秋は おむすび! 
2016 / 08 / 31 ( Wed ) 23:20:59
一年前に洗礼を授かった 
ひよこ組
 





晴佐久神父様は…

皆を呼び集めて、
熱気球
に乗せてくださり


みんな見てごらん~!
この世界は
神様の愛で満ちているし 

聖霊の息吹は
ひとりひとりの上に
降り注いでいるんだよ~


素敵な経験を
させていただいた感じ…。






豊島神父様は…

熱気球体験の後、
それぞれの場所に戻った
私たちに


私たちの日常は
平凡なことの連続だけれど‥、
よく見てみると
それぞれの足元に
小さな芽が息づいていて、

どの芽も、
神様が下さった
その人の花、実、木に?
天の国に向かって
葉を広げていくのですよ…


ささやかだけれど
大切なこと… 
毎日の水やりや育て方を、
笑顔で
教えて下さっている感じ…。


さりげなく、でもとても
心に残るお話をしてくださる
豊島神父様のお話…








9月3日(土)は、
入門講座交流会
「おむすびパラダイス」
があります。


はじめましての方も、
久しぶりの方も
神様の家 教会が 
心をこめてギュッとにぎった 
「おむすび」


初秋の空の下、
遠足気分で
ご一緒に
ほおばりませんか?



お口と心の中でほぐれる 
我が家
の味を楽しみに…。




コスモス
「入門講座」で admin page top↑
パパさまより
2016 / 08 / 27 ( Sat ) 21:05:06





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ハイヒールのかかと
2016 / 08 / 26 ( Fri ) 17:30:18
この世の幸せに
どっぷりつかっているときは
神様を必要としない、のが
ふつう・・・。


神を求め、
神に出会わせていただけるのは
苦しんでいるとき。


だから、苦しいときは
恵みのとき。


たとえ、その最中はわからなくても、
後になって、それが大きな恵みであった
ことがわかる、と
自分のことに関しては、
そう言える。


・・・でも、


苦しんでいる他者に、
『それは恵みよ!』
ということは、
『倒れている人を(だっけかな?)、
さらに、
ハイヒールのかかとで
踏みつけるようなもの。』


8月21日、日曜日のミサ説教で
豊島神父様がおっしゃって・・・、


かかとの高いハイヒールなんて、
もう、決して
履くことはないだろうけど


気をつけなければいけないな、
と思ったことでした。




Luna
御ミサで admin page top↑
祈りの導きに
2016 / 08 / 25 ( Thu ) 22:31:18
『祈りのはこぶね』(ドン・ボスコ社)
イエズス会の英神父による
この本は
この夏の、
祈りの導きと
なりました。


『カトリック生活』の連載を
まとめたうすい本なので
持ち運びしやすく、
短く簡潔で
わかりやすいので
電車の中で
何度も読み返しています。


かなり厳しいことを
グサグサと
指摘されますが、
とても具体的で
実践的で
祈れるようになる
ヒントが満載です!


そして、やっぱり
あったか~い福音に
満ちているので、
日々の祈りのなかで
希望を
感じさせてもらえます。


読むと
なんだか明るくなれる
不思議な本です。





希望の無いところにも
希望を持って
生きることができるのが
キリスト者。
私たちの、望みは
決して失望に終わらない!


『神が
私を愛してくれているので、
希望は
決してむなしくならない。』
(ロマ書5章5節)


『どうか、御父が、
その豊かな栄光に従い、
その霊により、力をもって
あなたがたの内なる人を強めて、
信仰によって
あなたがたの心のうちに
キリストを住まわせ
あなたがたを
愛に根ざし
愛にしっかりと立つ者と
してくださるように。』
(エフェソ3:16-17)





神に感謝!
Elizabeth♪

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心の平和と自由をはぐくむ
2016 / 08 / 24 ( Wed ) 11:00:36
石神井のイエズス会黙想の家の
ヴィパッサナー瞑想による
黙想会から…





まず、自分が
呼吸するときの
心に自由と平和をはぐくまないと、
他の人を
受け止められない。
自分の存在
そのものによって支える。
“私と出会ったから、もう大丈夫”
と、言えるように。


鼻の入口の感覚、
腹の感覚一つ一つに気づく。
右手、右足、と、
一つ一つの体の感覚に気づく。
手の動きに集中したとき、
いろいろな思い、考えが
晴れあがり、
心の中が澄みわたるような
感覚に出会いました。


怒りも寂しさも悲しみも、
大空の雲のようなもの。
その雲の中に入り込んで、
巻き込まれるのでなく、
その雲からぬけだして、
ただ気づく。
その雲を見つめていると、
それらは、やがて過ぎ去っていく。


「生きる」とは、「ここ」が対象。
「生きる」とは、
誰かと、出会っていくこと。
何かと、出会うこと。
身体の五感を通して
出会うこと。


それまで誰かと話をしていたのに、
急に、
”自分は誰からも相手にされない“
と、考えた瞬間、
心と体がキューっと締め付けられて
その考えに
『自分』が、つかまってしまうのは。
無意識のうちに、
現実を、
色眼鏡のフィルターで見てしまうから。


そんな心をときほぐし、
心を、
より深い自由にもどしていく。
今、ここにある
からだの感覚に
意識を戻していくことで。


椅子に足をぶつけて
『痛い!』と言ったとき、
その痛みの感覚に飲み込まれて、
痛みと自分が
心理的にひとつになって、
パニックになることがある。


『痛い』というのはどういうことか
気づく修行をしていると
痛みにも巻き込まれない。







今、ここに、意識を戻すのは、
現実に、目覚め続けること。
現実の中に働く“神”に出会うこと。
 深く、静かに、『生きる』を味わい、
キリストが示された
神の無償の愛(アガペー)に
近づけるように
少しずつ黙想の修行を
積んでいます




神に感謝!
Elizabeth♪

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“死者は確かに存在する”
2016 / 08 / 23 ( Tue ) 23:25:29
2016年6月18日(土)
聖心女子大学の
東日本大震災のチャリティー講演会で
若松英輔さんによる『悲しみの神学』
日本の近代キリスト教感情史
と題したお話を聴いてきました。





内村鑑三、岩下壮一、吉満義彦
遠藤周作などについて
語られました。


内村鑑三は、
『自分は、
亡き愛する人々に支えられて
生きている』と、講演録でも
はっきり語っていた。


「カトリックにとって、
死者は、とても大事な同伴者。
それなのに、カトリックは
臨在する死者を
語ることが少なくなった、


なぜ、東日本大震災の
何万もの遺族に対して
『死者は確かに存在する』と、
カトリックは語らなかったのか?
『祈っています』では、
足りない。
部屋で祈っていればいい
という時代は、終わった。
もっと、新渡戸稲造や内村鑑三の
声を聴かなければいけない。」
と、若松さんは訴えられました。


内村鑑三は、
妻、娘、師匠が
帰天していくなかで
自分を支える力が
大きくなることを
自覚していった。


「人間は、
確かなことを言おうとして
口をつぐむ。
愚かだと思われたくないから。
けれど、
黙っていることが、
最も愚か。」


「語りえるものは、不確かなもの。
語られる言葉を聴きながら
語られざるものが
呼び起こされる。」


「吉満義彦は
『天使』を相当考えた人。
“死者”とは天使的存在。
天使は、
われわれの間にある。
人間に
すべてが目に見えると思うのは過ち。


天使の存在なくしては
マリアに
神の言葉を伝えられない。


“祈り”とは
神の言葉を聴くこと。
その時、
神が遣わすのは“天使”。


“天使”と言う言葉が
こんなに軽んじられた時代はない。」





“十字架復活”を信じるキリスト者
として
復活について
語る使命を思わされました。





神に感謝!
Elizabeth♪
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“私の十字架”を担う
2016 / 08 / 23 ( Tue ) 09:16:59
2016年8月20日(土)御ミサでの
豊島治神父のお話から





「今日の福音にある
『狭い戸口』とは
どれくらいのものなのか?
といえば、
“私の身体で入っていける狭さかしら?”
ということではなくて、
“イエスのみ言葉を聴く”
かどうか、ということ。


“救いとは、どういうことか?”
といえば、
”イエスの言葉を受け入れたか?“
ということです。


“イエスの言葉を受け入れること”

“まことのいのちに入る門”
であり
“まことのいのちに行く道”
です。」


「今日、洗礼を受けたいという方に
お会いしましたが、
“いい人になりたい”
というのが
その動機でした。

私たちには、もう
分かっているはずです。
私たちは、すでに
神様から
“いい存在”と、認められています。
だから
これ以上、人から
“いい人”という付加価値を
付けてもらう必要は
ない。」


「今日の福音書は
イエス様が
ガリラヤから
エルサレムへむかう途中です。
それは、イエス様が
これから十字架にかかるぞ
という、意志の表れです。


8月に入ってからずっと、
十字架の話をしていますが
イエス様が
ずっと言っておられるのは
“あなたの十字架を、担いなさい”
ということ。


“これは、
あなたの十字架だ“
と、他の人が言うのは、違うんです。


“これは、私の十字架だ”
と、自分で発見し
担おうとしたときに
神様は
それを担う力を注いで下さいます。
導き、手を貸し、
救って下さいます。」


「十字架っていうのは
自分が
その十字架に向き合い
それを担うことを決意して
生きていく
その一歩一歩の足の踏み方に
神様は
応援し、力を与え、導く
ということなんです。


私たちが日常でかかえている
苦しみや悲しみやジレンマを
かついだきに
神様は、きちんと
導いて下さる。

その導きに
私たちが
素直に歩むこと。」



「私たちは
生きるために、十字架を担います。
“十字架を担う者同士
助け合わなきゃいけない!”
という
ルカのメッセージに
原点回帰して、
私たちが、そのつとめを
果たすことができるように
今日も
ご聖体を
頂きたいと思います。」





『狭い戸口』から入れるように
いつも、主の言葉に耳を澄ませて
いられますように…。





神に感謝!
Elizabeth♪
御ミサで admin page top↑
心に染みる
2016 / 08 / 22 ( Mon ) 20:40:09
a-染みる



乞田川は蕩々と流れ
道には空の色が滲む



この街は、
なんという美しさに満ち溢れているのだろう!




神秘的に漂う雲の群れや
合間に架かる鮮やかな虹



鳥のさえずり 
虫の声
風の曲線
木漏れ日の揺らめき



色が溢れる
その美しさ
心に染みる
心に染みる



神に感謝




かなぶん
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マリア様のとりなし
2016 / 08 / 22 ( Mon ) 12:13:29
2016年8月15日(月)
聖母被昇天ミサでの
豊島治神父のお話から






「聖母被昇天の祝日は
二つの世界大戦を終えて
ピオ12世が
全世界のカトリック教会に
投票をよびかけて
定められました。」


「“カトリック教会はマリア様を拝み
プロテスタント教会はイエス様を
拝むんですよね。“と
函館のタクシーの運転手さんに
言われた時、
一緒にいた札幌の青年が
“カトリックでは
お父さんに
何かを頼むときに
お母さんにとりなしを頼むように
マリア様に、神様への
取次ぎをお願いするんですよ“
と、説明していました。」


「マリア様の
あたたかさ、優しさ、
悲しいときになぐさめてくださる
という意識が
どこからくるかといえば、
マリア様は
イエス様を、
ずっと、見守っていたから。


マリア様は
イエス様が生れた時から
どんなことがあっても
逃げなかった。
どんな悲惨な時にも
神様に希望を置き
たたずんでいました。」


「すべてのミサは
主にむかっています。
イエス・キリストの復活を願い
神様からの恵みに感謝して
イエス・キリストの信仰によって
与えられている
希望を新たにするために
ミサを捧げます。


けれど、私たちは
イエスさまの苦しみを思い、
それを間近に見て、
それに心を砕き、
生涯を弟子たちに示された
マリア様の強さのゆえに
マリア様にすがり
マリア様に
とりなしを願うのです。


今、マリア様にむかって
祈るということ。
それは
マリア様を通して
天の父に祈ることです。


平和を求め、
普通の生活を
求めている人たちの
力となってくださいと
祈りたいと思います。」





小金井教会初代司祭の
ムーニー神父様は、瞬間湯沸器と
呼ばれるくらい
すぐ怒る、強そうな方だったのに
お母様が亡くなられたとき
マリア様の御像の前で
小さくなってお祈りされていた
というお話が印象的でした。
マリア様は、”信徒の模範“。
たたずみ、思いめぐらす姿に
あこがれます。




神に感謝!
Elizabeth♪

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どんなときも、神は救って下さる
2016 / 08 / 22 ( Mon ) 00:21:56
2016年8月14日(日)
聖マキシミリアノ・コルベ神父記念ミサでの
豊島神父のお話から②





「コルベ神父が
アウシュビッツで
身代わりとなったこと
"流されなかったこと“は、
当時、とても
センセーショナルなことでした。


今日の福音書の
ルカによる福音12章53節も
ショッキングなことが
書かれています。


『父は子と、子は父と…
対立して分かれる。』
“やっぱり、
ウチがおかしくなっているのは
ここにある通りね…“などと、
よく誤解されますが
これは
ミカ書7章6節に
出てくる言葉で
この後には
『しかし、わたしは
主を仰ぎ
わが救いの神を待つ。
わが神は、
わたしの願いを聞かれる。』
と、続きます。


『たとえ倒れても、
わたしは起きあがる。
たとえ闇の中に座っていても
主こそわが光。』(ミカ書7:8)


神はどんな境遇にあっても
私たちに
光を与え、導き、育て、
素晴らしい場所に
導いて下さいます。


イエス自身、
エルサレムにのぼって
十字架にかかる境遇と
わかっていたなかで
“やはり、神は救って下さる。”
と、前に進まれたように、
私たちは
どんなときも
“それでも、神は救ってくださる”
だから、
天命が来るまでは
乗り越えて、
前に進んでいかなければならない。



苦しいときにも
“神様!”
と、叫ぶことができる
有難さを
かみしめながら
ご聖体を
いただきたいと思います。」





いつも
“神はかならず救って下さる”
”よいことを与えて下さる“
と、信頼して祈ることを
忘れませんように。



神に感謝!
Elizabeth♪
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流されないこと
2016 / 08 / 21 ( Sun ) 22:30:26
2016年8月14日(日)
聖マキシミリアノ・コルベ神父記念ミサでの
豊島神父のお話から①






「多摩教会の保護の聖人は
マキシミリアノ・マリア・コルベ神父です。


私たちは、みな、霊名に
聖人の名を
いただいています。


その聖人は、私たちを
守ってくれている。
そして、
私たちが、信仰者として
迷った時、
進む道が分らなくなった時、
自分を守ってくれる聖人は
どのような
生き方をしたのか
そういう風にとらえていくならば、
私たちが
聖人の名を戴いていることは
私たちの
力と恵みに
なっていくと思います。」


「私の霊名はパウロです。
生まれて3か月で
洗礼を受けておりますので、
自分で“パウロがいい”
と言ったわけではありません。


両親に
なぜパウロにしたのか?と
訊いた時に
“パウロは律法学者だったから
頭がよくなると思って。“
と言われて、
“自分で選べばよかった…。”
と、
ずっと、思っていました。


でも、
大人になって、神学生になって
自分がクリスチャンであること
自分が生きていくこと
に対しての
逆風に会った時に、
パウロの生涯で
パウロが
ぼろぼろになった時に
“さあ、立て!”
という神様の声に
もう一回奮発する
という書簡の記述を読んで、
やっぱり
パウロでよかった!
と思いました。


それでも
やっぱり
霊名を自分でつけたかった
と思ったのは、
中学1年のころ。
日曜学校で一緒にいた友人が
聖人伝をたくさん読んでいて
霊名どれがいいかな?
と、相談されたりしました。
その頃のブームが
マクシミリアノ・マリア・コルベ神父でした。
ヨハネ・パウロ2世が
教皇になった年です。
アウシュビッツで
身代わりとなって
人のいのちを助けたことにも
共感しましたが、
“流されなかったこと”
しょうがない…と、
流されるのではなくて、
きちんと、
自分のやるべきことがあることを
示したことに
共感しました。」



***つづく***





神に感謝!
Elizabeth♪
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心に残った言葉:夏期特別入門講座
2016 / 08 / 19 ( Fri ) 21:38:26
夏期特別入門講座


90分という時間の中に、
初めて
キリスト教に触れる方たちへの
神父さまの想いが
たくさん込められていた
とても
充実した時間でした。



初めて来て下さった方も
神父さまのユーモアに
思わず笑顔…。


参加したひとりひとりが
心の中に大切な言葉をそっと
持ち帰ることができたのではと
素敵なひとときに
心から感謝しました。


メモしきれなかった
神父さまのお話…
私の心には、
こんな言葉が残っています







キリスト教の心、使命は
勢力を増やすことではなく
どんな人でも
全ての命は
安心して生きていける、
生かされる命なのだという
メッセージを伝えること



よき知らせ、
福音を受けた私たちには
希望がある
だから、苦しんでいる人、
自分以外の人のために
心をくだき、
自分の力を捧げるその喜びが 
本当の幸せを導く…







この日の為に、
神父さまは
沢山お話しされることを
準備して下さっていて、
「あ~終わらなかった! 
続きは秋の講座で~!!」
と仰っていました。


秋の講座が楽しみですね。


残暑が続きます…
どうか体調に気をつけて
お過ごしください 


またご一緒できる時間を
楽しみに


み心に感謝 



     

コスモス
「入門講座」で admin page top↑
パパ様より
2016 / 08 / 19 ( Fri ) 15:02:33





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楽しかった夏期特別講座
2016 / 08 / 16 ( Tue ) 21:36:26
こんばんは、かかりんです!


8月13日の土曜日に、
豊島神父様による
初・夏期特別入門講座が
にぎやかに行われました!!


信徒館ぎっしりの人々に
入り口で一瞬後ずさる
いつも謙虚な豊島神父様


「お待ちしておりました、
大盛況ですよ!!」と
お迎えすると
自然と場内には拍手が。


いつもは扁桃腺のために
45分までのお話なのを、
この日は水を飲み飲み、
たっぷりお話してくださいました!!


この日の講座は
教皇さまの
「使徒的勧告 福音の喜び」と、
「日々の祈り」をもとに
行われました。
最初は「日々の祈り」から。
神父様は
こんな風に話し始められました。





『本というのは、
一番最初に一番大切なところが
のっている。
「日々の祈り 改訂版 第二版」
をあけていただくと、
ごあいさつ、目次、最初のお祈りは
十字架の祈りとしるし。


カトリックの面白いのは、
先生と言われる人
ひとりが唱えるのでなく、
皆でお祈りしましょう、ってとこ。
その時大事なのは
統一した同じ言葉であるってこと。


皆で一緒にする時は
言語の統一が大切。
日本語を使う方々には
これが規範版、「日々の祈り」。


十字のしるしをしましょう、
ってよびかけが第一番。
十字のしるしをする。
カトリックならでは。


十字のしるしは
カトリックは必ずする。
胸の前で手を合わせ、
次に額→胸→左肩→右肩
「父と子と聖霊の御名によって」
って言いながらやる。


縦が神と私をつなぐ。
横が人と人とをつなぐ。
その中心にキリストのボディ。
キリストが神と私、
人と人とをつないでくれる。


十字のしるしをしながら唱えます。
最後に胸の前で
もう一度手を合わせる。


父と子と聖霊の御名によって
これは神様の名前だってことです。
お祈りは、
聞いてほしい相手にお祈りする。
心の中で叫ばなければ、
振り向いてくれない。
「おかあさん!!」って
呼ばなかったら
お母さんは自分が呼ばれてるって
わからない。
とにかくこの三つは
神様の名前なんです。


神様に向かって
お祈りしますよってこと。
アーメンは、
日本語で訳せないから、カタカナ。


次には主の祈りって言葉が続いている。
主とは何か。


神さまの名前は、
地方によってリスペクト度が違う。
ユダヤでは、
神の名をみだりに唱えるなって言って、
主、という言葉があるわけです。
主、という言葉を使ったり、
父、神、という言葉を使ったりする。


お祈り教えてください、って
イエス様に言って、
イエス様が即答・直伝したのが
「主の祈り」。
ですからプライオリティーが高い。
一番大事だってことですね。


ここで主の祈りを皆で唱えましょう。
(ここで全員で十字のしるしと
主の祈りを唱える。)


お疲れの時も、
手動かすのがやっとの時も
十字を切れば立派なお祈り。


主の祈りは
信じる、というよりは、
「こうなったらいいな」って
気持ちになってほしい。
希望、それに向かうのが
人間の道。』


この後に使徒的勧告を使って
講座は続きました。





十字の切り方、その意味、
主の祈りについて、
初めての方にもわかるように
やさしく丁寧に、
お話してくださったのですが、
かかりんも
「へええ、そうなんだ!!」と
新しく知ることがたくさんありました。


晴佐久神父様の講座の時も、
やさしい神様が
私たちを愛してる、ってことが
繰り返し語られましたが、
豊島神父様の語る神様も、
やさしくて安心します。


この日のお話のなかでも
主の祈りは
「こうなったらいいな」って思って唱える、
というのが
かかりんにはとても嬉しい言葉でした。


主の祈りのとおりにしなさい、
だったら
かかりんは「できません!!」と
言わざるを得ません。
特に後半が難しいです。
でも「こうなったらいいな」なら、
神さまにウソをつくことなく
唱えられます。





講座の後はお茶の時間。
かかりんは米粉ケーキを
焼いてきていました。
お昼だったので、
さっと帰られる方もいらっしゃいましたが
残ってくださった方の中に何人も
「ブログ読んで来ました!!」
言ってくださる方がいらして感激!!


かかりんが隣に座った方も
ブログを読んでると言ってくださって
とてもうれしかったです。
その方が、この日の講座を
とてもほめてくださって、
「こんなに良いお話、
もっともっとたくさんの方に
聞いていただきたいですね。」
とおっしゃったので、


かかりん
「大丈夫です。豊島神父様は、
ちゃんと福音を語ってくださる
神父様なので、
この先、もっともっとたくさんの人が
お話を聴きに
集まっていらっしゃいますよ。」
と胸をはって答えました。


本当は、
晴佐久神父様が異動されるとき、
すごく不安でした。
でも、今はすっかり安心しています。
豊島神父様が多摩に来てくださって、
本当に良かったです。


豊島神父様の講座、
すごく面白くて
感動するところもあって
勉強にもなる、すごく良い講座です。
何かを売りつけたり、
洗礼を迫ったり、一切ありません。
お金もかかりません。
毎回お茶やお菓子が無料で出て、
家族の食卓にいるみたいな入門講座。


しばらく夏休みですが
9月3日の
「おむすびパラダイス」から
スタートします。


皆様のおこしをお待ちしています。




かかりん
「入門講座」で admin page top↑
次は「おむパラ」♪
2016 / 08 / 15 ( Mon ) 11:57:15
夏休み特別講座へ参加してくださった皆様、
ほんとうにありがとうございました!





お盆の真っただ中だし、
暑いし、
どれくらいの人が集まって下さるか、
実は、入門係一同、
大変心配しておりました・・・。
(おそらく、神父様も・・・?)


が、それも、杞憂に終わり、
用意していた座席が全部埋まって、
心から感謝!です。


しかも、全く初めて、
という方もいらしてくださったのは、
本当にうれしかったです。


豊島神父様の
ユーモアたっぷりの優しい語り口と
不思議なカリスマと笑顔と
多摩教会の明るい歓迎ムード(笑)に、
きっと、心が潤されて
お帰りになったことと思います。


機会がありましたら、また、ぜひ、
いらしてくださいね。


教会の扉はいつも開いております。







さて、次は「おむすびパラダイス」!
(9月3日13:00より)
今回こられなかった方も、
ぜひ、一度、いらしてみてください。


教会って、意外と”普通”ですよ~~。


SMAP ロスの方も是非、どうぞ。
あなたの寂しさ
神様はよ~くご存じ。


アイドルは永遠ではないけれど、
本物の神様は永遠です。


ぽっかり空いた心に穴に
キリストはそっと
変わらぬ愛を注いでくださるでしょう。


神様だけは永遠にあなたを
愛しておられます。



Luna
「入門講座」で admin page top↑
教会家族
2016 / 08 / 12 ( Fri ) 13:41:25
みなさま、お久しぶりです。
かかりんです。


最近入門講座がなくって
教会に行く回数も少なくなって
なんだかさびしい~。



入門係は何してるのかな?と思う皆さんに
(え?そんなこと思わない?いいのいいの。)
ちょっとだけ最近あった出来事を。





7月最後の日曜日、
前の勤務先でお世話になった
シスターHのご葬儀が
赤羽で行われました。


この日は多摩教会は
かかりんの所属する
カフェオアシスが軽食当番
だったのですが
急きょお休みをいただいて、
赤羽に駆けつけました。


当時私が一番仲良しだった
シスターWが隣に座ってくださって、
ところどころで解説をしてくれました。


ご葬儀の途中で
「来たれ、キリストの花嫁よ」
という曲が演奏されて、
その時「これは、私たちが修道会に
終生誓願を立てる時に
歌う曲なのよ。」
と教えてくださって、


「ああ、シスターたちは
この曲と共にシスターとなって、
この曲と共に
天国へ召されるのだなあ。」と、
ひどく感動しました。


親族の方も参列されていたのに、
喪主は修道会の管区長様で、
喪主の挨拶が愛がこもっていて、
参列したたくさんのシスター方が
みんな涙をぬぐってらして、
「教会家族」って言葉をすごく実感しました。





思えば若かりし頃、
シスターにならないか、と
ものすごく勧誘されて、


あなたみたいな明るい人が
向いている、と
よく言われたのですが、
当時のかかりんは


「いやいや、
私なんかがシスターになったら
神さまがびっくりしちゃいますよお!!」
「私は俗世で普通に結婚しますからあ!!」と
断っていたのですが、


「黒い衣があなたを呼んでいますわよ。」
なあんてオソロシイことを
言われたものでした。笑


でも、今になって、
被災地の一番大変な場所に
シスターが三人
必ず常駐するようにしている
こととか、
今回の感動的なご葬儀を
目の当たりにすると、


こういう人生もありだったかも。


な~んて思ってしまいました。




かかりん
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明日は特別講座♪
2016 / 08 / 12 ( Fri ) 10:36:58
明日、土曜日(10:30~)
は夏休み特別講座





ハラハラ、ドキドキ,ヤッター!
(内村選手のファンです)
のオリンピック。
(水谷選手、銅メダル、おめでとう!
競泳、金藤選手、金メダル!?

テレビから離れられな~い、という方も
多いかと思いますが・・・


明日の特別講座、
豊島神父様も気合入ってます


福音を通して頂けるのは、
魂を満たす聖霊の涼風。
心の平和。


競技からは得られない
神秘的な恵みをゲットして、
この猛暑をご一緒に乗り切りましょう。


どうぞ、みなさま、
ふるってご参加ください。

初めての方、大歓迎です!
心よりお待ちしております



Luna   
「入門講座」で admin page top↑
救い主が、そばにいる
2016 / 08 / 12 ( Fri ) 00:30:07
2016年8月6日(土)の御ミサでの
豊島神父のお話から





「オリンピックが始まりました。
多摩教会の前に
夜中に『ポケモンGO』で
集まる人がいなくなり、
オリンピックが始まったことを
実感いたします。


オリンピックは
平和の祭典。
今回のテーマは
『環境と平和』だそうです。
教皇フランシスコの
回勅
『ラウダート・シ』も
売店アンジェらに40冊入荷
しています。


教皇ヨハネ・パウロ2世が
日本の教会のために
8月6日から8月16日までを
平和旬間と定められました。


8月6日は
オリンピックの開会式でしたが、
やはり、8時からは
広島の原爆追悼に
チャンネルをあわせました。


ただ平和を祈るのでなく、
8月6日に
ミサで、イエス・キリストの
十字架・死・復活を想う意味は
理不尽な犠牲となった人たちと
ともにいてくださる
神の姿、十字架の姿を
想うことです。


8月は
戦争の犠牲になった人たちに
耳を傾けてこなかった
ことへの反省と回心を持って
いたいと思います。


真の
平和の実現を。」


「今日の福音書朗読は
“主人が帰ってきたとき、
目を覚ましているのを見られる
僕(しもべ)たちは幸いだ”
(ルカ12章36~38節)
とあります。


これは、
私たちが弱くなりそうなときにも
平和の力に変える救い主が、
私たちのそばにいる。
だから
意識して立っていなさいと
いう意味です。」







弱いときこそ
イエス様が
ともにあってくださると
いつも忘れず
いられますように!




神に感謝!
Elizabeth♪
御ミサで admin page top↑
主日のミサに参加することは 信仰告白を生きること
2016 / 08 / 11 ( Thu ) 11:30:05
典礼セミナーでの
久我神父のお話から(6/6)





「主日のミサへの参加は
キリスト信者にとって
信仰告白を生きること。
ミサは“過越し”。
“過越し“自体が信仰。」


「ミサは
『父と子と聖霊のみ名によって、
アーメン』で始まり
ミサの中心部である
感謝の典礼において
『御子とともに、
聖霊の交わりの
なかで
御父との和解』
に向かう。


この流れは
“集会祈願”に
端的に表れている。
御父への呼びかけで始まり
『聖霊の交わりのなかで、
あなたとともに世々に生き
支配しておられる御子、
わたしたちの主
イエス・キリストによって。
アーメン。』
で、結ばれる。」


“ミサに参加すること自体が
信仰告白を生きること“





ミサの典礼の奥に秘められた
深い意味を知ることで
いっそう
目に見える神の愛のしるし
であるミサを
尊く感じます。




神に感謝!
Elizabeth♪
未分類 admin page top↑
祈れる自分になっておく
2016 / 08 / 11 ( Thu ) 11:28:04
典礼セミナーでの
久我神父のお話から(5/6)





「主日ごとのミサによって
わたしたちキリスト信者は
“ことばの食卓”と
“感謝の食卓“という
二つの食卓から
糧をいただいた上で
第三の食卓である
生活の場や
使命を受けて派遣される場へと
派遣されて
そのいのちを生きていく。」


「私たちは、
ミサによって、生涯かけて、
“どんな人とも出会える私”
になっていく。」


「主日のミサへの参加は
『“十全に”
”意識的“かつ”行動的に“
典礼祭儀に参加するよう』に。
(『典礼憲章』14)


“十全に”とは
ミサでの役割の”すべて“を
そして、
”それだけ“をすること。
余計なことはしない。
ミサでは、信徒ができることは
信徒がする。


“意識的参加“とは
ミサの「意味」がわかって
参加すること。
ミサの流れや言葉の意味
行為・シンボルの目的と
意味するものを
味わうこと。


“行動的参加”とは
知的に理解するだけでなく
体験的に
知り、あじわうこと。


集う・聴く・応答する・身体で祈る
思いめぐらす・奉納する
先唱する・朗読する・
侍者をする・オルガンを弾く
案内する・献金を集めるなど
すべては
典礼の流れがスムーズに
いくようにある。


主がここにおられたら
聖母がおられたら
どういう風にされるか?を考えて
出しゃばらないけれど
気づくように。


To doではなく
To beが大切。
侍者をするときも
祈れる自分になっておく。」






神の愛の目に見えるしるし
であるミサの
奥深さを感じました。




神に感謝!
Elizabeth♪

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FIAT!
2016 / 08 / 10 ( Wed ) 22:15:36
マリアはどんな思いだったか


天使ガブリエルが
目の前に現れて、
救世主を身ごもったと
告知されたとき‥




「お言葉どおり
この身になりますように」



マリアはどんな思いだったか


鞭打たれ
茨の冠をかぶせられ
十字架に釘で打ち付けられ
息絶えた愛する我が子を
抱きかかえたとき



愛は十字架
無条件の信仰は愛そのもの



a-fiat.jpg



もうすぐ被昇天


聖母マリアの愛を思う




かなぶん
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夏休み
2016 / 08 / 09 ( Tue ) 22:34:29
はじめまして。

私は、多摩教会の一員となって
まだ一年半の ひよこ組、です。

まだまだヨチヨチ歩きですが、
ひよこ組ならではの
身近なつぶやきを、
時々お伝えできたらと
思っています。

どうぞよろしくおねがいいたします。





夏休み

青い空、まぶしい太陽、

ワクワクする季節

 でも、旅先で目にした夕焼けや、
 いつもの帰り道 
聞こえるひぐらしの声に

ふと、切なさや懐かしさ
「自分が戻っていく場所」 
を意識する…不思議な季節。
   

私にとって教会は 
いつの間にか
戻っていくところ…
「心のホーム」になりました。


優しい笑顔に出逢える場所


涙をこぼしてもいい、
ただ目を閉じ祈っていてもいい 
そのままのあなたで大丈夫 と
すべてを静かに
受け止めてくれる場所 …





夏休み

小さな心の旅 をして
多摩教会へ
いらっしゃいませんか?


教会の小さな売店で
お気に入りのカードを
見つけてもいいし


聖堂の一番後ろの席に
ちょっと座って
涼んでみるのもいいし




 
8月13日(土)は、
どなたでも大歓迎の 
夏休み特別入門講座があります。


笑顔の神父さまのお話を
聴くことができます。
そうそう、
ポケモンにも出逢える?


今年の夏が
素敵な夏になりますように…


いつも共にいてくださる神様に
感謝して




コスモス 
多摩教会で admin page top↑
ポケモン
2016 / 08 / 09 ( Tue ) 22:04:41
多摩教会の売店
アンジェラに
ポケモンいました!(笑)



a-ポケモン


マリア
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パパ様より
2016 / 08 / 09 ( Tue ) 09:27:38



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8月6日
2016 / 08 / 08 ( Mon ) 11:16:34
「神様の愛は原子爆弾よりも強い。」





1945年8月6日、14歳のときに、
広島で原爆に遭い、
生死の境をさまよう
ひどい火傷を負った
故長谷川 儀(ただし)神父様が
確か、30年くらい前の
カトリック系雑誌の投稿文の中で
おっしゃっていた言葉です。
(私の記憶が確かならば…)


長谷川神父様は、
瀕死の状態のときに、
イエズス会のアルぺ神父様や
ネーベル神父様による
祈りと治療、そして、洗礼によって、
奇跡的に回復するという
恵みを受け、
さらに、その後、
司祭に叙階される恵みも
受けられた方です。


「神様の愛は
原子爆弾よりも強い。」


何年何月、何という雑誌に
載っていたか、
今は調べるすべもありませんが、
実体験に基づいた
長谷川神父様のこの言葉は
非常に説得力があり、
忘れられない言葉として、
わたしの脳裏に
刻みつけられています。



原子爆弾投下のような
非人道的なことを
人間は、金輪際してはならない
のはもちろんのこと、
核廃絶に向け、また、
世界平和のために、
人類は
根気よく努力しなければならない、
と心から思います。


それでも、
神の愛は原子爆弾より強い、
というのは、
まぎれもない真理!!
そう思うと、心の底から
ホッとするのです。





ちなみに、長谷川神父様の著書
「八月六日の朝、ぼくは十四歳だった」
(女子パウロ会)
に原爆症からの
奇跡的回復の詳細が
書かれています。



Luna
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『恕』~互いを思いやる心~
2016 / 08 / 07 ( Sun ) 22:49:31
2016年7月14日(木)
上智大学グリーフケア研究所公開講座⑩
聖路加病院の日野原重明先生から
お話を伺いました。






『愛する人を亡くしたとき』
E.A.グロルマン(1986年)を
引用されました。
『愛児を失うと
親は人生の“希望”を奪われる。
配偶者が亡くなると、
ともに生きていくべき“現在”を失う。
友人が亡くなると、
人は“自分の一部”を失う。
親が亡くなると
人は“過去”を失う。』


グリーフケアの本質は
『恕』
互いを思いやる心。
自分のことのように
他者のことを考えることで
他人の立場や心情を察すること
とのことでした。


『常に喜べ、絶えず祈れ、
すべてのこと感謝せよ。』
(第1テサロニケ書)
の聖句を引用して
きれいな字で相手のことを想って書く手紙。
心のこもった短い手紙
を送っていた男同士の深い友情の実例を
手紙を読みながら
お話しされました。


帰天した当日も届いた
親友からの励ましの手紙
その手紙が遺族の手元に残ることで
父が
どのように生きてきたか
を見ることができ
残された遺族にとって
大きなグリーフケアとなったそうです。


祈る心、
念じる心がなければ
グリーフケアはむずかしい。
人が、
自分に迷惑なことをしたときにも
感謝する心がないと
『ごめんなさい』が言えないし
響かない。
と、話されました。





日野原先生は10月で105歳
移動は車椅子でしたが、
朗々としたお声で1時間
お話しくださいました。



神に感謝!
Elizabeth♪
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思い出をつむぐこと
2016 / 08 / 07 ( Sun ) 22:33:09
2016年7月7日(木)
上智大学グリーフケア研究所公開講座⑨では
兵庫県こころのケアセンターの
加藤先生から
『悲嘆への臨床的関与』のお話を
伺いました。






日本では、悲嘆にあうと
じっと耐えることを要求される。
“あなたがしっかりしなきゃだめよ!”
と言われてしまい、
悲しみを表出できないことが多い。


悲嘆からの心の回復には
“生活の再建”も
とても重要。
それとともに
“喪失”に焦点をあてることが大切。


自分が回復するのは、
亡くなった人を忘れることではなく
悲しみが消えることでもない
と、理解して
思い出を胸に抱きながら
自分の人生を築くように。


『故人との想像上の会話』などで
故人の心理表象を再建して
思い出をつむぐ。


過去のことなのに
今のことのように思うから、苦しい。
ちゃんと、過去のものにする。
記憶になれていき、
馴化を促進する。
認知の修正をして
“できる限りのことをした”
という認識が生まれてくれば、
役割を果たしたことを
肯定的に評価できるようになる。


『故人との想像上の会話』で
故人に言ってあげたいことを言い
故人なら
どのように答えるかを想像して
言葉にする。
否定的認知の修正が促進されて
否定的感情が修正されていく。


現実の生活を
少しでも豊かにすることを考え、
生活の再建に目を向けるように。
自分で
自分を、ゆるしてあげることで
悲しみを抱えながらも
生きていくことができるようになる。





悲嘆の過程には
単一の正しいものが
あるわけではない。


私たちにできることは
近くにいること。
言ってはいけないNGワードは
『お気持ちはわかります。』
『できるだけのことは
やったのです。』
とのことでした・・・。



神に感謝!

Elizabeth♪

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死者とともにいる感覚
2016 / 08 / 06 ( Sat ) 21:50:54
2016年6月30日(木)
上智大学グリーフケア研究所
公開講座⑧では島薗所長から
『現代日本人の死生観とグリーフケア』の
お話を伺いました。








私たちは
死者とともにいる感覚を
取り戻さなくてはならない。


私たちのなかには
たくさんの
お世話になった人や
一緒に楽しく仕事をした人など
今は亡き人々が
入っている。
過去の人たちと一緒にいるおかげで
今の私たちが
出来上がっている。


私たちの中には
人からいただいた
命の恵みが入っている。


亡くなった人と
私たちが
ともにいるためには、
「かたち」も必要。


お線香や鐘のチーンという音で
ともにいる死者を
感じることができる場合もある。


死を扱った文学作品として
『悼む人』
『想像ラジオ』
『ギルガメシュ叙事詩』なども
紹介されました。


遺族によくある“お迎え現象”で
夢に死者が出てくるのも
生きていたときのことを
覚えていなければ
ありえないことで、
“想像力”と“悲しみ”が
生と死の境を越える。


死者の
愛と悲しみを思うことは
死を超える尊いもの
永遠のものに
向き合うこと。


死者の言葉を聴こうという
謙虚な心で
声なき声を聴こうとする
謙虚な心を持って
遺族に寄り添うことのできる人を
一人でも増やしたいというのが
グリーフケア研究所を立ち上げた
思いとのことでした。







亡くなった方が、
何を愛し、愛されていたのか
何を感謝されていたのか
思いをはせる
お盆の季節がやってきます。




神に感謝!
Elizabeth♪

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すべての恵みを感じる
2016 / 08 / 06 ( Sat ) 21:34:52
2016年6月23日(木)に
グリーフケア研究所の公開講座⑦で
清水寺の森清顕さんから
『観音さまの世界』のお話を
伺いました。








私たちのこの世界の
薄皮一枚むこうに
仏様がいる。
でも、それを
受け止める心の受信機の
スイッチを入れて
感じとるのは難しい。


自然の中で生かされていることを
忘れてしまっている
現代人。


すさんだ人間がいるから
すさんだ社会となり
人間の脳みその中で
発想したもので作られている
ビルや車などの世界ができている。


仏教の“行”をすると
下界の情報は来ないので、
情報から隔絶されているので、
いろいろなことに
気づけるようになる。


月の美しさに見とれる
心の余裕が生まれる。
五感を使って
大地を感じる。芝生を感じる。
生かされている環境を感じる。
すべてのものは
“縁”があってここにあることを
感じる。
空気は何でできているのか。
ご飯はどこから来たのか。
すべての恵みを
感じる。


仏さんがそばにいる。
“私たちは、生かされている”
という感覚。
人智を超えた世界。
包まれている世界にいると感じる。
“あなたのそばにつねにおりますよ。“
という観音様を
感じることが
できるようになるそうです。







日本人は
無宗教と言いながら
『おかげさま』という
無意識の信仰心を持っている。


ともに生き、
生かされている私たちの世界。


福音につつまれている感覚が
ここにも
あそこにもあることに感謝です!




Elizabeth♪
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クールシェアはいかが?
2016 / 08 / 04 ( Thu ) 22:52:54
セミの鳴き声で目覚める朝!
と思ったら、夜中も鳴いている・・・;
…そう、もう8月なんですね~!


天の国に向かう列車は、
超特急。
あっという間に、
彼岸についてしまいそう。



なのに、どういうわけか、
一日、一日は長い。
それに暑い
これから、連日猛暑が続くらしい・・






それでも、
こんな暑い夏でも、休みなく、
おやつの会はオープンしております。


最近は、豊島神父様も
お顔を見せて下さるんですよ♪ 
…お留守でなければ。。。


かわいい!と評判の"つなぎ“を着た神父様に
運が良ければ、会えるかも?!


ひとりで欝々としている方、
気分転換のためにも、
冷房費節約のためにも、
ご一緒に、教会でクールシェアしませんか。


毎週、木曜日午後3時から、
あなたのお越しを
お待ちしています




Luna
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