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私たちを解放し、豊かにする典礼
2016 / 09 / 19 ( Mon ) 23:57:41
2016年8月26日(金)(4/5)
信仰養成講座での
市瀬神父のお話より。






「第2バチカン公会議の
ひとつの大きなテーマは、
『典礼における信徒の役割』。
『“意識的”
かつ“行動的”に
典礼に参加する』
というのが大事なモチーフです。


“典礼”の担い手は誰か
といえば、
“キリスト”。
典礼で、
目に見えるのは、信者だけれど
単なる人間の集まりではない。
典礼は、
復活のキリストとともに
天使、聖人とも
世界の苦しみ喜びにも
つながっている。


たとえ
2~3人で山でミサをあげる時でも
壮大な祭儀が行われ、
天上の典礼を
前もって、味わっている。


毎日、毎週の“典礼”の中で
私たちは、実は、大切なことを
たくさん聴いて、
たくさん発している。


恵みの神秘に、
心をこめて参加するためには
ある程度、
“典礼”を理解しないと。


神秘を、
すべて理解することは
できないけれど、
“典礼”で
大事なことが行われていると
理解することはできる。


ミサで
身を持って、体験する。


“典礼”は、
キリストを仲介者として
神と人が出会い、
人と人とが出会い、
自分と出会う。
それが実現できるように
“典礼”の
式次第は整えられている。


“典礼”は、祝祭。
お祝いです。
本当の意味の祭儀は
私たちを
解放し、豊かにするもの。


本来は、“典礼”が終われば
晴ればれとして出ていくのが、
本当。


祭儀であるミサは
人間の実在に対応している。
人のあこがれ、望みに
対応するようになっている。
自分自身をとりもどし
新しい世界が見えて、
元気になるようになっています。」





毎週、ミサで
新しくされますように。




神に感謝!
Elizabeth♪
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ふさわしくない日常だとしても
2016 / 09 / 19 ( Mon ) 23:51:34
2016年8月26日(金)(3/5)
信仰養成講座での
市瀬神父のお話から。





「『入祭の歌』は
司祭の行列を飾るもの。
守り、助け、支え、
励ますイメージ。
司祭と会衆が一体として
ミサを捧げることを表している。


はじまりを
おろそかにしてはいけない。
たとえ
ふさわしくない日常を
生きていたとしても
『開祭』で準備をする。
ミサは
深呼吸していい場。
身体と心を整える場。


私たちは
『言葉』によって
生きるように造られている。
神の言葉によって
養われる。
キリストの言葉によって
造り変えられる。」





『実に、信仰は聞くことにより、
しかも、キリストの言葉を
聞くことによって始まるのです。』
(ロマ書10:17)
『開祭』で
ふさわしくない日常から
ミサへと準備することの
大切さがわかりました。
遅れないようにしなければ…



神に感謝!
Elizabeth♪
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キリスト者はキリストのように
2016 / 09 / 19 ( Mon ) 00:30:31
2016年8月26日(金)(2/5)
信仰養成講座での
市瀬神父(神言修道会)のお話から。





「第2バチカン公会議は
いろいろな意味で、画期的だった。


①『刷新のために召集された』
(それまでの公会議は
問題に対処するため召集された。)


②『16におよぶ文書が長文で司牧的』
それまでと違い
命令・禁止ではなくて
母が、子に話すように、
やわらかい司牧的な文章。
(それまでは短く法律的だった。)


③『教会は、“奉仕するためのもの”
であることを強調した。』


④『教会外の、世界中の人に語りかけた。』
公会議は、
他宗教からもオブザーバーを招集した。」


******


「イエスの言葉が
“あるべき教会の姿”を示している。


『わたしの記念としてこれを行いなさい。』
(ルカ22:19)
『あなたたちは行って
世界中に、福音をのべ伝えなさい』
(ルカ10:15)

この御言葉が表す
“祈る教会”と“宣教する教会”。
このふたつは、表裏一体。


信徒は、
教会生活の最前列に立っている」


“全キリスト者は
キリストのように生きるよう
召されている“
(教会憲章10条)


「信徒は
社会の真っ只中で、福音の精神を生き
『世の光』『地の塩』として
生きるパン種。」


どうか、少しでも、
イエス様に倣って
生きられますように!







神に感謝!
Elizabeth♪
④につづく‥
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