FC2ブログ
平神父さまの特別講話
2019 / 07 / 31 ( Wed ) 09:41:32
7月28日(日)は
コンベンツァル・フランシスコ会の
平神父様の
特別講話がありました。

テーマは「なぜ祈るのか」

平神父様のお話は
いつもとても分かりやすくて
聞いたあとにストンと心に
落ちて残ります。
今回のお話で
特に心に残ったことを
少しだけご紹介しますね。





人間の本質は祈りそのものです。
神様は人間をはかない存在として
造られました。
塵にすぎない人間だからこそ
人は生きている限り
完全で永遠な存在である
神様を求め続けます。
その姿が祈りそのもの。


祈るときには聖霊が働きます。
何かを願って一生懸命祈るとき、
その願いがそのまま叶うとは
限らないけど
聖霊は必ず働いています。


イエス様を死者の中から復活
させることが出来るほどの力が、
聖霊にはあって,
祈りによって
神様は聖霊を
私たちに送ってくださいます。





誰かのため
時には自分のために
必死に祈ったけれど
その願いが叶わないと
ガッカリしますよね。
私も一度や二度ではありません。


でも少し経って
あるいは何年もたったあとに
長い目でみると、
あの時の願いは
叶わなかったけれど
あれで良かったんだ!と
必ず思うのです。
そんなとき
確かな聖霊の働きを感じます。


平神父様がミサのなかで
日本語に対応した
言葉がないけれど、
と前置きして
あるイタリア語を
紹介してくださいました。
何か人に頼まれたときに
「いいよ」というような感じで
使う言葉ですが
直訳すれば

「あなたのために
時間をあけてあるよ」

という意味だそうです。


「祈る」のもまさにそう。
神様の愛と聖霊の働きを
敏感にキャッチできるよう
祈りによって自分の心を
神様にむかって
オープンにしておきたい!
そう思いました。


ドングリ
多摩教会で admin page top↑
823543
2019 / 07 / 19 ( Fri ) 08:12:43
本日夏休み前の
金曜入門講座
最終日です





朝から京王線が
止まっている。
小田急多摩線も。
あら~と
ラジオでききつつ
駅を通ると
いつもない流れが
多摩モノレール線に
みんながそっちに
向かっていて


こんな日は
は~いみなさん休みましょ
ってなったりしないのかな~
そんな休みなら、
教会にでもいくか
とかならないかな~
と朝から想像力たくましく
思っていました。


さて、タイトルの数字
文字化けではありません。
なんでしょう?
想像してみてください。


とあるコンビニに入ると
7倍辛いとか7倍大きいとか
この7のつく
7月に出てくるお菓子が
あったりします。


聖書にも、
7の7倍ゆるす
というのが出てきます。


この7倍シリーズに
小さい頃食べられなかった
お菓子がありまして、
⚪子も、7倍大人になったし
と求めてみると!
あらまあ食べられる‼
しかも美味しい


やっぱり味覚が
変わったんだわ
と、1/7のオリジナルを
手にしたらば
あれ?昔の感覚と同じ。


大きくなるとゆるせちゃうことが
他にも沢山あるのかも?


狭い日本、
そんなに急いでどこへいく
変な天候に
疲れのたまった今だから
7倍大きい息をして
7倍素敵な福音に出逢い
7倍大きくなった
心の7人のもの同志が
出会ったら
7の7倍どころか
7の7乗かな


で、お気づきでしょか?
7の7乗が823543です
すんごいな~


7倍の福音
食べに?いらしてください
お待ちしてます


⚪子
「入門講座」で admin page top↑
素敵なお祈り♪たち
2019 / 07 / 04 ( Thu ) 21:48:00
いつも明るく、
「教会にいきたいな~
いいな~」と
言ってくれる笑顔を求めて
「おいでよ~」って
言うときだけ笑顔な
⚪子がおりまして
今朝もi言ってしまった
人は笑顔を
求めるもんですよね?


最近、外にある掲示板が、
やおら充実しているのを
ご存知ですか?
掲示板は夜中でも
外に向いて
たってますので、
是非足をとめてご一読


明日、金曜日は、
朝10:00のはつきんミサ
から始まり、
昼夜入門講座あります


今、掲示板を見に行ったらば
はつきんミサが
どんな祈りに向かうのかが
書いてありました


以下、はじめと終わりを抜粋♪

「この主に目を注ぐことによって、
わたしたちは人の苦しみと必要に
もっと気づくことが
できるようになります。」

「初金にあたり、
イエスのみこころに
満ちあふれた神の愛を想い、
その愛に与りながら、
自らも神の意志を
実現する道具として
生きる決意を
新たにするとともに、
神が作られた命を育む
すべての兄弟姉妹に、
思いを馳せて
生きたいと思います。」

この掲示すぐ
なくなっちゃうんですよね~
もったいない。
外し忘れて欲しいもんだ。
せめて、誰かに届くかと、
うつし打ってみました。
蚊にさされつつ。かゆい。


この天候激しい日々、
ダメージ極限!ですよね?
なにかがずれてくそんな時、
飽和状態にあっぷあっぷ。
心が痛くて、うけとめらんない。

もおだめだ~なそんな時には、


この掲示板の横に貼ってある
お祈りを思いを出せたらな
って蚊にさされ続けるのでした。


「自分と仲良く生きる。
シスター渡辺和子」
で検索したら
出てきますかね?


消えないうちに
実物掲示板見に来てね
そして、神父さんの福音きいて
一緒にお茶でもいかがでしょう
待ってま~す


蚊に8ヶ所かまれていた 
⚪子
「入門講座」で admin page top↑
猪熊神父様講話
2019 / 07 / 01 ( Mon ) 09:20:42
今日(6月30日)は多摩教会出身の
猪熊太郎神父様の
司祭となって25年の
お祝いの会があり、
ミサ後講話がありました。





司祭になるとなぜ司祭となったか
聞かれることが多いそうですが、
明確な理由はないそうです。


神さまに導かれたとしか
言いようがないのだそうです。


司祭になってからを振り返ると
病気または高齢の司祭と
一緒の生活と
勝手気ままな一人の生活が
なぜか交互にやって来ました。


体が思うままにならない
高齢の司祭との生活を通して
「共に生きる」とはどういうことか
考えさせられました。


神父様は
「寄り添う」という言葉が
嫌いだそうです。


「寄り添う」だけの人は
いっぱいいる。
大事なのは
その人が求めていることに
応えること。


自分が与えられた能力を
人にプレゼントする、
それが本当の意味での
「共に生きる」なのです。


例えば、
人にお金をあげたとします。
その人はお金をあげた私
ではなく、神に感謝しました。
私は誰からも
何ももらってないのでしょうか?
私はお金を人にあげるという
チャンスをいただいたのです。
お世話をするチャンスを
いただいたと考える、
そういう生き方もあるのです。
それが聖書の世界です。


今、社会が
教会に求めていることに
応えられない教会、
自分たちだけのことしか
考えていない教会は滅びます。


11年後は
主任司祭豊島神父様が
25周年を迎えます。
今、私たちに出来ることが
あるはずです。
世の中の人にプレゼント🎁
していきましょう。





自分の能力を使っていただける
機会に恵まれたなら感謝する、
あらためて
キリスト者としての生き方を
考えさせられたお話でした。


アメリ
多摩教会で admin page top↑
* HOME *