FC2ブログ
『わたしのために』こんなにしてくださって。
2016 / 12 / 29 ( Thu ) 00:28:19
クリスマスが終わると、
世の中は一挙に
お正月に向かって加速。


年の瀬のあいさつは決まって、
良いお年を!


いろんな”想定外”のことが起こりそうな
予感を払いのけて、
本当に、2017年は良い年に
なりますように!と願うばかりですが・・、

(先ほども、
茨城で大きめの地震がありました・・・。)


でも、もう少し、降誕際の余韻に
浸っていたい。

‥ということで、
パパさまのお説教を味わいながら、
主の降誕の恵みを
ゆっくりかみしめたいと思います。





以下に少しだけ抜粋して
ご紹介しますね。


全文はこちら→教皇フランシスコ、2016年の降誕祭ミサ説教




神は遠くにおられるかたではありません。
空の彼方や神秘的な観念の中に
神を捜す必要はありません。


神はすぐそばにおられます。
神は人となられ、
決してご自分の民である
わたしたち人間から離れません。




イエスは
ベツレヘムで生まれます。
ベツレヘムは「パンの家」という意味です。
イエスは「わたしたちのパン」として
お生まれになったと
言っているかのようです。


イエスはわたしたちに
ご自分のいのちを与えるために
わたしたちの人生に入ってこられます。


イエスはご自分の愛を
わたしたちに与えるために
この世に来られます。


イエスはわたしたちを搾取し、
支配するためではなく、
わたしたちを養い、
わたしたちに仕えるために来られます。


こうして飼い葉桶と十字架は
一本の糸で結ばれます。


イエスは
「裂かれるパン」になられます。


それは与えてゆるす愛、
わたしたちの人生に光を投げかける愛、
わたしたちの心に
平和をもたらす愛の
一本のまっすぐな糸です。

・・・

わたしたちを引き寄せてくださる神に
さらに近づきましょう。
馬小屋の光景を眺めるために
しばし立ち止まり、
イエスの誕生を思い描きましょう。


そこにあるのは光と平和、
貧しさと拒絶です。


羊飼いたちと一緒に、
真の主の降誕にあずかりましょう。


そして孤独、いやされない傷、
罪をも含む自分のありのままの姿を
イエスに差し出しましょう。


そうすれば、イエスのうちに、
真の降誕祭の精神と、
神に愛されていることの
素晴らしさを
味わうことができるでしょう。


マリアとヨセフと共に、
飼い葉桶の前に、
そしてわたしのいのちのために
パンとしてお生まれになった
イエスの前に立ちましょう。


そして謙遜で無限である
イエスの愛を思いめぐらしながら、
イエスにただこう言いましょう。


「ありがとうございます。
『わたしのために』こんなにしてくださって、
ありがとうございます」。



教皇フランシスコ

(2016.12.27)




Luna
未分類 admin page top↑
* HOME *