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永遠にむかうエスカレーター
2016 / 10 / 02 ( Sun ) 17:58:55
2016年9月30日(金)夜と
10月2日(日)昼の入門講座での
豊島神父のお話から。





「ヨハネによる福音書は
かむほどに味がます…
頼りたいときに、開くといい。」


「ヨハネ14章1~6節でイエスは
“わたしは道であり
真理であり、命である“
と言われています。
また、ヨハネ10章9節では
“わたしは門である“
とも言われます。


“道”は
英語では”the way”で
ただひとつだけの道。
“人生という道“です。


私たちの人生は
生れる前の“門”も
死んでからの”門“も
今は、閉じているから
その先を見ることができません。
“門”は
通るときだけ開くので。」


「私たちは
洗礼を受けて
すでに、希望への道にいます。
イエスは
“門”を通って
死の向こう行き、復活して
戻ってこられた。
門の先には希望があると
知っているのはイエスだけ。


死後に“希望”があると
告げ知らせるのが、
キリスト教です。」


「よく、神父は、
“洗礼の後、冷たくなった”
と言われるんですけど、
“希望の道に入ります“という
洗礼を受けて、
もう、希望の”道“に
入っているんだから、
神父に絶望を語っても仕方がないよ
というところはあるんです。
もう
希望の道に入ってるんですから。」


「私たちは
“永遠”にむかうエスカレーターに
乗っているのだから、
希望を持って行動して、
信頼して、
迷わず、心を騒がせるな!
ということです。」





いつも希望の道にあると
安心して過ごせますように。
神に感謝!



Elizabeth♪
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主の祈り~その2
2016 / 10 / 02 ( Sun ) 00:39:13
9月23日午後コース入門講座より


主の祈りの後半は

「わたしを見つめてください、
神様さま、私のほうを
よろしくお願いします」という祈りです。






7.私たちの日ごとの糧を
 毎日、毎日の必要な恵みを
今日もお与えください。

糧は自然の恵みを通して
与えられているが、
イニシアティブをとっているのは
神さま。
根底にある、
神さまの計らいに対して
信頼して祈ります。


8・私たちの罪をおゆるしください。
私たちも人をゆるします。

高田三郎が「主の祈り」を
作曲したとき、
”わたしたちも人をゆるします”、
という言葉が一番大事な個所なんだ、
と思って、
この部分が強調されるような、
旋律を作りました。


罪とは神様から離れること。
自分中心になって神様の愛、
思いから離れてしまう。
そうなると自分を正当化しようとして、
人との関係もおかしくなる。
おかしくなっている関係を直します、
ということ。

まず、神様のおん助けをいただく。
神様から温かいものをいただけるから、
私たちも人に対して優しくなれる。

(神様から)本当に全面的に
ゆるされたと実感すると、
すごい温かいものをもらえる。

また、人から本気の
許しの言葉をもらえると、
温かいものを感じる。


昔の主の祈りは、
「われらが人にゆるすごとく、
われらの罪をゆるしたまえ。」と
順番が逆だった。
ラテン語の原文も逆!
でも、日本では現行の
「主の祈り」(注)のように
順番を入れ替えた。
日本だけ。みんなびっくりした。
あるプロテスタントの人たちから、
「入れ替えた勇気はすごい!」と
褒められたそうです。


9・誘惑に陥らせず、
悪から救ってください。

誘惑というのは、揺れる心。
a 案とb案とc案の間で揺れ動く心。

私たちは絶対大丈夫!
という恩寵の中にあるので、
本当は安心のはず。
でも、自分が自分で自分の心を
揺らしている。

揺れないようにしてください。
どうか、揺れる心から
引き上げてくださいという意味。

以上はマタイ6章の「主の祈り」を、
手話で表現するときの解釈だそうです。





”弟子たちの切実な願いに応えて”
イエス・キリスト自身が
教えてくださった主の祈り。


「100パセーセント実現できなくても、
こうなったらいいな、
こうなることを、ゆだねます、
という思いで祈ればいいでしょう」
と神父様はおっしゃいます。


何よりもまず、子どものような心で、
こころゆくまで、天の父(アッバ)の
いつくしみを味わいたい・・・。

すべては、それから・・・かな




Luna

注):(日本聖公会/ローマ・カトリック教会共通口語訳、2000年2月15日より使用。)
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