まず、神様中心に
2016 / 06 / 30 ( Thu ) 22:38:56
2016年6月26日(日)の
多摩教会の主日のミサは
コンベンツァル聖フランシスコ修道会の
山口神父と豊島神父による
共同司式の御ミサでした。






朝9時から、聖堂後方にある
光あふれる明るい告解室で
山口神父による
『ゆるしの秘跡』にあずかり
とてもあたたかな
恵みをいただきました。


1967年の
『典礼音楽に関する指針』によると
『ミサで歌唱する場合には
第一段階として、まず、
感謝の典礼の奉献文が歌われ、
第2段階としてミサ曲も歌う。
第3段階として、行列(
入祭・拝領)の際にも歌う。』と
6月のオリエンス典礼で
お聞きしたばかりだったので、
歌ミサを
とても楽しみにしていました


説教で、山口神父は
ルカによる福音書9章の
「まず」という言葉に注目され
キリスト者は
まず、何を大切にするのか?
『まず、神の国と神の義を求めなさい。』
(マタイ福音書6章33節)
を思い起こさなければ
と、お話されました。





午後の入門講座では、山口神父が
『聖コルベの生涯を通しての黙想』
の冊子を30人以上の参加者に配り、
ノベナ(9日間の祈り)について
教えて下さった後、
多摩教会の御聖堂の守護聖人
マキシミリアノ・マリア・コルベ神父
のお話をして下さいました。


「コルベ神父は
お祈りをするのを武器としていた。
ロザリオを唱えると
必ず、神様が、かなえてくれる
という信頼を持っていた。」


「キリスト者の生き方は
神様に、より頼んでいくこと。
“まず、自分のこと”から
“まず、神様中心”に。
神様は、私たちの
得意なもの、いいところを
生かして下さる。
もっといいことを
もっといい実りを与えて下さる。
お祈りして求めれば
必ず与えられると信頼していれば
予想を超えて
素晴らしいものを与えて下さる。
特徴・個性を生かして下さる。
『求めなさい。そうすれば与えられる。』
(マタイ7章)」
と、お話して下さいました。





黒い修道服がお似合いの
頼もしい神父様でした



神に感謝!
Elizabeth♪

多摩教会で admin page top↑
私たちは嘆願することができる
2016 / 06 / 30 ( Thu ) 00:30:11
2016年6月24日(金)夜の部
入門講座での豊島神父のお話から






「旧約聖書のモーセ五書は
物語として読みましょう。
ヘブライ語には
比較級や強調する言葉がないので
“900歳まで生きた”という
表現は
神の御旨を“まさに”生きた
という
強調の表現です。」


「創世記12章
アブラハムは冒険しないタイプなのに
召命によって
神の言葉によって旅立った。
いつも、神様に伺いながら
旅をした。」


「創世記18章は
“神の裁き“の話です。
善悪を示して下さる神。
はっきり分けるいさぎよい神。
神様は、返事なしの人ではない。」


「出エジプト記の神は
私たちの叫び声を聞き、
“見て、知って、
関わってくれる神“。
神は
“あなた”の痛みを知っている。」


「モーセ五書のテーマは”救い“です。
“あなた”に“今”″ここ“で
必要な“救い“を
神は、下さいます。
私たちは
神に
嘆願することができる。」





「朝起きて
祈りで一日が始まるのは
いいことです。
“神様、今日はぜんぶよろしく!“
と、朝、お祈りできるなら
究極の福音の人。
日曜には
”神様、おめでとう!“
と言いに、ミサに来ましょう。」


『教会学校の頃、シスターから
“今朝、起きた時
神様に“おはよう”の挨拶をした?
と、聞かれましたね~。』
と、トラウマ話もありました。





講話の後の茶話会では
朝昼夜の聖務日課について、
“教会の祈り“について
いろいろ教えて頂きました。
もっと
祈りを深めたい!
と、思わされました。




神に感謝!
Elizabeth♪

「入門講座」で admin page top↑
6月24日(金)午後の入門講座
2016 / 06 / 29 ( Wed ) 18:24:13
6月24日(金)午後の入門講座の内容を
少し、ご紹介します。






旧約聖書はモーセ五書
(創世記から申命記まで)
歴史書
(ヨシュア記からエステル記まで)
知恵文学
(ヨブ記から雅歌まで)
預言の書(イザヤ,エレミア、エゼキエル
から、マラキまで)

プラス続編(カトリック教会のみ)
として認めている。)

に分類される。



今まで読んできた創世記を含む


モーセ五書は
歴史的事実を
その通りに書いたものではない。


神様が人間とどのような約束をしたか。
その約束に応えるために
私たちはどのようになって
いかなければならないかを
把握する書です。


例えば,創世記12章の
「アブラハムの召命と旅立ち」
の物語について。


アブラハムが
神様の呼びかけに応えて
神様の示す地へと旅立つ物語は、
私たちの人生が旅であり、
その旅は神様がともにいて、
最後は天国へお引越しする
ということを示唆しています。


アブラハムは
行き先の見えない不安の中で、
声だけしか聞こえない、
神さまを徹底的に信頼して、
神様と共に、歩みました。


ちなみに、、アブラハムの時代、
土地に井戸があるかないかが
大問題で、
時に井戸を巡って
戦争まで起きたそう。

(「マイム、マイム、♪」
というフォークダンスの歌詞のマイムは
水、という意味。イザヤ書12章3節
「あなた方は喜びをもって水を汲む」を
そのまま歌詞として使っている。)



18章・16「ソドムのためのとりなし」
について
 
イニシアティブは神にあって、
ソドムは結局滅び
ロトだけが救われる。
つまり、正しい人を救うという
神様の構図を示すが、
この時代からすでに
「こういう状況にあるということを
訴えると、神さまは答えて下さる。
ちゃんと聞いて答えて下さるかた。」
として表されています。


ちなみに、物語の中では、
神さまとの契約に忠実かどうかで、
寿命が決まるということです。

長生きするのは
契約を忠実に守ったから。

アブラハムは175歳まで生きた!?
が、書かれている年齢は
実年齢ではなく、
ヘブライ語の強調表現。
こんなにも長く生きた、という意味
だそうです。


また、例えば、「出エジプト記」

エジプトで
奴隷状態にあったイスラエル人を
モーセを通して
エジプトから救い出す物語。

神様は私たちの痛みを知り、
叫び声を聴いて下さる方。


見てくれていて、知ってくれていて、
遠くからではなく、降ってきて、
一緒に歩んでくれる方
ということを表しています。


ここで初めて、救いという
キーワードが現れます。


『”救い”というのは

誰かがではなく、 私が
いつかではなく、 今
どこかではなく、ここで

体感するもの。』




また、
神様の名、「私はある」
についての説明を
補足してくださいました。


「ある」とは、神様は、
能力限定の神ではない、
オールマイティ―の方、
カテゴリー化できない、という、
ことを示すうまい表現。

例えば、ガブリエル、ラファエル、
などの名前を付けると、
イメージが固定されてしまう。
それをうまく避けている。

(なるほど~♪)






救いは
苦しいときにこそ求めるもの。
豊島神父様によれば、
「”苦しい時の神頼み”は
万国共通の現象」です。


ミサや入門講座は
”救い”を
今、ここで、実感できる
貴重な場所のひとつだと
思います。


ぜひ、一度でもお越しください。
心からお待ちしております。




Luna

「入門講座」で admin page top↑
創世記1,2章について
2016 / 06 / 27 ( Mon ) 23:19:12
今更ながら、創世記1,2章に
について、思いめぐらしています。






創世記1章について、豊島神父様は
次のようなことをお話しくださいました。


「創造はもともと、
愛してるよ、という約束で始まっている。」

「カレー・アームストロングによると、
神さまは思い付きで
この世界を造ったわけではない。
この世界は欠陥品ではない。

熟慮に熟慮を重ねてつくった。
絶対不備はない。
何が起こっても絶対フォローできる。

だから、この世の中は安心。希望がある。

バビロン捕囚で
落ち込んでいた時代に
書かれたものだという学者もいる。」


「段落の最後の文章が良しとされた、で
みな統一されている。。

”良し”はヘブライ語では
(安堵の?)ため息、
という単語が使われている。

赤ちゃんを、よしよし、と言って
あやす言葉に近い。

つまり、あなたがいてくれて
嬉しいよ、
あなたの存在を
全面的に受け入れているよ、
あなたがいてくれることが
私の希望、
無駄なものは一つもない、
と言っている。

6日目に人間を造ったときには、
『それは極めて良かった』と言った。」





ところが、2章に入るとすぐに
ヘビの誘惑のお話が始まります・・・!


誘惑するものは、
神様の前で『裸であること』
を恥じさせ、コンプレックスを意識させ、
何かあると、まず、人のせい、
にさせてしまいます。
しかも、とても巧妙な手口で。


おまけに、ヘビは、人間の権力欲、
神に成り代わろうとする支配欲に
火をつけます・・・。







良しとされた、良しとされた、
良しとされた、と続き、
人間を造って、極めて良かった、
という創世記一章、
悪(誘惑)の本質に鋭く切り込む2章。


旧約聖書で啓示される神様が
こんなにも温かく、優しい神様
であることに、
それに対して、人間が
こんなにも脆く、
弱い存在であることに、
あらためて感じ入っています。


でも、『極めて良かった』と
私たち一人ひとりが
神様から言われている
のです。


(イエス様が洗礼を受けたときに
天から聞こえてきた声、
「これはわたしの愛する子。
わたしの心にかなう者」
が思い出されます。)

イスラエル人であったイエス様も
子どものときから、
何度も聞かされた
(マリア様から?)のかも知れません・・・!?



誘惑に負けずに、
『極めて良かった』
という信じがたい!!神様の言葉を
それでも感謝して信じ、
心に刻みたい・・・と思います。




Luna
「入門講座」で admin page top↑
聖パウロとマリア様
2016 / 06 / 26 ( Sun ) 23:24:35
6月29日は
聖ペトロ、聖パウロ使徒の
祭日なので、
本日、6月26日を
豊島神父様の霊名(聖パウロ)
のお祝い日として、
みんなで霊的花束を贈りました。


豊島神父様、
おめでとうございます!!
もちろん、お祈りしております。


前任の晴佐久神父様の霊名は
聖ペトロですから、同じお祝い日
ですね。


晴佐久神父様も
きっと、上野・浅草教会で心のこもった
お祝いをして頂いていることでしょう。

ご活躍を心から、お祈りいたします。








ところで、本日は
豊島神父様のご友人、
コンベンツアル・フランシスコ会の
山口神父様がいらして、
共同司式をしてくださいました。


知的で、とても落ち着いた、
でも、ユーモラスな、
素晴らしい方でした!
山口神父様のような、
まだ、お若い(豊島神父様と同じ年)
修道者はほんとうに
カトリック教会の宝。
希望だと思います。
がんばってくださいね~


これから、年に2回は
多摩教会に来て下さるとのこと、
とても楽しみです。



山口神父様は
入門講座も担当してくださいました


詳しいことはきっと
エリザベスさんあたりが
お書き下さると思いますが、
お説教でもおっしゃっていた
マリア様を通してキリストに
ということ。


その意味をよく
わからせていただき、
とても感謝しています。
ちょっと、目からウロコでした。


確かに、マリア様は、
人でもあられたイエス様のことを
生まれる前から死ぬまで、全部丸ごと
ご存じなんですものね!







山口神父様も力を込めて
おっしゃってましたが、
「あなたの母です。」
というのはイエス様の遺言。
十字架上で、弟子に与えた
この遺言を、よく噛みしめたいと
思います。




Luna
多摩教会で admin page top↑
神は必ず聞いてくださる
2016 / 06 / 21 ( Tue ) 11:11:52
2016年6月17日(金)
入門講座での
豊島神父のお話から






入門講座のテキストは
ペトロ・ネメシェギ著
『キリスト教入門』(南窓社)です。


創世記第1章は
“第1創造史”
第2章4節からは
”第2創造史“。
主語が、
『神は』から
『主なる神が』
に変わり、
書いた人、場所、時代が異なる。


人間について
"土の塵で人を形づくり“
とあるのは
人は実体のない
取るに足らない
弱いものという意味です。



「『息をするもの』

『生きるもの』。
人に、
最初の息を吹き入れたのが
神。


“息をひきとる”

死ぬこと。


息をするのは
生きる証拠。
神が
私を感じるしるしだよ

与えている
“生命(いのち)の息”。
死の直前の
苦しい息づかいも
新しい神様のもとに
産まれる
生みの苦しみ。


息をする限り
苦労をするもの。」



「創世記18章16節から
ソドムのためのとりなしを
何度も願う
アブラハムの姿があります。


頼み続ければ
神様は、聴いてくれる。
神は、応えてくださる。
頼むって大事です。
アブラハムは
全幅の信頼のもとで
神に
言っています。」





“神は、必ず聞いて下さる”
と信じて
いつも祈って日々を過ごしたい



Elizabeth♪
「入門講座」で admin page top↑
極めて良かった
2016 / 06 / 15 ( Wed ) 23:42:11
2016年6月10日(金)
入門講座での豊島神父のお話から






「神さまは
“静かな声”で、語りかけます。
これに対して
“大きな声”とは、自分の声。

『私がこうしたい』とか
『なんで私がこんな目に』とか。
だから
そういう私たちの声を静かにするために
祈りがあります。

“父と子と聖霊のみ名によって”
と祈るとき
神様の恩寵に入る。

自分の声は
一旦、置いておいて。
神様の声を聴くモードに入ります。
心をあなたの方に向けたいんだ、と。」





「明治時代、宣教師たちは、
キリストを伝えるために来ましたが
それは
“救い”を伝えに来た。
“いのちあるものは
幸せになるべきである“
ということを伝えに来た。」





「創世記は
第1章が特に重要です。
人をつくった第6日目に
『見よ、それは“極めて”良かった』
と言われます。

第1章28節で
『産めよ。 増えよ。
地に満ちて地を従わせよ。』と
韻を踏み強調しているのは
“人間よ、
この世界を楽しんでくれ!”
というニュアンス。

“どうか、この世界を謳歌してくれ!
あなたは一人ではない。
わたしが造ったものと
ともにいるから。“

“希望に向かっている。
滅びに向かうはずがない。
神を信じる人は
未来を信じることができる。
たとえ
苦しいこと、悲しいことがあっても
絶対に
“希望はここにある”。


創世記は、
この世界は
愛情を持って造られていて、
神は
愛を持って語りかけていることを
表しています。」






『聖書と典礼』はミサの前に
前もって読んでおき、
当日は朗読者の声を
聴くことに集中できるように
と、お話があり、もっと
ミサを深くあじわえるように
なれそうです♪




神に感謝!
Elizabeth♪

「入門講座」で admin page top↑
金曜日の入門講座
2016 / 06 / 10 ( Fri ) 10:57:51
豊島神父様の入門講座、
回を重ねるごとに、
神父様の魅力が開花して、
面白さ増幅中。


メインテーマは同じですが、
ちょっと間に挟むお話が
毎回違って・・・。
たとえ3回全部出ても、
飽きないかも・・・?


6月3日(金)午後の講座では、
出エジプト記3章14節、
モーセに名前を尋ねられた神様が
「わたしはある。
わたしはあるという者だ」と
答えられたことについて、
少し、触れて下さいました。





「この『ある』というのは、
存在し続けている。
どんな時も居続けているという意味。
ある時は居て、
ある時はいなくなる、
というものではない。
苦しいときの神頼みというのは、
全世界共通の現象だが、
神様は望むときに、
全幅の信頼をもって
向き合うことができるお方。」





神様はとことん真剣に向き合って
下さる方。
飽きることなく、うるさがることなく、
どんな愚痴にも
いつまでも、辛抱強く
付き合ってくださる方。
そんな方は神様以外いない!
とほんとに思います。



こんな、素晴らしい神様に出会える入門講座。
本日10日も午後1時半からと
午後7時からの2回、ありますよ~!


新しい方、まだ、教会に
一度も足を踏み入れたことのない方
大歓迎!!です。

是非、一度、いらしてください。
心から、お待ちしております。


Luna

「入門講座」で admin page top↑
悲嘆と頭痛
2016 / 06 / 09 ( Thu ) 01:48:03
2016年6月2日(木)上智大学での
グリーフケア公開講座は
脳神経外科医で頭痛外来の
清水医師のお話でした。


病院やデパート、ミサなど
密閉された人込みでは
空気がうすくて
頭が痛くなるので苦手でしたが
それが
“片頭痛“のひとつだと
初めて知りました。








“片頭痛“を起こす脳は
気圧の変化や空気の薄さ、ストレスを
敏感にとらえる脳で
脳過敏が起きやすい脳。
頭痛は、脳の興奮状態。


ここ5~6年、異常気象のために
“片頭痛”は増加している。
“片頭痛”は、
身体を動かすと痛みが強くなるのが特徴。
酸素がうすいと
血小板からセロトニンが放出され
三叉神経を刺激し
脳の血管が拡張して
“片頭痛”が起こる。
微糖の缶コーヒーを飲むと
糖分によって血管が収縮し
カフェインの利尿作用で
むくんだ脳の血管は収縮される。


一方、頭痛には“緊張型頭痛”もあり
血流悪化によるもので
身体を動かすと楽になるのが特徴。
対処方法が逆なので、注意が必要。
痛みのダメージが爆発すると
脳にダメージが蓄積し、
年を取ってから
めまいや耳鳴り、てんかんなどを
引き起こし
悲嘆の原因となることがある。


脳内に頭痛のエネルギーを
ためこまないことが大切。


季節の変わり目は
セロトニン分泌が不安定になり易く
また、思春期、更年期、
甲状腺亢進症や
帯状疱疹ウィルスによる痛みも
脳内の神経にダメージを与える。


子どもにも片頭痛は遺伝するので、
乗り物酔いやアレルギー
脳が興奮しがちで落ち着きがない、
よく下痢をする腹部型片頭痛などが
ある子供には配慮が必要。


市販の頭痛薬でごまかしては
頭痛を慢性化させてしまう
トリプタン製剤などによって
適切に脳の興奮を鎮めることで
脳の健康を保てれば、過敏な脳は、
かえって
才能あふれた頭脳明晰な大人になる
可能性が高いそうです。







頭痛が起こったときに
その原因を考えて対処することで
普段から、頭痛を起こさない
生活をする参考になりました^-^。





神に感謝!
Elizaabeth♪
未分類 admin page top↑
もう、泣かなくともよい
2016 / 06 / 08 ( Wed ) 13:37:57
2016年6月4日(土)御ミサでの
豊島主任司祭のお話から





「今日は“年間第10主日”。
“年間”は、英語では
“Ordinary  Sunday”
“日常の日曜日”。
“日常”とは
神様、おめでとうと祝う日。
福音書が
私たちの“日常”に
反映されているか?
を問うときです。」





「神の国とは何なのか?
といえば、
“もう、泣かなくてもいい”
場所。

今日の福音書は
ルカによる福音7章。
神様が、
ナインのやもめの息子を
生き返らせた
という字面だけでなく、
もう一歩先を
福音書から読み取りたい。

絶望の中にいる人に
悲しむ人に、
イエスは
“希望がある“と
必要な安心を、与えて下さる。


私たちには
どんなときでも
寄り添って下さる
神がいる。」





「先週の初聖体で
”一万回、聖体拝領をめざしましょう“
と、乾杯のあいさつを
いたしました。


主の食卓に与るのは
地上の道のりだけではない。
天の神のもとでも
主の食卓に
あずかります。」





「“今”を超える希望を持って
ご聖体を通して
大いなる希望を
垣間見ましょう。


私たちは
ご聖体をいただくことで
“もう、泣かなくていい”
という

神様のことばを
聴くのです。」





“ご聖体は、
みことばによって味付けされる“
という通り
この日の御ミサでの
ご聖体は
“もう、泣かなくてもよい”
と言ってくださる
主の現存を
味わうひとときとなりました。



神に感謝!
Elizabeth♪
御ミサで admin page top↑
今年もやるよっ♪
2016 / 06 / 06 ( Mon ) 22:46:27
お待たせしました!
今年もやりますっ!


7/3!!

日曜!!

16:00!!

多摩教会にて!!



来てねっ



で?何を?!
のツッコミ待っておりました!!!



ここナツを!!!

やりますっ


心の病で苦しむ人のための夏祭り!!!

ここナツ!!!!!!第3回!!!!!!


16:00~のミサをご一緒に

その後、ここナツ音楽隊と
ここナツキッチン隊とが
みなさまの心へ届け?!
なお祭りを
一緒に楽しもうとささやかではありますが、
心を込めて準備し


みんなでともに過ごそうという
夏祭りです





人の集まるところは苦手で
とじこもっている方
ゆる~っとしてますので
ゆる~っとそこにいていいんだよ
なお祭りをご一緒に


来てみると
こころのなつかしさをみつけられる
そんな時を準備出来るよう


二度目三度目のかたは
そんなここナツ
(心の懐かしさに「ただいまっ」な夏祭り)
になってもらえると嬉しいです。


今年ならではのスペシャルを
沢山考えておりますっ



今年もまた多摩教会ならではの
今年ならではの
スペシャルが生まれそう?な予感?!





あの聖劇ミュージカル
「みんなの家」でおなじみの
多摩教会おかかえ音楽隊からも
そして
多摩教会といったら?!な
魂のシンガーソングライターも
この日のために
新曲をつくってくれております





みんながみんなのできることを考え
やるんなら本気でやろうぜっ
オジさん&オバさん
(基、お兄さん&お姉さん)が
心がゆるっとできるよう
情熱を傾けて企て中


この日曜の夕方も
ハワイアンかな~?とか
ピアソラ~ とか
盛り上がりました
さてさて何が出てくるかは
わかりませんが



疲れてしまった方!
肩からすべて降ろしに
お聖堂に座りに来てくださいっ


勿論!
ごミサだけでもだいじょうぶっ


でもねっ
ミサだけと言わず
焼き鳥一本食べて行ってねっ
ゆるっと座っている
燃える魂の多摩人と一緒に
ゆるっとホッとして
は~っと深いため息はきに
来てくださいっ
ため息男子もおりますっ


ただの夏祭りじゃ~ありませんっ

『心の病で苦しむ人のための』

ココが大事っ


なんにもできない
わたしたちですが
ひとりで悩んでいないで
ここに帰っておいで

みんなが心に
小さな光
小さな灯火
小さなキラキラを持って
福音あるよ~と
お待ちしております


こんな天国
この世の中にもあったんだ~と
1ミリでも
思っていただけたならっ



2016年7月3日16:00!!
今日は多摩のここナツ!と
お出かけくださいっ


近くの疲れちゃった人に
こんなのあるよと
教えてあげてくださいっ


待ってま~す


さてチラシつくんなきゃっ




◯子
多摩教会で admin page top↑
神さまが、あなたを好きだよ
2016 / 06 / 06 ( Mon ) 00:18:33
6月3日には、
新しい方をお二人お迎えして、
金曜夜の
入門講座はスタートしました!!
ぜひぜひまたいらしてくださいね


この日はこんなふうでした。


「主の祈りは、マタイによる福音書にあって、
こう祈りなさいって直伝なので、
神さまから教えられた祈りだから、
主の祈りって言います。


主の祈りはミサで歌、歌いますよね。
高田三郎さんが、
死ぬ直前に作った最期の歌が
主の祈りの歌だったんですよ。


急に転調しているところが
ここが大事、ってとこなんですけど、
『わたしたちも人をゆるします』
を強調してるんです。


高田三郎さんは、すっごい
メジャーな方で、
国立音大の有名な先生。
『わたしたちも人をゆるします』って、
できないけれども、大事って、
そう思ったんじゃない?


主の祈りは、
神さま、こうなったらいいな、
くらいの気持ちで祈ると
いいんじゃないかって思います。
そうすると、
呪文じゃなくて、祈りになる。


祈ることで、
神さまのモードに入れてもらえる。


ゆるキャラブームって、
過ぎ去りましたかね?
ゆるキャラって丸いですよね。
ゆるキャラがウケたひとつは、
丸っこくて、
包み込んでくれそうで、
でも腕は短い。


ふっと包み込まれてるところに
モードが変わる。
父と子と聖霊の御名によって、
って言った時に、
神さまが、あなたを好きだよって
モードになって行くんじゃないかと。



神さまは、なんで
信仰の対象になっているのか。
神さまを知ろうと思った時に
何で教えたらいいでしょうか。


神さまはどういう方か。
テキストは聖書。
私たちは、
聖書を知るためじゃなくて、
これを通して
神様を知るために、
聖書を読む。


聖書というものを読む時に
本だと思って
がっつり読まないほうがいいんです。
サラサラって読んで、
このフレーズいいかな、
っていうのがあったら
心にとめればいい。


神さまってどんな方?って
疑問の答えは聖書。


神さまが全部導いてくれてる。
本なので、研究しちゃったら、
神さまの愛が伝わってこない。


聖=神様、きよい、
って意味です。
だから聖書は神様の書、
完全な書って意味です。
旧約、新約って、書く。
旧訳、新訳、じゃない。
神さまとの約束なんです。


創世記に『良しとされた』って
出てきますけど、
良い子良い子、では、ない。


あなたがいてくれてうれしい。
あなたにいてほしい。
あなたがいてくれれば満足だって、
意味です。」







もしかすると本題は、
現在カトリックで公式に使いましょう
ってなってるのは
日本聖書協会が出している
新共同訳、か、
フランシスコ会訳、


それ以外に読み物として
持っていてもいいのは
新改訳(これはカトリックでは
正式には使わないけど
一番ギリシア語に忠実に訳している)


ってお話がメインだったのかも知れませんが
(最後に豊島神父様はそう結ばれたので)


でも、かかりんはそこじゃないところが
すごく心に残ったので、
そっちをメインに書きました。


豊島神父様のお話は
「へええ!!そうだったんだ!!
知らなかった!!」という
知識もすごく豊富で
勉強になるんですけど、


毎回
「何もできなくていいんだよ、
そのままのあなたで
神様は愛してるんだよ」って
福音が繰り返し語られて
じわじわと涙が出そうになります。


実はこの日、かかりんはぎっくり腰で
(そういえば上半身は動かさず、
すり足で歩いて
動きが変だったので職場で
「ゆるキャラみたい」って
言われました・・・)
長時間座っていられなくて
お話が終わったらケーキだけ出して
すぐに失礼してしまったのですが、
参加できて良かったなあ、と思う
感動の講座でありました。


毎週、あたたかな福音が、
おいしいお茶と、ケーキと、
皆の笑顔と一緒に
あなたのお越しをお待ちしています。





かかりん
「入門講座」で admin page top↑
今年も出たよ♪
2016 / 06 / 04 ( Sat ) 16:37:14
むかーしむかし
もう四半世紀以上前のお話ですが、






わが家では母がいない日曜日など
父と二人だと
ドライブいくか?と
道志渓谷経由の山中湖で
お気に入りのステーキ屋さんにいき、
わたしはオレンジソースの
ポークステーキ
帰りにカゴ入りぶどう か ほうとう を
お土産に帰るという
おきまりコースがありました。


兄が彼女にふられた?ふった?時も
パパはドライブいくか?
と二人でステーキ屋さんし
あれ?なんでカゴ入りのぶどう?
あれ?二人でいってきたの?
ええ~っ?
なんてこともありました。


その道志渓谷を夏場に通ると
青い看板に「今年も出たよ♪」と
カブト虫の絵入りの看板
これがでると夏を感じていました。





いや
全然関係のない前振りで
恐縮ですが…


今年も出た♪んです♪♪
去年の夏あたりに
ブログにのっけた
ユリ?!


b-ゆり



11輪も咲いたあのユリ
覚えてる方はいらっしゃいますか?
今年はにゃんと!
同じところから二本!!


かみさまの二本仕立て
いくつお花がつくことでせう?!


天からの計らいのスゴさには
信じてのっかる以外に
どうしようがあるんでせうねー


夏には百合の写真お見せできるかなー?


携帯をやめた
時代の最先端をゆく◯子ですので
手軽に画像におさめられなくなりまして!
早、半年
お絵描きでもいたしましょうか?





携帯無し生活♪いいですよ~
心にのこし
生でつながりたいもんです
教会で♪会いましょう
ごミサで♪会いましょう



◯子
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神の国は私たちの内に
2016 / 06 / 03 ( Fri ) 17:20:21
イエズス会黙想の家での
2回目のヴィパッサナー瞑想の
黙想会に行きました。





今、この瞬間にある身体に
意識をもどすこと、
現実とは何かを悟っていくことは
イエス様の教えを
生きることになる。


イエス様は
“空の鳥を見よ”“野の花を見よ”
と、今、現在を生きている
姿を見よと言われ、
“おさなごのようになりなさい”
と、今、ここを現実に素直に
生きるよう言われました。


意識的に、意図的に、しっかりと
心を、今、ここにとどめる修行が
ヴィパッサナー瞑想。


ネガティブな考えや感情と
ひとつになってしまい
いくら周りが励まそうとしても
ゆがんでしか解釈できなくなり
きめつけや思い込みと、自分を
一つにしがちですが、
怒りがありつつも、
怒りに巻き込まれず、
怒りのなかに自分を見失わず
落ち着いた心で
対処できるようになってきます。
4月の1回目から1か月
随分、助けられました。
“怒りなどキリスト者として
ふさわしくない“と
怒りを抑えるのでなく、
事実として認めていくことで、
真に、離脱することができる。


感覚、感情、思考と一つにならず
巻き込まれず、価値判断しないで
ただ、あるがままに、気づく。


ネガティブも、ポジティブも
ただ、
そういう心の状態に気づくことは
“存在の無条件の受容”。
マタイ5章の山上の説教で
“敵を愛しなさい“
“父は、悪人にも善人にも太陽を昇らせ…
雨をふらせてくださる…“
と語られたアガペーの営み。


神の霊の恵みの働きがあるから
私たちは、気づくことができる。
私たちの心は
聖霊の働き(エネルゲイア)によって
神に似たものに、変えられていく。


“自分が聖霊の神殿だと知らないのですか”
(第1コリント6:19)
“父とわたしとは
あなたがたの所に行って一緒に住む“
(ヨハネ14章23節)







黙想会の最後にミサで、柳田神父は
『夢見たものは、ひとつの幸福
ねがったものは、ひとつの愛…』
という立原道造の詩を引用され
そういう幸福、“神の国”は
私たちの内にあることに
気づきましょう、とお話されました。




神に感謝!
Elizabeth♪

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誰にでも回復する力が
2016 / 06 / 02 ( Thu ) 23:29:52
2016年5月から10回連続の
上智大学グリーフケア研究所の
公開講座“悲嘆について学ぶ”
に行ってます。


< 第二回目、精神科医 香山リカさんのお話より
>





今、日本では
早期介入こそ必要と思われがちだが
米国では、15年位前
9・11同時多発テロの頃から
初期の心のケアで、かえって
心の傷が深くなる場合がある
と研究報告がされています。


今は
“自然の回復をそっと見守る“
方がいいと言われていて、
災害後1か月程度の
急性ストレス障害などは
正常な反応で
ほとんどは自然に治るそうです。


心のケアとして
思い出させることで
かえって
二次的に傷つくこともあり、
初期にやっていいことは
寄り添うことぐらい。
自分から話し始めても
10分以上経ったら
現実に戻して、
休ませてあげる方がいいそうです。
かさぶたは、そのままに。


心理の専門家は、
何かしようとしがちで、
専門性を抑えて
自分で回復するのを見守ることは
かえって難しいそうです。


心の病に対しても
精神科医は
ネガティブに症状ばかりに
注目して診断しがちですが、
その人のできること
性格・才能・関心などの
ストレングス(強み)に注目して
心の病を持ちながらも
地域で生活するACTという活動が
効果をあげているそうです。
『べてるの家』を中心とした
北海道浦河町での
幻覚妄想大会の様子や
精神科の入院患者はゼロの
イタリアを舞台にした
映画『人生、ここにあり!』や
悲しみを糧にして精神的成長をする
PTG(心的外傷後成長)の実例として
思いもかけなかった方向に
人格が深い成長をした
東日本大震災での若者の実例が
紹介されました。





人生で、別れは避けることができないけれど
心の病、心の傷、
苦しみ・悲しみから
回復する力は本人のなかにある
と、励まされました。



Elizabeth♪
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入信の秘跡と四旬節の典礼
2016 / 06 / 02 ( Thu ) 23:20:11
オリエンス典礼セミナー第5回は
フランシスコ会の
小さき兄弟会の
南雲神父のお話でした。





四旬節は、古来、
自らを新しくするために
断食、善行、祈り
を守る呼びかけから始まったそうです。


“ミサでは、
ミサにあずかれない
兄弟姉妹のことを想うことが大切です。
ミサに与れない兄弟姉妹の方が
より、ミサに出たいという
気持ちが強い。“
という言葉に、
さまざまな友の顔が浮かびました。


四旬節の第2主日で
『主のご変容』が読まれるのは、
イエスの受難と死に
耐えられるように
弟子たちを励ますためのもの。


四旬節第3主日の
テーマは、『水』。
サマリアの女に
イエスは語りかけます。
『わたしが与える水を飲むものは
決して渇かない。
わたしが与える水は
その人の内で泉となり、
永遠の命に至る水がわき出る。』
(ヨハネ4:14)


四旬節第3主日のテーマは
『光』。
ヨハネによる福音書9章の
生れながらの盲人の青年のように
私たちも
『光』がなければ、生きる術がない。
『光』は、イエスご自身。


四旬節第4主日のテーマは
『命』
イエスご自身が、そのシンボル。
イエスの『言葉』によって
生きるものとされたラザロ。
イエスの『言葉』によって
包帯にまかれたまま出てくる様子は、
アダムが、神に『息』を吹き込まれて
生きるものとなったことに
つながる。
私たちは、
イエスご自身を受け入れて
永遠の命を生きるものと
されていく。





セミナーの最後に『どうやったら
そのように霊的に聖書を読むことが
できるようになりますか?』
と、質問したところ、
“主日の聖書朗読は、耳をそばだてて
キリストの現存を想いながら
聴くことが大切。
聖なる書物は、
姿勢を正し、祈りながら読むことです。“
と、教えられました。



札幌からセミナーに来ている方が
『ブログ読んでます。』
と声をかけてくださり、
とても励まされました。



神に感謝!
Elizabeth♪
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かみさまありがとう♪
2016 / 06 / 02 ( Thu ) 00:10:40
お初の平日午後クラス
主婦の方々にやさしい
遠方からの方にもやさしい
いや!誰にでもやさしい入門講座が新設され
お初の開講となりました



なんと多摩教会の金曜日は
午後と夜の一日二回も入門講座があり!
なんとなんと朝には聖書講座も!!
でも…神父さま…
一日三回も…いんですか?
といいながらもそうなっちゃった


第一金曜日の初金の時は
聖書講座はなく
ハツキンごミサ+ハツキン家族の会
になるのですが…
ゴゴキンも!ヨルキンもある!


始めたばかりなので
今後微調整はあるかと思います
がそんな新体制の多摩教会
聖霊さんがゴォゴォと
吹きまくっております





豊島神父さんには
朝から晩まで申し訳ないながら、
僕の集中力は45分だからっ
ひとがかわればだいじょうぶっ
と一日三講座の講座三昧な
多摩教会の金曜日であります。
神父さまにはやさしくない?
多摩の金曜日?!


あ!でも金曜日って言えば
イエスさまがみんなのために
犠牲をはらってくださった大切な日だし…
イエスさまを感じるにうってつけ
いいのかな~
と甘えちゃうわけです。


福音を知らぬひとに伝えられるよう
今これを読んでくださる方が
ホッとして。わたしもお茶のみにいこっかなっ
て一歩お外に向かう
そんなキッカケの金曜日になればいいなぁと


神父さん
ちゃんとお休みとってくださいね
と言いながら…
甘えちゃうわけです


だって一日中福音語られてるって
スゴイですよねぇー





ちょびっとお初のゴゴキンをお福わけ


お初なのに
なんだかあったことがあるように感じる
だれもがお初で
あたり前の入門講座ならではの
感覚でしょうか?


まずはやっぱり
父と子と聖霊と
の十字を切るお祈り
このお話は何時きいても
何度きいても新たにされます。


中学生の時の
大昔の教室を思い出しつつ…
きいて…
多摩教会で目にした
初めて十字をきる
沢山の方の十字を思い出し…
も一度今の自分で新たに十字を切る
いただいた安心で
バリアができちゃうような


期待していた「とんでらハウス」は
見ませんでしたが
多摩教会がかみさまに
イエスさまに会いに行っちゃう
とんでらハウスになるわけです


豊島神父さん
多摩教会のお聖堂を初めてみたとき
とんでらハウスみたいだなと思った
とおっしゃってましたっけ?


いつかみんなでほのぼのと
とんでらハウスしたいなと
画策中です
とんでら待ちのほど乞うご期待






講座中
時折、自分が幼稚園児になったような
なんにも知らなくてもだいじょぶ
な安心感が伝わってきて


これって神父さんの信仰?
って空気で感じる
まさに神様の息吹を感じられる
午後のほのぼの空気とあいまって
楽しい時をみんなで持てた感謝に
みたされました。

あ!これって聖霊・


このセリフ多摩教会にきたばかりの時にも
講座で出会う友とタマタマ話をしつつ
連発していましたが
ゴゴキンのあたたかな包まれ感
久々に感じるこれって聖霊?感でした。


『ふふふん♪って思ってもらえれば…』
『教会に来たからには楽にね
『頑張らないでください』
と神父さまが言われると
入門講座だぁ!と
お勉強姿勢のみなさんが
えんぴつを置き、ホッとする



父と子と聖霊の祈りについて
豊島神父さんが
晴佐久神父さんに昔教えてもらった
忘れられない父と子と聖霊のイメージを
必須アイテムホワイトボードに書いて
おしえてくださり


「入門係の人は
晴佐久神父さんから
たたきこまれているでしょうが…」の
前置き言葉に
首をかしげる係…
頭をひねっても…
思い浮かぶ晴佐久ブシは
「名著『十字を切る』を読んでねぇ~
も一度名著をめくろうとの思い新たに
ダブル神父さんによって整理されてく
この素敵なイメージ


なんとも質のいい時間だったなーと
一週間次のゴゴキンを
楽しみにしております


ボワッと聖霊とか
かみさまとか父と子とか
あとマリアさまもボワッと
得られたような?
そして確実に
安心に包まれる感覚をもらえる
ゴゴキンでした





すみません◯子は感覚人間だもので
みなさまに内容を伝えるにあたわず
きっとヨルキンの方が
詳しくかかれるであろうとお任せし


受け止めるポイントは人それぞれ
是非、その耳で、その心で直接感じに
福音を体感しにいらしてください



どうぞ
どなたでもどうぞな多摩教会へ
どなたでもどうぞな聖書講座へ
どなたでもどうぞな入門講座へ
がんばらずに
かみさまのやさしさに包まれにいらしてください
いいなぁこの空気♪と思ったら
これを知らぬ方をまた一人
どうぞお連れください


『息をしている=かみさまから力をもらっている。
そう思うと思わないでは違う。
なにかあった時
深ーく息をすればいんじゃない?』



今週金曜も多摩教会へ!
いらしてねっ*\(^o^)/*
今週は初金*\(^o^)/*
はつきんミサから始まる
みこころの月の金曜日*\(^o^)/*
お待ちしております




◯子
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イエスの心意気
2016 / 06 / 01 ( Wed ) 13:04:30
2016年5月28日(土)御ミサでの
豊島主任司祭のお話から






「キリストのご聖体は
日本以外の国では
聖霊降臨の2週間後の
木曜日です。
最後の晩餐が
木曜日に行われたから。

愛する弟子たちが去ることを
予想しながらも
さあ、食べよ、と言ってくださった
イエスの心意気を受けながら
ご聖体を、いただきたい。」



「神様の愛って
バリアフリー。
ご聖体自体もバリアフリー。
ただ、食べればいい。

ご聖体は
すべての人の力となるために
存在する。」



「ご聖体の味は
御言葉で味付けされる。

“信仰の神秘”に入りながら
ご聖体をいただく時、
ミサで朗読される御言葉が、
心にしみるならば
心にしみる味になり、
喜びを感じるならば
喜びに近い味になり、
グサッとくるものならば
いましめの味になる。
御言葉が響かないときは
響かない味に。


私たちの心から染み出る
神様への思いの味が
私たちののどを通り
私たちのど真ん中に入る。


ど真ん中に入ったご聖体は
決して消え去ることなく
ずっとずっと
居続けて下さる。」



「天国に行くときの
最後の糧が
教会にはあります。

最後に頂いたご聖体が
天国に行くときの
ちからとなります。」





かみくだかれても
あなたと一緒にいたい。
あなたの力になりたい。
という
主イエスの心意気を思うと
ただ、もう
胸がしめつけられます。



神に感謝!
Elizabeth♪
多摩教会で admin page top↑
2016年・新受洗者お祝い会
2016 / 06 / 01 ( Wed ) 13:02:45
5月28日(土)の夕ミサのあと、
新受洗者有志による新企画・
2016年の新受洗者のお祝い会
兼 新主任司祭との交流会
 兼 同期会、が
信徒館で行われました。


通常だと洗礼式後の最初の入門講座で
入門係が準備して
お祝いをしていたのですが、
今年は主任司祭の異動があったために
講座のスタートが
例年より遅かったので
このような形で行われました。





かかりんは米粉ケーキと
さんまの煮物を持参して
お手伝いにうかがいました。
テーブルの上には受洗者有志の
手作りによるごちそうの山!!


すばらしい出席率で、
中には飛行機でかけつけてくれた
メンバーも!!
ひとりひとりが挨拶をして、
豊島神父様のスピーチもあり、
大盛り上がりで会は終了しました。





狙っていたIさん手作りシュークリームが
売り切れだったので、
食いしん坊かかりんが
「Iさんのシュークリームは
食べたかったなあ。」とぼやくと、
なんと豊島神父様が
「私のお皿に乗ってるの、
手をつけてないから食べていいよ。
私アレルギーで食べられないから。」
とおっしゃったので


・・・正直に言います。
神父様は、小麦アレルギーだけど
少しなら大丈夫なのを
かかりんは知っていました。
でもシュークリームの誘惑には抗えず・・。
神父様のやさしい言葉に
思いっきり甘えてしまい、
「わあい!!いただきまーす。」と
ぺろりとおいし
くいただいてしまいました。
ごめんなさい。


というわけで、悪事を働きましたが
最後まで残って
片づけをしたのでどうぞお許しを。






話がそれましたが、
洗礼同期って、特別な存在です。
クラスメイトに近いのかな、
かかりんも同期のメンバーには
特別な思い入れがあります。


2016年組のみなさん、
洗礼、おめでとうございます。
カトリック多摩教会は、
皆さんを大歓迎いたします。


あいさつの時、
洗礼を受けても
特に変わったことは感じないという方も、
洗礼受けてわかるようになったことがある
とおっしゃった方もいろいろでしたが
絶対!!間違いなく!!
皆さんの人生の中で一番記念すべき
すばらしい出来事なんです!!


晴佐久神父様は「結婚式より大事」
ってよくおっしゃってましたよ。
そして、受洗がなければ
出逢えなかった人々と、場所が
あそこにあったのです。


そして、今年はすばらしい
ごちそうの会を企画実行できる、
すばらしいメンバーがそろってます。
これからも同期のつながりを大事にして
教会生活をエンジョイしてくださいね。




かかりん
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