてるものよ、
答えるがよい。』
(ヨブ40章)
と神は言い
ヨブは応えます。
『あなたは全能です。
あなたのみ胸の成就を
妨げることはできません。』
(ヨブ42章)
ここでのキーワードは
『全能者』。


天地をお造りになった神が、
ちゃんとなされているのだから、
被造物は
はーいと言って、黙っていなさい。
ということ。
神様の計らいを
だんだん、人間が、わかってくると
人間の小ささ、はかなさが、
わかってくる。
余計なことを考えて
こまごましたものに
囚われるのでなく、
すがすがしく
親の思い、神のみこころに
ゆだねる。


祈るときは、くどくど祈るな。
『あなたがたの天の父は
あなた方が祈る前から
あなた方に必要なものを
全部ご存じである』


そして、それを信じて待つのみ。


反抗期のように
『神も仏もあるものか』と
毒づくのも
本当は、神に関わってほしいから。


父である神は、
天地の根源であって全能。
すべての根源。
何でもお出来になる。
人間には矛盾と思えることも
おできになる。
時間も空間も越えている。


科学は
天地の創造主のみわざの確認作業。
人類は
この宇宙の根源を求めている。
キリスト教では
この根源を
『天地の創造主』と言っている。


みこころが行われませんように
と祈っても
みこころは成就されちゃう。
嫌もおうもない。
私たちはそれを信じて、
受け入れて、協力するだけ。」



③につづく…



Elizabeth♪
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キリスト教の本質は、“交わり”
2016 / 02 / 23 ( Tue ) 00:14:42
2016年2月19日(金)入門講座での
晴佐久神父のお話から①






「日曜の志願式で渡された
『使徒信条』のカードを
志願者の方々は、
再来週までに暗記して下さいね。


4世紀ごろまとめられたもので
使徒が作ったと言われています。


キリスト教の憲法のようなもの。
私たちの信仰の
要(かなめ)のところです。


2000年間
洗礼を受ける時に
必要とされてきました。
洗礼者の
信仰宣言です。


洗礼式では、問答形式で
父と、子と、聖霊を
『信じます』と、
3度、宣言します。


本当は、
一人ずつ
信仰宣言するといいんですけどね。


洗礼は
「父と~」「子と~」「聖霊の~」
で、じゃばじゃば~
と、3度水をかけます。」
「父と、子と、聖霊の
〝愛の交わり″こそが、愛の本質。


この宇宙は
〝愛の交わり″によってできて、
〝交わり″に完成していく。
キリスト教は
一神教ではなく、三神教です。
〝交わり″教ともいえる。
キリスト教の本質は、
“交わり”にある。
三位一体の神秘です。


十字を切るのは
この私は
大きな愛の中に生まれてきた。

身に刻み込んで、自分を励まして
希望を、新たにするためです。


志願者のみなさん
洗礼式では、
大きな声で、『信じます』と
言って下さいね。」



②につづく…



Elizabeth♪
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十字架の試練は、希望への道
2016 / 02 / 19 ( Fri ) 00:30:43
2016年2月12日(金)入門講座での
晴佐久神父のお話から④






「十字架の道は、本当に尊い。
そこに
〝救い″がある。

人々を傷つけたり、
だましたり、のろったり
一見、闇に見える
十字架の道ですが、
十字架の試練も
希望への道。

最高の良い知らせ、
Good News、
『福音』は、
イエス様の〝十字架復活″。

とらわれて苦しんでいたけれど
苦しい出来事も
すべて、
神様の恵みの中にあって
復活の栄光につながる
という
〝福音″を信じること。

洗礼を受けた人は
すべて
〝クリストフォロ″。

〝クリストフォロ″とは
イエス・キリストを伝える人。

〝永遠の命が与えられているんですよ″
〝あなたは
神様から愛されているんですよ″
〝だいじょうぶですよ″
〝信じていなくても、救われている″
という
〝福音″を伝えること。

洗礼は
そういうことを
一緒にやっていこうとする人が
受けるものです。」






残り
あと3回となった
晴佐久神父による金曜入門講座。
この日も
全力で語られる福音を
一所懸命聴き取ろうとする
熱気に満ちた集まりとなりました。



神に感謝!


Elizabeth♪
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四旬節は、〝回心″のとき
2016 / 02 / 18 ( Thu ) 13:30:27
2016年2月12日(金)入門講座での
晴佐久神父のお話から③





「四旬節は、〝回心″のとき。

四旬節の間だけでも
〝神の思い″に
神様はぜんぶ許してくださる
神様はすべて
受け入れて下さる
ということを
重点的にするとき。

〝自分が罪深いから
救われないと思っている罪“
の人は、
〝必ず、私は、
神様の愛に満たされて
必ず救われるんだ″

信じることに、頑張るときです。

時として
私は救われないんじゃないか
と、怖れが出てくる。
そんなときでも
〝私は悪い人でも必ず救われます″
というのが
〝回心″。

神は、常に、皆を救いたい。
いつくしみの主は
あらゆる人の救いを
望んでいる。
神はだれも
罪に定めたくない。



どうして自分はこんな風に
なってしまったのかということに
ず~っと囚われて、
不自由がつらいというよりも
本来与えられるはずだったものを
得られなくなった
と、思うのが、人の思い。
自分が
足りないものになったという
喪失感。虚無感。

そこから解放されるのが
自由。
人はとらわれています。
自分で自分を救うことができない。

自分だけの満足のために
他の人を傷つけようとする心の傾きは
だれにでもある。

自分は愛されていないと思っていた。
それがとらわれだと気づいた。
人はみな、愛されたい。
だからこそ、
人は自分が愛されていないと
思い込んでいるからこそ
金を求め、権力を求める。

人の思いを満足させようとすることが
第一となったとき
人の心の痛みがわからない。
そこから
そのとらわれから
神へと〝回心″するのが、四旬節です。」


④につづく…



Elizabeth♪
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パパ様より
2016 / 02 / 18 ( Thu ) 11:23:21

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キリストを担う者
2016 / 02 / 17 ( Wed ) 23:30:37
2016年2月12日(金)入門講座での
晴佐久神父のお話から ②






私たちは
洗礼を受けたその日から
”クリストフォロ“
というもう一つの名、
洗礼名を与えられています。
幼子イエスを背負って
河を渡ったという伝説の聖人。


洗礼を受けた者は
すべて〝クリストフォロ”である。


あらゆるキリスト者は
キリストを担って
キリストを連れて行く者。


だれと出会っても
キリストと出会ったことになる。


〝人の思い″をはるかに超えた
〝神の思い″を生きる者。


キリスト者は
すべての人の目を開かせる。


私は
〝いただいたもので、十分″
という思いで
生きています。


身体も弱いけれど、
これを、どう生かすのか。
人の思いをはるかに超えた
神の思いを武器に
生きていく。
〝神様の思い″は、どこにあるのか
を、知る体験は
すごく大事です。


自分がこうしようとして
うまくいかない時、
なるほど
〝神様の思い″の方が上だ
と、知る体験を
積み重ねる。


どこかで
〝神様の思い″にシフトする瞬間が、
必要です。


『人はパンだけで生きるのではない。
神の口から出る一つ一つの言葉で生きる。』(マタイ4:4)
というように、
パンなしでは生きていけないが、
人の思いだけで生きているわけではない。


パンで生きている自分が、
それ以上のものに
変えられる時。
より大きな喜びへと。


自分がなにかを
手放さなければならない時、
私たちが、弱いときにこそ
〝人の思い″を超えた
〝神の思い″がある。


〝回心″とは
人の思いをはるかに超えた
〝神の思い″に重きを置くこと。
49対51でもいい。



③につづく・・・



Elizabeth♪
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人の思いをはるかに超える神の愛
2016 / 02 / 17 ( Wed ) 12:10:07
2016年2月12日(金)入門講座での
晴佐久神父のお話から①






〝殉教者の叙唱″に
ぐっときます。

『弱い者の中に
あなたの偉大な力が示され
十字架の道を行く者の中に
人の思いをはるかに超える
貴方の愛が輝き出ます。』


人の思いなんて
いいかげんなもの。
ベクトルは、皆一緒。
どこかで、
神様が
自分の都合のいいように
してくれることを
望んでいる。


けれど、
〝人の思い″を超える
〝神様の思い″が
たしかに
ある。


〝人の思い″だけでは
貧富の差が拡大する人間達。
その中に、
神様の恵みである
イエス・キリストが投げ込まれた。


自分が神であるかのように
思うことは
蓄財や権力への執着に
表れることが多い。



50年前の第2バチカン公会議では
みなが神様の愛に
目覚めていくことを伝えに行く、
〝福音化″ということと、
主の食卓を一緒に囲む
仲間に招き入れること、の2つが
強調されました。


〝洗礼″を受けるっていうのは、
ある意味、
殉教覚悟で生きていこうよ
ということ。


みな
十字架は、いやだ、と言う。
〝人の思い″でいると、
いやだ、と言う。


けれど
〝救いの喜び″を知ったんだから
喜んで
十字架を背負います。
と、言うこと。


試練なんて、いくらでも来る。
あえて言えば、
これこそが、御国を知る道。


〝弱さ“を、
恐れずに、引受けることです。


②に続く…




Elizabeth♪
「入門講座」で admin page top↑
おかえりなさい
2016 / 02 / 16 ( Tue ) 10:56:42
2月12日(金曜日)の入門講座は
ものすごい人数が信徒館につめかけて、
椅子が足りないんじゃないかと
不安になるほどでした。


40人ほどの人が
ぎゅうぎゅうに座っている中、
ちょっと風邪気味の神父様は
いつもよりハスキーボイスで
熱く福音を語られました。


いつもの湯わかしポットふたつじゃ
全然足りないので
やかんも動員して
お湯をわかしまくりました。





そして、前回かかりん
ちょっとだけ紹介した
Yさんが、久しぶりに
金曜の入門講座に来てくれました!!


かかりんは実は遅刻常習犯で、
(でも、仕事から帰ってから
ケーキ焼いてるんで
ギリギリになっちゃうんです!!言い訳)
7時ギリギリに教会に入ると、
入門係で、実はマリア様が
化けてるんじゃないかと
常々かかりんが疑っているOさんが
「Yさんいらしてますよ!!」と
嬉しそうに教えてくれました。
Yさんはキッチンで
一生懸命係の仕事を
お手伝いしてくれてました。


Oさんは、「せっかく久しぶりに
Yさんがいらしてくださったので
お手伝いお願いしちゃいました!!」と
おちゃめな笑顔で教えてくださいました。





Oさんは、金曜の親分(だれ?が遅刻する、
というメールを見たとたん
Yさんが現れたので、
「これは神様が働かれたな!!」と
すぐにわかったそうです。


かかりんは心の中で
「Oさん、神様、グッジョブ!!」と
叫んでいました。笑


Yさんが来てくれたら大歓迎するぞ、
と思っていたのに
次から次へと増えるお客様に
お茶を出すのがてんてこまいで
なかなかとなりで座ってられない・・・
ハラハラする中、
お茶を運びながら見てみると、
入門係も、洗礼志願者の方も、
Yさんと笑顔で話してる。
「あなたがブログのYさんだったんですね!!」
とか言われてる!!


本当に、多摩教会はいい教会だなあ、と
心の底からうれしくなりました。
かかりんがひとりでなんとかしようと
はりきらなくても、
教会家族のこのすばらしい連携プレー!!


晴佐久神父様が7年間
多摩教会でまき続けた福音の種は
あちこちで実を結んで
見事な花を咲かせていました。





Yさん、おかえりなさい。
あなたが帰るのを、
ずっと待っていました。
もうひとりぼっちじゃないよ。
ここはあなたの家。
あたたかい家族が
いつでも笑顔で迎えるから
いつでも帰ってきてね。




かかりん
「入門講座」で admin page top↑
ミサ、ミサ、ミサ
2016 / 02 / 16 ( Tue ) 10:00:00
かかりんさんが書いてくださったとおり、
志願式の日の神父様は
風邪をひいていて、
とても辛そうでした。

でも、そんな中、
式後のパーティーのときの、
志願者に向けたお話は、
短いながら、
とても気迫に溢れたものでした。





「洗礼を受けたら、とにかく、
ミサに出続けてください。
バンを食べ続けてください。

どんな司祭が捧げようと、
どんな人が与かろうと
ミサはミサ。ミサにおける
神さまの恵みの力は変わらない。

ミサは完全。100%の力がある。

ミサに出ていれば、
そこでの人との出会い、
みことばとの出会いの全てを含め、
神さまの恵みを受けることが出来る。

ミサに出続けていれば、
なんとかなる。

一人で閉じこもっていてはいけない。

とにかく、毎週、なんとしても、
ミサに出続けてください。」






大体、以上のような、
今まで幾度となく語られた
ミサについてのお話でしたが、

”これだけは言っておかなければ”、
という、まるで”遺言”のような語り口に、
いつも以上の感動を覚えました。

心からの「アーメン!」 を捧げます。


晴佐久神父様の風邪が早く治りますように!
元気に復活祭が迎えられますように!
心からお祈りいたします。



Luna
多摩教会で admin page top↑
洗礼志願式
2016 / 02 / 14 ( Sun ) 22:56:05
こんばんは。かかりんです。


本日2月14日はバレンタインデー。
でも、多摩教会では
洗礼志願式が行われていました。


30人を超える志願者が聖堂に並び、
呼名に応えて油を塗られ、
使徒信条のカードをもらう、
そういう儀式なのですが、
これは神様との婚約式みたいなもので
なかなかに重要な儀式なのです。





毎年この洗礼シーズンは
かかりんにとっても、特別の季節です。


神様の愛をこの目で見る大切な機会。
今現在も、神様がちゃんとはたらいて
たくさんの人を救っている現場に立ち会えるので、
入門係になって六年ですが
少しも飽きることなく、
毎年心をふるわせることができます。


式の中で入門係が
「この人たちが洗礼を授かるのに
必要な準備をしてきたと思いますか」みたいな
質問を神父様にされるのですが、
今年も胸をはって、大きな声で
「思います!!」と
答えさせていただきました。


ずっと迷ってたあの方も、
泣いてばかりだったあの方も、
辛くてたまらない経験をしたあの方も、
今日はちょっと緊張した面持ちで
志願式の後のパーティーでは
それは晴れやかな笑顔で
楽しそうにおしゃべりしている姿が
見られました。


実は今日は晴佐久神父さまは
風邪をこじらせて
熱がある中の志願式だったのですが
多摩での最後の志願式、
立派につとめられました。
ただ、ミサ後のパーティーの時は
うるんだ目でぼーっとなさっていて、
ちょっとしんどそうだったので
少しパーティーは
早めに切り上げさせていただきました。
もっと話したかった方はごめんなさい。





志願者のみなさん、
ようこそようこそ。
もう少ししたら、
「戸籍上」も正式に家族ですね。


私の大好きな多摩教会に、
大好きな皆さんが家族として
正式にチームのメンバーに加わることを
とっても楽しみにしています。
多摩教会は、すばらしいところです。
どうぞ安心して、
神様にお任せして過ごしてくださいね。


これからもどうぞよろしく
お願いいたします。




かかりん
多摩教会で admin page top↑
パパ様より
2016 / 02 / 11 ( Thu ) 23:28:29






未分類 admin page top↑
もちパーティー
2016 / 02 / 10 ( Wed ) 01:51:44
2月5日(金)の入門講座は
神父様不在の日。


頂き物のなまこもちを持参したところ、
大福もちと、お赤飯の差し入れも!、




手作りケーキ、マーボー豆腐、文旦、
それにパスタも加わって、
お腹いっぱい、心もいっぱい、
楽しい話題で”もち”きりの
食事会&分かち合いになりました。


神に感謝!!






今週は晴佐久神父様が
お話しくださいます


晴佐久神父様の講座もあとわずか。
お近くの方は特に、是非、一度
お聴きにいらして下さいね。


心からお待ちしております。




Luna
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生きていることは、“芸術”
2016 / 02 / 02 ( Tue ) 12:10:06
2016年1月29日(金)入門講座での
晴佐久神父のお話から♪③





「この世を“霊的”に
“秘跡的”にとらえることを
知ってほしい。


この世を
“秘跡的に”とらえることに
慣れていってほしい
と思います。


この世界は
すべて、神様が創られた。
信仰の第一です。
神が、天地を創造されました。


“なんとなく”“たわむれに”
創ったわけではない。
わけがある。


“神の摂理”は
決して、人間には、
完全には知りえない。
けれど
宇宙の根源に
なにか、訳があって作られた
ということはわかります。


たまたま、星が流れている
たまたま、水が流れている
というわけじゃなくて
なにか、わけがあって
星があり、水が流れ
私たちが生きている。


そこに、なにか、とても
よいことがなされるために
この世界がある。



ただ人が苦しむために
宇宙があるなんて
そんなこと、あるわけがない。
その一番の現れは、
キリストです。


最悪の十字架の結果から
この素晴らしい教会ができあがっている。


神様はやっぱり
なにかわけがあって
この世界をよいものとしてお創りになって
よいものに導いておられて、
一見悪く見えるものも
やがて
よいものに変えて下さる。


一見悪く思えることにも、
よいものの芽があり、
それを、神様は
見せたい、表したいと思っていて
見る力、受け止める力を
ちゃんと
人にも、与えている。



私たちは
完全ではなくても
神様の表している素晴らしいものを
感とることができる。
いっぱい
見て、聴いて、触れましょう。

私たちは
サングラスをかけたまま
世界を見ているように鈍いけれど、
自分のことで頭がいっぱいに
なりがちだけれど、
人は
“最高のもの”を知りたいと
思うもの。


本当にいいものを
もっと味わいましょう。
自分でも味わい、
皆にも
分かち合いましょう。


そういうことはすべて
その向こうにある
本質にふれること。
神様がお創りになっている
この世界をきちんと知ること。


神様がお造りになった
この世界を味わい、
感謝と讃美を捧げることが
私たちの使命。


この素晴らしい世界を
“霊的にスケッチ”して、
信仰によって
神様が見せてくれる素晴らしいものを
心の目で受けとり
よいものを、いっぱい
心の引き出しに入れましょう。


生きていることは、
もう、すべて、芸術です。
神様に、ふれているんです。





Elizabeth ♪

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上昇気流にのって
2016 / 02 / 01 ( Mon ) 21:00:06
2016年1月22日(金)入門講座での
晴佐久神父のお話から②





「“捕らわれている人に解放を、
目に見えない人に視力の回復を、
圧迫されている人を自由にする“
というイザヤの預言が、
今、実現した(ルカ4:18)
と、イエスは言っておられます。

イエス以降、
復活の主は、
すべてのキリスト者のうちにあって
全世界を歩き回り、
弟子の一致のうちにおられ、
この入門講座のうちにも、イエスがいる。


“この聖書の言葉は、今日、
あなたがたが耳にしたとき実現した”
という
このイエスの宣言は、
毎日、実現し続けている。
そういう“喜び”、“信頼”を
忘れないように。」


「常に
新たな問題はわき起こるけれど、
その都度、
“でも、今日は恵みの時だ”
“でも、今は神様の愛の実現している瞬間だ”
そういうところから
決して離れずに、
いつも、いつも
“今”を、大切に生きていきます。
今日、この日が、大事。」


「皆さんが思い起こすようなことは、
もう、すべて、
神様の御手のうちにゆだねられました。
みなさんが心配していることは
まず、起こらない。
勝手に想像しているに過ぎない。


“明日を思い煩うな。”
マタイ福音書の山上の垂訓での
イエス様のお優しい言葉です。
“一日の苦労は、一日で十分。
明日は、明日で、恵みの日。
明日に、希望を持ちなさい。
明日の苦悩もあれば、救いもある。
恐れることなく、今日を受け入れ、
明日を希望しなさい“
という
イエス様のお優しいメッセージ。」





「繰り返し、聖書の言葉に立ち返りましょう。
そういう意味で
ミサで福音朗読を聴くのは、とっても大切なこと。
聖書と典礼は3年周期。
聖書の主だったところは
3年で全部読んだことになります。


洗礼を受けた方は、3年間は、
石にかじりついてもミサに出続けよう
み言葉にふれ続けよう
と、決心していただきたい。

毎週が、“恵みのとき”ですし、
“今日、実現した”という日になるんです。


繰り返し、くりかえし、み言葉に触れて、
3年経って一周して、
同じみ言葉に触れたとき、
成長していることを感じられます。


ちょうど、鳶が、ピーヒョロピーヒョロと
上昇気流に乗って、輪を描いて上に上がっていくように。
下から見ていると、
同じところ回っているようでも
ちゃんと上がっているように、
3年経ったら、もとにもどったのではなくて、
自分がいっそう
神の国の高みに近づいてることを
感じとることができると思いますよ。


知識や信仰が増したのではなく
より一層、神の愛を感じて安心していく。
より一層、神様の力を信じて自由になっていく。
それは
楽しみにしたらいいと思います。」


「ミサでみ言葉を聴いて
パンをもらって、
イエス様と一致して、安心して
神の国へ、一歩一歩近づいていって下さい。
“上昇気流に乗り続けていく”
という希望を持ってください。」


③につづく…



Elizabeth♪
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