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江戸の殉教地への旅 二日目の午前
2018 / 08 / 27 ( Mon ) 10:35:55
これは
「江戸の殉教地への旅 一日目」の続きです。



8月24日の金曜日。

朝ごはんを食べて、
ホテルをチェックアウト後、
歩いてすぐのカトリック神田教会で
朝ミサに参列します。


かかりんは意外にも
多摩教会以外の教会には
あまり行ったことがありません。
もちろん神田教会は初めて。


xxx-edo4.jpg


ビルの立ち並ぶ街中に突然現れる
重厚でクラシックな雰囲気の大きな教会。
色は違えど、
なつかしい長崎の中町教会に
なぜか雰囲気が似ていると思いました。


ああ、鶴巻神父様、
お元気でいらっしゃるかなあ。
橋本神父様のお話面白かったなあ、
みなさんにまた会いに行きたいなあ、と、
ひとしきり盛り上がり、
巡礼団は聖堂の中へ。


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平日の朝ミサであるにも関わらず、
聖堂内はかわいらしい女の子でいっぱい!!
みんなワンピースに白いレースのソックス、
黒いストラップの革靴をはいてます。


「なんで女の子がこんなに多いのかな?」
と不思議に思いつつ、
ミサの式次第を見て、
かかりんは思わず「あっ!!」と叫んで
かわいらしいお嬢さんたちの注目を
あびてしまいました。


その日のごミサの閉祭の歌が
なんと「あめのきさき」だったのです!!


長崎の神ノ島教会の近くの
大きなマリア像の下に
「あめのきさき」の歌詞があって
仰天した時と同じくらい
びっくりしました!!
案外いたずら好きなイエスさまが
こちらにウインクしたような気がしました。


女の子だらけの秘密は
ごミサが始まってすぐに
神父様の説明で明かされました。
この日はとあるカトリックの女子小学校の
ごミサだったのでした。
かわいい女の子たちのごミサに
にこにこしながら聖堂を出て、
神保町まで歩いて小伝馬町へ移動します。


小伝馬町の牢屋敷跡。
ここは吉田松陰の終焉の地として有名で、
吉田松陰の石碑も立っていたのですが。


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この石碑のある十思公園は、
宣教師や多くのキリシタンたちが
収容された場所でもあること。


そして、ペトロ岐部が穴釣りの刑によって
殉教した可能性が最も高い場所
とされていること。


この辺りの地面は
処刑された人の血で
真っ赤に染まっていたと
伝わっていること。


吉田松陰のような有名な人には
石碑が建てられたりするけれど、
名もない人はなんの跡も
残してもらえなかったこと。


我が歌う巡礼団のツアコンAさんが
ふるえる声でそっと話してくれました。


ペトロ岐部は、ご自身の命を
天の国の証のために
捧げてくださったのだ、

ツアコンAさんの言葉が
巡礼団の胸をうちます。


命を捧げたたくさんの人々のおかげで
今の平和な日本があったのです。


毎週当たり前のように
ごミサに与る私たちですが
それが当たり前ではなかった時代が
あったことを胸に刻みました。


近所の人々が思い思いに休んでいる中、
ちょっと気が引けましたが
「ここで歌わずいつ歌う!!」と
巡礼団はテーマソングの
「あめのきさき」を歌います。
天国の殉教者の皆さんの心に
どうか届きますように!!


長くなるので、
まさかの「二日目の午後」につづく。



かかりん
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