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創世記1,2章について
2016 / 06 / 27 ( Mon ) 23:19:12
今更ながら、創世記1,2章に
について、思いめぐらしています。






創世記1章について、豊島神父様は
次のようなことをお話しくださいました。


「創造はもともと、
愛してるよ、という約束で始まっている。」

「カレー・アームストロングによると、
神さまは思い付きで
この世界を造ったわけではない。
この世界は欠陥品ではない。

熟慮に熟慮を重ねてつくった。
絶対不備はない。
何が起こっても絶対フォローできる。

だから、この世の中は安心。希望がある。

バビロン捕囚で
落ち込んでいた時代に
書かれたものだという学者もいる。」


「段落の最後の文章が良しとされた、で
みな統一されている。。

”良し”はヘブライ語では
(安堵の?)ため息、
という単語が使われている。

赤ちゃんを、よしよし、と言って
あやす言葉に近い。

つまり、あなたがいてくれて
嬉しいよ、
あなたの存在を
全面的に受け入れているよ、
あなたがいてくれることが
私の希望、
無駄なものは一つもない、
と言っている。

6日目に人間を造ったときには、
『それは極めて良かった』と言った。」





ところが、2章に入るとすぐに
ヘビの誘惑のお話が始まります・・・!


誘惑するものは、
神様の前で『裸であること』
を恥じさせ、コンプレックスを意識させ、
何かあると、まず、人のせい、
にさせてしまいます。
しかも、とても巧妙な手口で。


おまけに、ヘビは、人間の権力欲、
神に成り代わろうとする支配欲に
火をつけます・・・。







良しとされた、良しとされた、
良しとされた、と続き、
人間を造って、極めて良かった、
という創世記一章、
悪(誘惑)の本質に鋭く切り込む2章。


旧約聖書で啓示される神様が
こんなにも温かく、優しい神様
であることに、
それに対して、人間が
こんなにも脆く、
弱い存在であることに、
あらためて感じ入っています。


でも、『極めて良かった』と
私たち一人ひとりが
神様から言われている
のです。


(イエス様が洗礼を受けたときに
天から聞こえてきた声、
「これはわたしの愛する子。
わたしの心にかなう者」
が思い出されます。)

イスラエル人であったイエス様も
子どものときから、
何度も聞かされた
(マリア様から?)のかも知れません・・・!?



誘惑に負けずに、
『極めて良かった』
という信じがたい!!神様の言葉を
それでも感謝して信じ、
心に刻みたい・・・と思います。




Luna
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