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謙遜に生きる
2016 / 12 / 01 ( Thu ) 17:30:04
2016年11月27日(日)ミサ後の
山口神父の講話から。





“目覚めて生きる”とは
神様を意識して生きること。
すべて
神様に生かされていることに
気づいていくこと。



アッシジのフランシスコは
『ご聖体は、偉大なる謙遜である』
と、800年前に言われました。

“目覚めて生きる方法”とは
“謙遜に生きる”こと。

それは、
“祈ること”と“聖書を読むこと”。
聖書を読むことで
気づくことがある。
アッシジのフランシスコは
聖書を、ほとんど記憶していた。


アッシジのフランシスコは
『祈り』そのものだった。
常に
祈っている雰囲気だった。

ご聖体のことに
よく集中していたそうです。
司祭の手に下る
神のご謙遜を、よく思っていた。
“私たちに食べられるために
こんな小さなパンになられるとは、
なんという偉大なご謙遜“
と言っていた。


注意してくださいね。
“自分は謙遜だ”と思っている人は
謙遜じゃない。

謙遜は、生涯、到達できないもの。
よいことを、すればするほど
謙遜ではなくなる…


アッシジのフランシスコが
よく黙想していたのは、
“ご聖体”“十字架”“受肉”。

“受肉”は、
神が、赤ちゃんに
なって下さったということ。
“人となった驚き”
“無力となった驚き”


フランシスコは、“自分は罪人だ”
と、心底、思っていた。
謙遜だとは、思っていなかった。

もっと平和に生きたいと思うなら
フランシスコの心を
学ぶことです。

フランシスコの先生は
マリア様。
マリア様は、イエス様を
赤ちゃんの頃から
最も、よく知っている。
神様の謙遜を、知っている。





山口神父の修道服は
コルベ神父と同じ形だとか。
アッシジのフランシスコを見習って
いつも謙遜でありたい…です。




神に感謝!
Elizabeth♪

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