『わたしのために』こんなにしてくださって。
2016 / 12 / 29 ( Thu ) 00:28:19
クリスマスが終わると、
世の中は一挙に
お正月に向かって加速。


年の瀬のあいさつは決まって、
良いお年を!


いろんな”想定外”のことが起こりそうな
予感を払いのけて、
本当に、2017年は良い年に
なりますように!と願うばかりですが・・、

(先ほども、
茨城で大きめの地震がありました・・・。)


でも、もう少し、降誕際の余韻に
浸っていたい。

‥ということで、
パパさまのお説教を味わいながら、
主の降誕の恵みを
ゆっくりかみしめたいと思います。





以下に少しだけ抜粋して
ご紹介しますね。


全文はこちら→教皇フランシスコ、2016年の降誕祭ミサ説教




神は遠くにおられるかたではありません。
空の彼方や神秘的な観念の中に
神を捜す必要はありません。


神はすぐそばにおられます。
神は人となられ、
決してご自分の民である
わたしたち人間から離れません。




イエスは
ベツレヘムで生まれます。
ベツレヘムは「パンの家」という意味です。
イエスは「わたしたちのパン」として
お生まれになったと
言っているかのようです。


イエスはわたしたちに
ご自分のいのちを与えるために
わたしたちの人生に入ってこられます。


イエスはご自分の愛を
わたしたちに与えるために
この世に来られます。


イエスはわたしたちを搾取し、
支配するためではなく、
わたしたちを養い、
わたしたちに仕えるために来られます。


こうして飼い葉桶と十字架は
一本の糸で結ばれます。


イエスは
「裂かれるパン」になられます。


それは与えてゆるす愛、
わたしたちの人生に光を投げかける愛、
わたしたちの心に
平和をもたらす愛の
一本のまっすぐな糸です。

・・・

わたしたちを引き寄せてくださる神に
さらに近づきましょう。
馬小屋の光景を眺めるために
しばし立ち止まり、
イエスの誕生を思い描きましょう。


そこにあるのは光と平和、
貧しさと拒絶です。


羊飼いたちと一緒に、
真の主の降誕にあずかりましょう。


そして孤独、いやされない傷、
罪をも含む自分のありのままの姿を
イエスに差し出しましょう。


そうすれば、イエスのうちに、
真の降誕祭の精神と、
神に愛されていることの
素晴らしさを
味わうことができるでしょう。


マリアとヨセフと共に、
飼い葉桶の前に、
そしてわたしのいのちのために
パンとしてお生まれになった
イエスの前に立ちましょう。


そして謙遜で無限である
イエスの愛を思いめぐらしながら、
イエスにただこう言いましょう。


「ありがとうございます。
『わたしのために』こんなにしてくださって、
ありがとうございます」。



教皇フランシスコ

(2016.12.27)




Luna
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2016年・ここクリ
2016 / 12 / 26 ( Mon ) 18:05:56
こんばんは!かかりんです。

2016年のここクリが無事に終了しました。
連日の教会ご奉仕でフラフラだけど
あまりに感動したので
その夜のうちに感想を書きます。






晴佐久神父様が異動されて初めてのここクリ。
晴佐久神父様がいらっしゃらなくても
お客様は来てくださるだろうか。
スタッフみんなが
ちょっぴり心配していたと思います。


でもでも、ちゃああんと来てくださいました!!
勇気を出して足を運んでくださった皆さん、
本当にありがとうごさいました。



かかりんは司会のお仕事があったので
ミニスカサンタで全身クリスマスモード。
でも、今年は今までで一番緊張したかも。
少し声がふるえちゃったのわかりましたか?


「司祭が入堂いたします。」のアナウンスと共に
グレゴリオ聖歌の男性陣と共に
我らが豊島神父様が厳かに入堂されました。


聖書の朗読が、
いつにも増して優しい声でされて、
その後は神父様のお話です。


あれ?神父様、いつもより、ゆっくり話してる・・・。
いつものジョークは控えめに、
落ち着いた、静かな声で、
時に眉間にしわを寄せながら
神父様はゆっくり、言葉を選ぶようにして
お話されました。
いつもお話上手の豊島神父様だけど、
今日はよりいっそう言葉が心に直接
届くように感じました。


メモを持っていなかったので
記憶が頼りですが、最後に神父様は
こう結ばれました。


『イエス様の誕生日を
お祝いするだけではなくて、
あなたを愛してるよ、って
神様に初めて言っていただいた日を
祝うんです。』 


静かな感動が
押し寄せてきました。
ああ、福音は間違いなくここにある。
豊島神父様も、ちゃんと
福音を語ってくださる神父様だ。
背中がゾクゾクするような感覚が
押し寄せました。
ちょっぴり泣きそうになったけど、
司会ですからそこはぐっと押さえて。





お話のあと、祝福をいただいて、
我らが混声合唱団・葡萄の実の
クリスマスメドレー、
イケメン正太郎くんのバンド演奏、
最後に皆で去年の聖劇の
テーマソング「みんなの家」と、
「君は愛されるために生まれた」を歌って
信徒館に移動します。





今年は熟練したスタッフを中心に、
キッチンには数名しか入らず、
あとは座席に座って
おもてなしに徹しました。
参加者の方よりもスタッフのほうが多い
理想的な状態。
今年こそ、ひとりぼっちゼロ計画は
大成功だったのでは?


かかりんは相棒のみかんちゃんと
フルートの合奏があったので
応接室に潜んでいたのですが
演奏が終わって
(音が出なくてすみませんでした!!!)
信徒館を見渡すと
皆さんのなごやかな笑顔が。
そこには晴佐久神父様の時と変わらぬ、
もしかするとそれ以上の天国が
繰り広げられていました。


みんな笑ってる。もうおなかいっぱい、
おいしかった、って
口々に満足しました、って言ってる。
スタッフも十分人手があったので
気持ちにゆとりがあり、みんな笑顔。


そうそう、フルー2(フルーツ)の演奏の時、
一曲目の「海の見える街」
なんとか吹き終えたけど、
二曲目の「いつも何度でも」が、
かかりんのほうが全然音が出なくて
みかんちゃんが一人でがんばってる中、
聞いていた皆さんが、
たぶん心配のあまり一緒に
メロディーを口ずさんでくださって、
その時、「がんばれ」って
気持ちが伝わってきて、すごくうれしくて、
幸せな気持ちになりました。


それから「見上げてごらん夜の星を」と
「きよしこの夜」はもう、大合唱になって、
かかりんは、へんなこと言いますが
「自分の演奏が上手じゃなくてよかったな」
って思ったんです。


へっぽこ初心者演奏を見かねて
初めて会った人たちが
心を合わせて合唱するって
すごく教会っぽくていいな、と思いました。


「どう?私たち上手でしょ?」って
披露するより
家族っぽさが増すというか。
家族の末っ子の発表会を
みんなで固唾を飲んで見守るというか。


でも、徐々にカメの歩みですが
上達するよう努力しますので
今後も生あたたかい目で見守ってください。笑


今回のここクリは、時間と手間をかけて、
いつも以上に真心をこめたおもてなしを
目指しました。
今までは晴佐久神父様の
「この指とまれ方式」で
神父様のアイディアを実現するよう
がんばる感じでしたが
ついに独り立ちして、
スタッフがよちよち歩きながらも
各自が一生懸命にがんばって
精一杯、準備を進めて来たんです。
その気持ちが伝わっていたらいいな。





そんなわけで、
きっとこれからも続くと思います。
多摩教会名物「ここ」イベント。


これから先も、心をこめて
痛む心を抱えたあなたのお越しを
お待ちしています。





かかりん
多摩教会で admin page top↑
2016年の多摩教会クリスマス
2016 / 12 / 24 ( Sat ) 23:30:48
メリークリスマス!!


こんばんは、かかりんです。
みなさま、
良いクリスマスをお過ごしですか?


今年も多摩教会は
23日「祈りと聖劇の夕べ」
24日17時と21時のごミサ
25日10時のごミサ
 15時半から「ここクリ」
イベント盛りだくさん!!
23日も24日も教会は人だらけ!!


かかりんは今のところ
23日の合唱と受付
24日のごミサの受付と奉納に
参加しました。


25日は司会と合唱とフルートで
参加予定です。





23日、24日は受付係だったので
心をこめて笑顔で
皆様をお迎えしました。


そしたら、
いろんななつかしい方から
「あなたの笑顔で迎えられて
ほっとしました」と
嬉しいお言葉。


それから
「ブログ書いてる方ですか?」とも
お声がけいただきました。


「ハイ、かかりんです。」と答えると
「いつも読んでます!!」と
これまたうれしいお言葉。
(でも、どうして私が
かかりんってわかったのかにゃ?
これらのお言葉が、
うれしいプレゼントになりました。





そして、いよいよ明日は
「心の病で苦しむ人のための
クリスマス会。」
今年の「ここクリ」は
晴佐久神父様が異動されてから
初めてのクリスマス。


スタッフ一同、
心をこめたおもてなしをすべく、
今までで一番ミーティングを重ねて
「どうしたら真心の伝わる
イベントになるか?」ということを
真剣に考えてきました。


あなたの心に灯りがともるような
そんなひとときになりますように
神さまがはたらいてくださると信じます。


ここに、あなたの居場所があります。


苦しんでいるあなたのお越しを
心からお待ちしています。




かかりん

多摩教会で admin page top↑
救い主はもうすぐあなたの元へ
2016 / 12 / 22 ( Thu ) 21:13:47
多摩教会のクリスマス!
今年も心を込めて、
皆さまをお迎えいたします。
どなたでも、ご遠慮なくお越しください。

広報さんから
美しいチラシをお借りしましたので、
まとめて、ご紹介いたします。






12月23日:
16:30~ 「祈りと聖劇の夕べ」 
(パーティーもあります

w-聖劇





12月24日(土);
17:00~主の降誕 夜半のミサ&パーティー
21:00~主の降誕 夜半のミサ

12月25日(日)
10:00~主の降誕 日中のミサ&パーティー


w-kurisumasu.jpg






25日(日):
「ここクリ~
心の病いで苦しんでいる人のためのクリスマス会」
15:30~18:00

w-kokokuri.jpg


入門係もいろんなところに
出没しますよ~
ご一緒に楽しいクリスマスを過ごしましょう。



Luna
多摩教会で admin page top↑
東方の三博士の贈り物
2016 / 12 / 21 ( Wed ) 20:38:11
12月23日(金)は
多摩教会の聖劇ですね。
今年は正統派の聖劇だそうですよ。 
楽しみです。 







遠い昔ドングリも
通っていた幼稚園の聖劇に
出演しました。


役は東方の三博士の一人。


マリア様と天使の役は
衣装がかわいくて
女の子の憧れの的でしたっけ。


ドングリ扮する博士は
お生まれになったイエス様に
うやうやしく贈り物の箱を捧げました。



w-博士



その時は空の箱でしたが、
のちに三博士が
黄金、乳香、没薬を
プレゼントしたと知って
乳香と没薬ってなに~?と
ずっと気になっていました。


ググってみると、乳香と没薬も
木の樹脂を乾燥して固めたもので
焚くと芳香が漂うそうです。





どんな香りかとっても気になったので
以前入手して
家で焚いたことがあります。


熱した炭の上に乗せると
大量の煙が発生。


その煙に混じって
ほのかに森のような
良い香りがしてきました。


これがイエス様もかいだに違いない
いにしえの香りなのねーと感激するも、
とにかく煙くて家の中が真っ白。
火災報知器が反応するレベルです。


やっぱり狭い日本の住宅より
天井が高くて広い教会などで
焚くのがいいようですね。





クリスマスミサでも
お香が焚かれます。
前のほうに座ると
大量の煙がよく見えますよ。




ドングリ
多摩教会で admin page top↑
藤澤神父様のお話
2016 / 12 / 21 ( Wed ) 13:12:32
12月18日(日)の午後信徒館では
教会学校のクリスマス会が
開かれていました。





はじめに藤澤神父様の
お祈りとお話があり、
子供たちが元気よく
質問に答えていました。



たまたまそこに居合わせたので
私もお話を聞かせていただきました。
なんてラッキー‼ 


何度もやめたいと
思ったことがあったけど
乗り越えられたのは
人に後ろ指さされるのを
恐れる弱さがあったから、


『私が弱い時にこそ、私は強い』
というパウロの言葉通り
神様のお恵みです


というお話が
とても印象に残りました。





終始ニコニコ笑顔の藤澤神父様は
私がイメージする神父様そのもの。


そんな神父様でも
挫折しそうなときがあったなんて。
ご自分の弱さをお話になる強さに
勇気づけられました。


最後に教会学校の皆さんに
神父様から御絵と
司祭叙階50周年の冊子の
クリスマスプレゼントがあり、
私もちゃっかりいただきました。



神父様ありがとう‼



外は寒いけど
藤澤神父様のお話を思い出し、
心はあたたかです。




ドングリ
多摩教会で admin page top↑
すべては“恵み”ですから
2016 / 12 / 20 ( Tue ) 09:24:45
2016年12月18日(日)の御ミサでの
藤澤神父のお話から。





今日は、待降節第4主日です。
クリスマスを迎えるには、
外側の準備だけでなく
内側の、心の準備が必要です。



多摩教会では
ゆるしの秘跡を受ける人も
たくさんおられますね。



マリア様もヨセフ様も
他の人と代わることができない
ただ一度の人生を
生きられました。


マリア様は
『お言葉通りこの身に
なりますように』と言われ、
ヨセフ様にも
『神のお望みならば
全身全霊をあげて従います』
『神は、なんとか助けてくださる』
という信仰がありました。


ヨセフ様は
イエス様を飼葉桶に寝かせる時
どんな気持ちだったのか
と、思います。
でも、ヨセフ様は
神の全能を知っていた。
神のお望みだという信仰があった。
『神は必ず助けて下さる』
『神におまかせしましょう』
という信仰があった。


ヨセフ様、
すごい信仰です。



『どんな不幸を吸っても
はく息は
感謝でありますように
すべては
恵みの呼吸ですから』
という
河野進牧師の詩を思い出します。


また、八木重吉の
『神のごとく ゆるしたい
ひとが投ぐる にくしみを
むねにあたためて
花のようになったらば
神のまへに捧げたい』
(表題「ゆるし」)
という詩が、
シスター渡辺の本で
紹介されています。
これは、聖人の姿です。



私たちは
マリア様、ヨセフ様の
取次ぎを願って、
たとえ、なれなくても
そのような姿になれるように
“祈ること”が大事なのです。





不幸や苦しみを
神の前に捧げることすら
できていない私ですが、
いつの日か
苦しみをあたため、花のようにして
神に捧げられるよう、
祈り始めたいと、思わされました。




神に感謝!
Elizabeth♪

御ミサで admin page top↑
主語は神
2016 / 12 / 18 ( Sun ) 23:11:19
講座は冬休みですが
ちょっとした気づきがあったので
ご紹介。




教会の役割で、
このところ
すごく悩んでいることがあって、
とりあえず
一緒にチームを組んでいる人と
どうするかランチしながら
話し合うことになったんです。


そしてお話しているうちに
だんだん気持ちが落ち着いてきて、
すごく大事なことに気が付いたんです。


「私がどうにかしなきゃ」と
思ってしまっていたこと。


なにやってたんだろ、わたし。


いつのまにか
「主語が私」になってました。
あんなに晴佐久神父様から
「主語は神」って言われ続けて
6年間過ごしたのに。


相方さんと、
「祈っておまかせしよう!
きっと大丈夫。
神様のおうちなんだから。」
こう決めて、笑顔で別れて
そして翌日。


つまり今日(17日)なんですが、
クリスマスの練習で教会に行くと
ある先輩信者さんが
笑顔で近寄ってきて
かかりんがこのところずっと
頭を抱えていた問題が
解決しつつあることを
教えてくれました。






昨日の今日で
ちょっと背筋がぞくぞくしました。
神さまにお任せすると
何か月も解決できなかった難問が
あっという間。
信じて、祈って。
これできっと大丈夫!!


ああ、去年の今頃
あぶう、ばぶう、だいじょうぶう、って
劇の練習していたなあ。
晴佐久神父様が打ち上げて
「教会やってて良かった!!」って
叫んでたなあ、と
しばし感慨にふける
クリスマス前の
冬の夜なのでありました。





かかりん
多摩教会で admin page top↑
紅葉
2016 / 12 / 17 ( Sat ) 01:17:29
w-momiji.jpg



16日(金)入門おさらい講座の直前に、
多摩教会の庭で拾いました。


クリスマスは教会に こ~よ~
ってこと~?


という声あり・・


・・・座布団一枚!



Luna

「入門講座」で admin page top↑
明日~12/16金曜限定♪クリスマス直前『特別おさらい講座』
2016 / 12 / 15 ( Thu ) 20:00:08
入門秋季講座は
12/11(日)までで冬休みとなります。





が!今年は
12/16(金)13:30-の入門ゴゴ講座
19:00-入門ヨル講座にて
クリスマス直前!!!
特別おさらい入門講座をやります!!



やっぱり
教会と言えばクリスマス
クリスマスと言えば教会


久々に暗くなってから教会につき、
ステンドグラスの灯りがみえて
ああ、きっとこの時期に多摩教会をみると
クリスマスだなって
訪れたくなることもありましょうね~
と思いました


神父さんのお話聞いてみたい方
入門講座途中からじゃ...
とか思っていた方
一回だけ出てみたい方
やっぱりクリスマスだけでも教会!な方
中はどんなだろうって方
どうぞみなさまお越しください。







手ぶらでどうぞ
たまに、聖書持っていった方がいいですか
とお問い合わせがあるもんで
教会に沢山ありますから
手ぶらでふらっとどうぞ

講座じゃなくても
聖堂にふらっとどうぞ



冬休み明けは
1月13日(金)からの予定です






[○]子
「入門講座」で admin page top↑
ワクワク感の根拠
2016 / 12 / 15 ( Thu ) 01:19:17
旧約時代のイザヤは預言します。


「雄々しくあれ、恐れるな。
見よ、あなたたちの神を。」

「そのとき、見えない人の目が開き
聞こえない人の耳が開く。
そのとき、歩けなかった人が鹿のように
躍り上がる。
口のきけなかった人が喜び歌う。
主に贖(あがな)われた人々は帰って来る。
とこしえの喜びを先頭に立てて
喜びうたいつつシオンに帰り着く。
喜びと楽しみが彼らを迎え、嘆きと悲しみは
逃げ去る。」(イザヤ35・4、6a,10)


そして、新約時代、福音書記者マタイは
イエス様の言葉として、
次のように書き記しました。


「行って、見聞きしていることを
ヨハネに伝えなさい。
目の見えない人は見え、
足の不自由な人は歩き、
重い皮膚病を患っている人は清くなり、
耳の聞こえない人は聞こえ、
死者は生き返り、
貧しい人は福音を告げ知らされている。
私につまずかない人は幸いである。」(マタイ11・5-6)







この待降節第3主日の
聖書のみ言葉を踏まえ、
豊島神父様は12月9日午後の入門講座で
次のようにおっしゃいました。


すべての人を救ってくださる!
という観点から、ワクワク感が増大する。
喜びと希望があるのが恐れるな、
の根拠。


イエスの存在自体が喜びであり、
イエスの業が希望。


だから、恐れる理由がない。
恐れなくていいときが来る、
というワクワク感。


人間的な力は弱点を持ちます。
でも、神様はパーフェクトの救いを
もたらします。
その根拠が第3主日にもたらされます。


すべての人に
パーフェクトに応えるのが
神の救いです。







主イエス様がもたらしてくださった
“とこしえの喜び”!
天国の希望!


そして、気づいた人々の中で
天の国はすでに始まっている・・・。


わたしたちの救い主は
わたしたちの神様は
なんて素晴らしい方!!


神としての身分を捨て!!、
人間になって、人間の言葉で、業で
救いを伝えてくださった!!


”イエスの存在自体が” わたしの喜び
となりますように。




Luna
「入門講座」で admin page top↑
人間であることを喜ぶクリスマス
2016 / 12 / 13 ( Tue ) 22:15:45
2016年12月9日(金)入門講座での
豊島神父のお話から。





「待降節第3主日のテーマは
“喜び”。

入祭唱も
集会祈願も
第1朗読も“喜び躍れ”と
“わくわく感、増大キャンペーン”
です。それは、
叙唱でも表現されています。」



「“クリスマス“というと、
12月25日ピンポイントを
祝いがちですが、
“ご降誕”を祝うということは、
降誕節第1主日からの
“自覚”“回心”“喜び”“希望”“救い”
という
プロセスが大切です。


“この私に、また12月が来た”
ということを
しみじみと味わい“喜び”ます。


現代では、
“楽しい”というと、
“テンションあがる~”という
興奮状態を指すようですが、
“本当の喜び”は、
しみじみとしたプロセスにこそ
あります。


たとえるなら
お腹のなかに子供が宿った時の
しみじみとした
“喜び”。
母親となる人の特別な現象です。」



「そして、
イエスという救い主が、
大人の姿でこの世に来るのでなく、
“赤ちゃん”として
この世に来て下さったことに
意味があります。


赤ちゃんは
すべての人が会いたいと思う存在
笑顔を共有できる存在です。
赤ちゃんは
誰かを頼っていないと
生きていけない存在。


そして、人間は、誰でも、
そういう存在です。


イエスが、“赤ちゃん”として
この世に来て下さった意味は、
神様は、
そんな、人間という存在を
共有してくれている神様
ともにいて下さる神様
痛みをわかってくれる神様
であるということ。


クリスマスは
イエス様の誕生を祝うだけでなく、
“人間が人間であることを
神様が、祝ってくれている“
ということを、“喜ぶ”祭りです。
救い主が、
人となられたことを
喜ぶのは、
そういう意味もあります。」



「人間であることを
共有してくれる神様。
“人間であってよかった!”
ということを喜ぶお祝いが
クリスマスです。」





私達一人ひとりが、人間として
今、ここにあることを
神様が祝福してくれている
のが、“ご降誕”。

私は、私のままでいい。
と、
この小さな存在を
受け入れ、祝福して下さる
神様に感謝です!





Elizabeth♪
「入門講座」で admin page top↑
ただ今ワクワク感増大キャンペーン中
2016 / 12 / 12 ( Mon ) 00:16:06
こんばんは、かかりんです。


12月9日の夜金講座で、
今年の通常の講座は終了、
16日は総まとめ特別講座が行われます。


さて、この日に
特にかかりんの心に残った福音は・・・







『喜び+希望=救い
このセットがないと
救いってものは完成しない。


自分はこれでいいって思うには
第三者が関わってくれることが必要。
他者が関わることから始まる。


喜びと希望があって、
救いに到達する。


待降節 第3・第4主日が、
救い主が生まれるということの
ワクワク感増大キャンペーン中。


私の救いが、
ちゃんと神さまによって
つながっていく、
ということのワクワク感が
喜びとリンクしている。


ご降誕、
という言葉にこだわるのは、
クリスマス、だとケンタと
ディズニーランドになっちゃう。
12月25日をイエス様の誕生日って、
ただお祝いするだけになっちゃう。


しみじみ感じないと
いけないバージョン。
喜び、希望、救い。


救い主が私たちの目の前に
生まれ出る準備をする。
マリア様が一番、
待降節シーズンを体感している。
だからカトリックは
マリア様をあがめる。


なぜ赤ちゃんだったか。
赤ちゃんで生まれた、
赤ちゃんだから、みんなが来たんだ。
赤ちゃんだと全ての人が会いやすい。
笑顔を共有しやすい存在。


神さまが人間として
誕生したというのは、
弱さを共有してくれてる
ということがまず一つあります。


共にいてくださる神さまを
実感できる。
わかってくれてる上で、
イエス様は福音を語ってくれる。
人間は弱いけれども、
その存在を神さまは是としてくれてる。』







日曜日のごミサの時に、
金曜の講座のおかげで、

「よろこび」って言葉が

「聖書と典礼」から
目に飛び込んでくるようになりました。
まさにワクワクキャンペーンを
体感しました。


入門講座に出ると
ごミサがより味わい深くなります。


「神さまの誕生日」、
それだけじゃない。
「あなたの救い」にそれが直結していて、
待降節は「私の救い」に
ワクワクする期間。
かかりんは、この福音を
心の病で苦しむ人たちに聞かせたい
と思いました。


今年も多摩教会では

23日「祈りと聖劇の夕べ」

25日「心の病で苦しむ人のための
クリスマス会」
、やります。


かかりんは両日とも合唱で参加。
ここクリでは、
うふふ、
今年はパワーアップして参戦です。


25日のここクリは、
あなたのお祝いです。
苦しんでいるあなたを、
今年も心をこめてお待ちしています。




かかりん
「入門講座」で admin page top↑
親から返ってくるものは、愛。
2016 / 12 / 08 ( Thu ) 20:49:34
12月2日の夜金入門講座。
エリザベスさんが
詳細はまとめてくださってるので
かかりんは特に
心に残ったフレーズだけ。





洗礼を受けるのは、
神に愛される子になるんだってこと。
神さまの子供になること。


親だと思って甘えていい。
親だと思って投げかけていい。


そういう親子関係。
親から返って来るものは、愛。
それが洗礼を受けた時に始まる。







かかりんは
実生活で二人の子供のお母さんです。
この世でのママ・かかりんは
日々失敗ばかり。
うちの子たちが
「親だと思って投げかけていい」
なんて聞いたら
「無理~!!」って言うかも。笑


でも、ここで豊島神父様がおっしゃる
親子関係っていうのは、
現実のこの世の親子とは違って、
神さまという完璧な親との
親子関係で、
その完璧な親からの愛
のことだと思うので、
この世の親と
うまくいってない人もご安心を!!





神父様の今回の福音を聞いて
しみじみ自分が
洗礼を受けた時のことを
思い出しました。


興奮した状態で
満開の桜並木の下を
胸をときめかせながら
しあわせな気持ちで帰ったこと。


そしてあの時から
確かに
かかりんの神様のお仕事は
本格的にスタートしたのです。


かかりんは
本業は若者たちと接する
お仕事をしています。
その子供たちに
愛情を注いで
神さまの愛を伝える事。
心の病に苦しむ人によりそうこと。
食べるのに困っている人に
ご飯を食べさせること。
神さまが、
かかりんに与えたお仕事です。


神さまがこれからも
かかりんの手足を、声を使って
福音を告げ知らせて
くださいますように。






かかりん
「入門講座」で admin page top↑
“ラディカル”な人
2016 / 12 / 07 ( Wed ) 23:05:00
2016年12月3日(土)御ミサでの
豊島神父のお話から。







「洗礼者ヨハネとイエスを思う時、
いつも、イソップ童話の
『北風と太陽』を思い出します。


聖書のなかで
二人は対照的に描かれますが、
洗礼者ヨハネは厳しい人、
イエスは優しい人と
とらえるだけで
いいのでしょうか。」


洗礼者ヨハネは、
毛衣と革の帯を身につけ
厳しい姿で言います。
“最後の日の裁きが迫っている。
だから、ふさわしい実を結べ“
“終わりの日、こうなる。
だから、覚悟しておけ!“


ヨハネは、荒れ野にいますが、
荒れ野は、
神の道から離れた人や、
方向性が見えない社会の現実、
砂嵐のような情報の中に生きている
現代の社会のようでもある。


現代社会でも、
“道を整えよ!”
“主の道をまっすぐにせよ!”
という
ヨハネの言葉が響きます。



“洗礼者ヨハネは最も偉大な預言者”
と、イエス様は言われました。


ヨハネの生き方には、
曲がったところがなかった。
言うべきことを言って
人に、迎合しない。


今の世の中でも、
教会のなかでも、
信念を貫こうとすると
頑固すぎる
と批判されますが、
洗礼者ヨハネは
非難があっても負けなかったし、
私達も、
負けてはいけない。


みんながニコニコして
言うべきことを言わない
そういう世界では
いけない。



洗礼者ヨハネは、本当の意味で
“ラディカルな人”でした。
ラディカルの
本来の意味は、ラテン語の
ラディクスという言葉
“物事を根っこから考える”
から来ています。


方向を失った現代社会において
“根本”から
“ともに生きる”という意味を
問い直すこと。


洗礼者ヨハネは、現代の私たちにも、
“どの生き方が
根っこからの生き方か?“
と問いかけます。



現代にも、
愛のため、正しいことのために
戦っている人がいます。
環境や平和、いじめ、
人権、貧困に対して。


教皇も、
教会に呼びかけています。
私たちも、あきらめていないで、
“目覚めていなさい“
という厳しい声にはっとして、
周りの人に
愛を示していきましょう。


ヨハネの厳しい声に、
“生き方の根本”がある。


私たちも
そういうヨハネの言葉を
受け継いで、
イエス様を迎える準備をしながら
ご降誕を迎えたいと思います。







“ラディカル”に
自分自身の生き方の“根本”を
見直すことができますように…




神に感謝!
Elizabeth♪
御ミサで admin page top↑
主イエスと共に生きる
2016 / 12 / 07 ( Wed ) 15:32:52
待降節第2主日の福音
のメッセージは
洗礼者ヨハネによる


救いが始まるよ~!
救いを見逃してはいけないよ~!
救い主はイエス・キリストだよ~!
(by豊島神父)


だから、イエス様を迎える
準備をしましょう。
回心しましょう、ということ・・・。



悔い改め=回心とは
親子関係、夫婦関係、友達関係
などなど、さまざまな人間関係の
固定金具を外して、
ガツンと神様のほうへ向き直ること。

と豊島神父様は12月2日の入門講座で
おっしゃいました。





う~ん!すぐにそれができたら、
苦労はしないよ~~~
ですよね~~。


心の中はでこぼこ、でこぼこ。
いつも様々な感情が入り乱れ、
神様のほうを向いたかな~
と思ったら、
すぐに、地上の物事、人々へと
移ろってしまう・・・。


人間の悲しい性?!


自分の力では、自分自身の心さえ、
コントロールできない・・・。


でも、神様はいろいろな方法で、
いろいろな出来事を通して、
わたしたちを否応なく、
神様のほうに向かざるを得なく
させてくださる・・・、
そんな気がします。


時に、それはとても痛い
荒療治のこともあるのだけど、
治療が終われば、
痛みはすっかり消え、
心の中はスッキリ、晴ればれ。


いつのまにか、
神様のほうに心が固定され
少しの間だけど、
恵みの雨で満たされているのを
感じるのです・・・。


一人ひとりの心の奥深くまで
降りてきてくださり、
忍耐強く!
癒し、清め、導いてくださる、
そんな神様の、
とてつもなく謙遜な慈しみのみ業に
心からの、賛美と感謝!!








もうすぐクリスマス!

いえ、毎日がクリスマス。
毎日、新たな心で救い主を
お迎えしたい!
と思います。



洗礼の恵み・・・、いちばんは

しょうもない弱さを持っている
人間に対し、イエスが
『私はあなたと共にいるよ』と
至上最強の応援を与えてくださること
(by 豊島神父)

に気づき、感謝して
主イエスと共に
生きていけることかな・・・
と思っています。




Luna

「入門講座」で admin page top↑
洗礼をうけると…
2016 / 12 / 04 ( Sun ) 22:40:35
2016年12月2日(金)入門講座での
豊島神父のお話から。





「待降節第2主日のテーマは
“洗礼者ヨハネ”。


“ヨハネ”は
“神は慈しみ深い”とか
“神は恵み深い”
という意味です。


洗礼者ヨハネは
6月24日が誕生日。
イエス様より6か月前、
夏至の頃です。
夏至から
お日様が減っていくように、
ヨハネは
輝きが減ってくる役割です。
これに対して、
イエス様の誕生日は
冬至の頃。
お日様がだんだん
増えていきます。


洗礼者ヨハネは
登場から輝いていた。
『主の道を真っすぐにせよ!』
と、人々に呼びかけて、
すごく人気があった。


でも
預言者は
イエス様がメシアであると
指し示すためにいる。
洗礼者ヨハネは
イエスに洗礼を授けてから
登場が減っていきます。」


「マタイ3章13章で
洗礼者ヨハネは
イエスに洗礼を授けます。

天が
イエスに向かって開いたのは
この時と十字架の時。」





「よく、“洗礼を受けたら
どうなるんですか?”
と、聞かれますが、
洗礼を受けると、
天から声がする。
『これは私の愛する子』
と。


“洗礼を受ける”
ということは
神様と
親子の関係になること。
神様の愛する子になる
ということです。」







神様は
私たち一人ひとりに
『あなたは私の愛する子。
私の心に適う者。』
と、言って下さることを
いつも、忘れずに
いられますように!





神に感謝!
Elizabeth♪
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謙遜に生きる
2016 / 12 / 01 ( Thu ) 17:30:04
2016年11月27日(日)ミサ後の
山口神父の講話から。





“目覚めて生きる”とは
神様を意識して生きること。
すべて
神様に生かされていることに
気づいていくこと。



アッシジのフランシスコは
『ご聖体は、偉大なる謙遜である』
と、800年前に言われました。

“目覚めて生きる方法”とは
“謙遜に生きる”こと。

それは、
“祈ること”と“聖書を読むこと”。
聖書を読むことで
気づくことがある。
アッシジのフランシスコは
聖書を、ほとんど記憶していた。


アッシジのフランシスコは
『祈り』そのものだった。
常に
祈っている雰囲気だった。

ご聖体のことに
よく集中していたそうです。
司祭の手に下る
神のご謙遜を、よく思っていた。
“私たちに食べられるために
こんな小さなパンになられるとは、
なんという偉大なご謙遜“
と言っていた。


注意してくださいね。
“自分は謙遜だ”と思っている人は
謙遜じゃない。

謙遜は、生涯、到達できないもの。
よいことを、すればするほど
謙遜ではなくなる…


アッシジのフランシスコが
よく黙想していたのは、
“ご聖体”“十字架”“受肉”。

“受肉”は、
神が、赤ちゃんに
なって下さったということ。
“人となった驚き”
“無力となった驚き”


フランシスコは、“自分は罪人だ”
と、心底、思っていた。
謙遜だとは、思っていなかった。

もっと平和に生きたいと思うなら
フランシスコの心を
学ぶことです。

フランシスコの先生は
マリア様。
マリア様は、イエス様を
赤ちゃんの頃から
最も、よく知っている。
神様の謙遜を、知っている。





山口神父の修道服は
コルベ神父と同じ形だとか。
アッシジのフランシスコを見習って
いつも謙遜でありたい…です。




神に感謝!
Elizabeth♪

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