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キリスト者の後姿
2017 / 02 / 06 ( Mon ) 23:06:50
2月5日の日曜日。
病者の日のごミサのお話。


かかりんは
ごミサの時は
マルタの妹のマリアのように
お話を聴くことに集中したいので
メモはとりません。
なのでちょっと表現が
神父様の言葉と違っていると思います。
でも今日のお話で
一番心をわしづかみにされた箇所。





病者の日のミサをして
病者を訪問しなくちゃ意味がないと思ったので
入院している人のところに
土曜の夕ミサの後に
面会時間ギリギリに訪問して
滞在時間30秒。


大変難しい病気で
筋肉が動かなくなって
とうとう胃の筋肉が動かなくなってしまった。
重篤な状態のその方に
以前聞いたことがある。
どうしてそんなふうに
笑顔でいられるのかと。


その方は
元気だったころは病院で働いていた方で
そのころの患者さんに
もう治らない重い病気で
入院されていて
でも、いつも笑顔を絶やさない方がいた。


その人は病院の人がいる時はいつも笑顔
でも誰もいない時は
一生懸命起き上がって
窓に向かって
ロザリオを唱えていた。
その時


カトリックの人ってこうなんだ。
こういう風でありたい


そう思った。
その経験がなかったら
今、自分はこうではいられなかったかもしれない。


そう答えられた






こんな内容であったと思います。


かかりんはこのお話で涙腺決壊。
そしたらすぐ横ですすり泣く音が。
横を見ると
隣にいたコスモスさんも
涙をずっとぬぐっていらっしゃったのでした。


キリスト者は
こんな風に
病床でロザリオを唱える後姿で
福音宣教をすることができるのだ。


かかりんはそう思いました。


かかりんは
とても弱い心の持ち主なので
かつて5年後生存率50%以下の
難病の疑いがかかった時
とても動揺して
「まだ死にたくない!
こわいよう。」と夫に泣きついたことがあります。


いつか本当にこの世での命の終焉が近づいた時
こんなすばらしいキリスト者の先輩たちのように
凛とした姿でいられたなら、と思います。


豊島神父様のお話、
説教集を出すべきだと思うのは
かかりんだけじゃないと思います。


毎週何気なく語られる
豊島神父様の福音を
たくさんの方にぜひ聞いてほしい、
目にしてほしいと思っています。


豊島神父様、
いつもすばらしい福音をありがとうございます。
今朝ひどく咳込んでいらっしゃいましたが
大丈夫でしょうか。
どうかお身体大切になさってくださいね。




かかりん

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