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公会議がめざすもの
2016 / 09 / 18 ( Sun ) 23:54:51
2016年8月26日(金)(1/5)
信仰養成講座での
市瀬神父(神言修道会)のお話
から。





第2バチカン公会議の公文書
『典礼憲章』の序文では、
公会議の意図が4つ記されています。


第1は
『キリスト教的生活を信者のうちに
日ごとに成長させること』
それまでの教会は
この世にありながら、この世に無関心。
この世は、過ぎ去るもの、
この世は無価値とみなしていました。


第2は
『変更すべき諸制度を
現代の必要に適応させること』
たとえば、かつては聖堂での座席は
女性は右側、男性は左側と
席が決まっていたり、
女性は
聖体拝領の際は頭をかくす
と決められていたそうです。


『聖務日課』についても、
かつては、
修道会では、夜明け前の午前3時に
詩篇9つを唱えていたとか。
今は、3時課はなくなり、
『朝の祈り』は
朝ならいつでもよいそうです。
今は、
『朝の祈り』と『晩の祈り』は
一日の基本として
信徒にも奨励されていて、
1500の詩篇が4週間で
読めるよう配分されています。





公会議の意図の第3は、
『キリストを信じるすべての人の
一致を促進させること』


第4は、『すべての人を、
福音のふところに招き入れること』
諸宗教対話ということで、
プロテスタント・東方教会・聖公会
との一致にむかうことと、
さらに、
他の宗教を誤りとするのでなく
他を尊敬することから対話が始まる
と、考えるようになりました。


『典礼憲章』の序文から…
『“典礼”は
“キリストの神秘”と
“真の教会のまことの本性”を
信者が“生き方”をもって表し、
他の人々に明らかにするために
きわめて有益』


『“教会”は、
人間的であると同時に神的であり
見えるものでありながら
見えないものを備え、
活動に熱心でありながら
観想に専心し、
世の中にありながら
旅することを特性としている』


『“教会”においては
人間的なものは神的なものに、
見えるものは見えないものに、
活動は観想に、
そして現在は
われわれが探し求める
来たるべき都に向けられ、
従属している』


『“典礼”は、
人々を、日々、
主における聖なる神殿
聖霊における神の住まいに築き上げ
キリストの満ちあふれる
豊かさに達するまで成長させる』





この世にありながら
来たるべき都へと旅する
教会のなかまと
ともに歩めることに
感謝です!



Elizabeth♪

③につづく…
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