FC2ブログ
お花畑
2018 / 07 / 13 ( Fri ) 00:53:15
花を咲かせよう
花を咲かせよう


見事な花
綺麗な花
可愛い花
大きな花
小さな花
名もない花


儚い花
逞しい花



それから
葉っぱ葉っぱ葉っぱ


森の中湖の中
海の中砂漠の中山の上谷の底


空と大地の間


アスファルトとコンクリートの隙間


xxx-flow.jpg


私の花
あなたの花


いつかお花畑に風が吹き香り立ち


それはそれは壮大な景色に違いない


そんなこんな
あんなこんな
花花花




かなぶん
未分類 admin page top↑
シスター内海郁子の拡大入門講座
2018 / 07 / 02 ( Mon ) 21:09:43
こんばんは!!かかりんです。


今日はシスター内海の
拡大入門講座が
ミサ後行われました。
シスター内海は
多摩教会聖堂の
イコンの製作者でいらっしゃいます。


シスターのイコンのお話は
難しいから「中級編で」って
豊島神父様はおっしゃってましたが、
いえいえ、全然。
終始笑顔で、はにかみながら
一生懸命お話してくださる
シスターのお話は
とても温かく、感動的なものでした。





なかでもかかりんは、
「イコンは、私ではなく、
神様が書いていらっしゃるのです。
神様は手がないから、
私の手をお貸しするのです。
いつまでに仕上げよう、
とか時間を気にしたり、
いくらにしようかな、
なんてことを考えてると
絶対にイコンは書けません。
イコンは祈りです。」


こういう内容であったと思いますが、
そこにとっても心をうたれました!!




それから、多摩教会のイコンは
ご聖櫃と対になっていて
祭壇をはさんで
対称に置かれていること。
ご聖体と対であるから、
イエス様はマリア様の
おなかのなかに入った状態で
書かれていること、
などを教えてくださいました。


かかりんはずっと、イエス様が
マリア様のおひざに
座ってらっしゃるところだと
思っていたので、
「へええ!!」とボタンがあったら
連打したいと思いました。笑


シスター内海、
すばらしいお話を
ありがとうございました!!
シスターとお話したい
信徒が多すぎて
お食事もままならなかったのでは
と思いますが、
ぜひまた帰国された時には
多摩教会にいらしてくださいね!!





そして今日は
豊島神父様の霊名の祝日でした。
かかりんもロザリオの祈りを
お捧げしました。


豊島神父様は

「皆さんにとって私は
便利な神父ではないと思います。
でも、教会を聖なる方へ導くべく、
働きますので
よろしくお願いします」

というようなご挨拶をなさいました。


ハイ、神父様。
神父様にはきっと、
いろいろなことを考えた末の
お考えがあってのことですよね。


私たち、信徒一同、
神父さまを信じて
ちゃんとついていきますから、
これからも福音シャワー、
どうぞよろしくお願いいたします。


神父様が健康に恵まれて、
ますますお元気に
活躍されますように。



かかりん
多摩教会で admin page top↑
イコンについて ~シスター内海のお話
2018 / 07 / 01 ( Sun ) 21:40:58
今日のミサ後は「拡大入門講座」
シスター内海郁子の
イコンについてのお話がありました。




シスターのお母様は
多摩教会の信徒の方です。
そのご縁で2000年に
お御堂が出来たときに
イコンを書いていただきました。
(イコンは"書く"と言います)


マリアさまのおからだ中に
書かれている
幼子イエスさまのイコンです。


ちょうど祭壇に向かって
ご聖櫃
(聖別されたキリストのからだ
であるご聖体が安置されている)
の反対側に掛けられているので、
マリアさまだけでなく、
私たち一人一人の中にも
いてくださるイエスさまを
イメージしたそうです。



シスターの所属するエルサレム会は
都市の中の修道会。
半日は仕事に出かけて行く
修道会だそうです。


先生もいれば事務職の人もいる、
シスターはイコンを書いたり
教えたりすることが
仕事だそうです。


人にはそれぞれの召命があります。
誰もが聖人になれるのです。
自分の置かれた立場で
神の愛を伝えることが出来ます。


神に出会うのは
人がいるところです。
とお話ししてくださいました。


シスターがイコンを書くときは
神さまによって
書かされていると感じるそうです。


なぜなら神さまは手がないから
シスターの手を借りて書く
のだという意識のうちに
イメージになった神の言葉を書く。


そして一番大事なのは祈り。
祈りながら書くのです。
祈りを大事に
というのがお話しの締めくくりでした。



そんな多摩教会のイコン。
一度是非見にいらっしゃいませんか?


アメリ
多摩教会で admin page top↑
拡大入門講座
2018 / 06 / 18 ( Mon ) 22:44:05
今日(6月17日)は拡大入門講座、
CTVC
(カトリック東京ボランティアセンター)の
シスター丸森
(幼きイエス会ニコラ・バレ)
「傾聴」についてのお話でした。





シスターは福島県郡山のご出身です。
2011年の震災の直後、
故郷のために何かしたいと
「傾聴」の集中講座を受けられ、
傾聴ボランティアをはじめられました。


震災では多くの方が
沢山のものを失くしました。
聴くことによって
その喪失よる心のケアを
されてきました。


魂の苦痛ースピリチュアルペイン、
自分の実存に関わる苦痛は
計り知れないものです。
「何で私が?」という
人間には答えが見つけられない
問いを続ける方の心に
寄り添うということは
大変難しいことです。


それを全身全霊で聴く。
自分が発した言葉が
相手を更に傷つけてしまうという
二次災害も起こり得ます。
そうならないように
気をつけることは沢山あります。





シスターのお話を聞いていると、
シスターは神さまに聴く、
そして気づくということを
いつもされていることに
気づきました。


それだけ神さまを信頼し、
導かれているのだと思いました。


私も「単なる思い込み!」
なんて思わないで、
ちょっとした小さなことにも
敏感でいよう。
そうじゃないと
せっかくの神さまからのメッセージ、
見逃しちゃう。もったいない!



アメリ
多摩教会で admin page top↑
シスター丸森拡大入門講座
2018 / 06 / 18 ( Mon ) 11:25:18
本日6月17日(日)は
カトリック東京ボランティアセンター
(CTVC)で
傾聴の指導をしておられる
シスター丸森秀子による
拡大入門講座が行われました。



かかりんには
永山駅でシスターをお迎えして
教会にお連れするという
重要なお役目が!!
もちろんシスターとかかりんは
お互い初対面です。
でも、シスターは
普通のお洋服を着てらっしゃるそうで、
かかりんはシスターを見つけられるか
ちょっぴり不安・・。


そこでかかりんは前の日に
「シスター丸森
多摩教会へようこそ!」

というプレートを作り、
当日改札でシスターをお待ちしました。


思ったより乗客が多くて
かかりんは通行人を見て目を白黒。
案内板を持っているので
皆さんかかりんを見るので
ますますあせります。


そ・し・た・ら・ね。
かかりんを見て、笑顔で
手を振ってくださるご婦人が!
ああ、神様、無事にシスターに
お会いできました。
初めてお会いしたシスターは
昔からのお友達みたいに
笑顔で気さくに
話しかけてくださいました。
かかりんは心からほっとしたのです。


そして、ごミサのあとに、
いよいよ拡大入門講座が
始まりました!!


最初のほうでシスターが
自己紹介をなさるときに
「こんなにベラベラしゃべってるのに
口が重いなんて言えませんが、
私は口の重い東北出身なんです。」
とおっしゃって
テヘペロって肩をすくめたお姿に
思わず場内からは「かわいい!!」
と声が続々。


長年傾聴ボランティアをなさってきた
シスターの
お話は考えさせられ、
反省させられることばかりでした。


xx-keich.jpg


「聴の旧字体には
耳と目と心、
そして十字が含まれている。
耳と目と心と十字架と共に聴く、
こういう聴き方が大切。


人間、じゃなく、〇〇さん、と
名前を持った固有の存在と
話しているということを忘れない。


最後まで聴く。
話の途中で切らない。


良い聴き手になるには
傾聴モードに切り替える。
今から中心は相手。
主語は私ではなく、あなた。


相手の言うことを反復して
少し待つ。
この待つのが難しい。


話題を変えない。
自分に話を持っていかない。
プライバシーは守る。(守秘義務。)
あわれみはいらない。
自分を見つける手助けをする。
乗り越える力があると言わない。
わがまま、とか言わない。
気休めを言わない。


聴いた人のケアも必要。
無理はしない。


聴くことは簡単ではない。
心して聴くのが大切。
その姿勢を培っていく。」


最後にシスターは
「白河みみずく」(注)
の祈りの詩を
みんなで唱えて
終わりにしましょうとおっしゃいました。
でも、かかりんは泣けてきて
涙がとまらなくて
声を出して祈ることができなくなりました。
それはこういう詩でした。


xx-2keich.jpg


「傾聴  白河みみずく

心を尽くし
まことを尽くし
礼を尽くし
わざを尽くして

膝をかがめ
目の前のこの方の
気懸かりを
全身 全霊で聴く

魂を聞く傾聴が
最善 最良の

最後の支援であり
聴くことは役に立つと信じて

聴くことは 愛すること」


この祈りを唱えて
傾聴モードのスイッチを入れるそうです。


激しい感動でした。


かかりんは
ずっとカウンセリングとか
精神保健福祉とかの分野に
大いに興味を持って
これまで生きてきたのですが
きちんと調べて勉強してみたいと
強く思いました。
かかりんの人生の
この先忘れられない一日になりました。


シスター、すばらしい講演会を
ありがとうございました。
またお会いできますように。



かかりん


注)シスター丸森が関わっておられたCTVC支援の
福島県白川教会 傾聴ボランティアグループ(2017年4月20日で活動終了)の名称。
『傾聴』は「白河みみずく」を立ち上げたときのリーダーの方が作られたそうです。
多摩教会で admin page top↑
おーでぃなりー毎日♪明日も待ってます♪
2018 / 06 / 14 ( Thu ) 12:58:55
朝ミサっていいな~って
この不順な天候が続くと
そんな中に、変わらず
毎日捧げられているミサが
余計にありがたい


朝は、神父さんの凝縮された
一分位の短いお説教
というのがまた、
いくてですね



日々、これを聞いている
聞けている今の自分は、
この時をもてて幸せ。


他にはなにももってないけどね
それにまさるかな。



せめて0.001ミクロンレベルでも、
いいものを伝えなくちゃと
思ったりもします


この、ネガティブ
になりがちな時こそ
ということで、
レッツTRY!





今朝の福音は
誰にでも思いあたるところ。
マタイの5章20-26
『兄弟に腹を立てるものは
だれでも裁きを受ける。
兄弟に『ばか』という者は、
最高法院に引き渡され、・・・』
とかとかの箇所で。


あれ、わたし昨日の夜、
ばっかだなーって
笑いながら言ったなぁ~と
思わず、愛すべきバカを
わざわざしてくれる仲間のメールに、
思わず、ほめ言葉のバカを
つぶやき、ありがとって
思ったなぁ。。。
こういうのは、
どうなるんだ?とか。
想いながら福音をきいていたわけです。


神父さんのお説教では、
今日の箇所のその最後
『最後の1クァドランスを返すまで、
決してそこから出ることは
できない』からなにか得るものが
あったら。という向きでした。


心の隅の、一点の曇り、さえも、
神はクリアになることを
望んでいて。
人生の中のほんっっの数秒
だけだとしても、かみさまによって
輝く日々でないと。
それができない一日だったら、
それを栄光に変えてくださるよう
かみさまに祈ろう
すべては主のもの。
っていうような、朝ミサお説教でした。





短い凝縮お説教を
これ以上凝縮できないのに
かいつまんでみたらば、
やっぱり伝わりきれないな~
お説教は生いのち!!
福音に触れに来てください
ミサに
講座に
教会に



明日も朝!昼!晩!
講座やってます


聖書を自分できいて、
あれ?と思うそんな時に、
違う目線の自分にはナイ、
ほへ?って思うような驚きが
神父さんのお説教やら講座には
あるわけです。


一点の曇りは、
誰にでもあるもんで。

がんじがらめになるまで、
ナイところから煙のたつ
あけてびっくり、なんじゃそりゃ?
なことの多い世の中。
本当のことは、
かみさまと自分しか。
いや、自分も知らないときがあり。

それを知ったときに愕然とし、
虚しく、哀しくなるもんですが、
心臓に毛の生えるか、
心の壁をかたーくして
ぶあつーくおおってないと
ずっきり。グッサリ。ぽっきり。
それでも、そこにいるというのは
結構大変なこと。


けれども、最近よく目にする言葉、は、
神様の愛に、聖霊に
<包まれていよう>
という言葉。
自分の心をカタクするんでなく、
黒いものはブルブルっと、
はらいおとして
プルンっと潤った心に保つ
福音をまとって、
限りなく透明なクリアな心で
いられるよう。
ほんとうの福音として
とらえる目線に
置き換えていきたいです



まずは自分のネガティブから
払拭しなくちゃ、と、
自分の胸に手をあてて
一点の曇りもなきよう、
かみさまとお話したいと思います。


ネガティブは寄せ付けないのが
大事かな?




〇子
「入門講座」で admin page top↑
心の声
2018 / 06 / 11 ( Mon ) 00:08:56
こんばんは!!かかりんです。

6月8日の夜金講座は
うれしい里帰りのメンバーがいたり、
いつもより大賑わいで
行われました。


この日の講座では
祈りについて、とか
生きることは息をすること、とか
ステキなメッセージが
たくさんあったのですが、
詳しいことは書かないお約束なので
それは講座にいらしてぜひ
ご自分で直接
聞いてみてくださいね





かかりんはこの日は
「脳はバカ、腸は賢い」という
お医者さんの本を
引用しながらのお話が
心に残りました。


脳の指令が強くて
腸が負けてしまうけれど
腸のほうが賢い。
腸のあたりにある「心」に、
今どういう状況か聞くと良い。


なるほどねえ、と思いました。
かかりんは案外こう見えて
左脳タイプなので、
いろんなことを頭で考えがちです。


すごく無理を重ねても自分で
負荷がかかりすぎていることに
気付かず
腕にじんましんが出て
「あ、疲れずぎだ。」って
気付いたりします。


不思議だけど、かかりんは
昔から無理が限界を超すと
腕の内側にじんましんが出ます。
神さまが
「もう休みなさい」って教えて下さる
メッセージだと思っています。


身体の声を聞くって大事なことで、
そしてきっと、
その身体の声のほうに
神さまのメッセージは
こめられているんだろうなあって
今回の講座を聴いて、
改めて思いました。





10日の日曜日に、
あるミーティングで
「どうして恐れって出てしまうのでしょうね」
という方がいらしたので
「頭で考えると
出て来ちゃうみたいですよ。
腸にある心に聞くといいんですって。」
とさっそく
受け売りしてしまいました!!笑
実生活のミーティングにも役立つ
入門講座なのでした。


恐れは人間の誰もが
持っているものですよね。
でも、腸のあたりにある
心の声を聞いて、
神さまを信頼して、
神さまのお仕事をこの先も
命のかぎり
続けていけたらいいなあ
と思います。


かかりん
「入門講座」で admin page top↑
イエスのみ心の祭日
2018 / 06 / 08 ( Fri ) 22:34:02
6月3日の「キリストの聖体」
後の金曜日の
今日(6月8日)は
「イエスのみ心の祭日」(注)でした。


そして、イエスのみ心に
引き寄せられたからに違いない
3人の新しい方が、
入門講座に
いらしてくださいました!!


神父様も、祈りについて、
笑いを交えながらも熱をこめて、
お話してくださいました


神さまには何をどう祈ってもいい。
どんなことを言っても、
傲慢で、
我がままだと思えることでも
言っていい。
神さまは
全部受け止めてくださる、

でも、みんなと一緒に祈るときは
定型文で祈りましょう。


というようなことを
神父様はおっしゃっておりました。


本当に、その通りに、
個人的にはいつも、どんなことも
まず、神様にぶちまけ、
願い事ばかりしてるなあ、
と思います・・・。
それでも、嫌わない神さまって、
すごい!!どころではない、
と思うのですが・・・...





でも、今日はイエスのみ心の祭日!
たまには、しっかり、み言葉に
耳を傾けましょうと、開いた今日の
朗読箇所、


第1朗読 ホセア書 
11章1、3~4、8c~9節
第2朗読 エフェソの信徒への手紙、
       3章8~12、14~19節


にはさすがに、
心が動かされました。


特に、ホセアの次の箇所には
グッとくるものがありました。


「まだ幼かったイスラエルを
わたしは愛した。
エジプトから彼を呼び出し、
わが子とした。

エフライムの腕を支えて
歩くことを教えたのは、わたしだ。
しかし、
わたしが彼らをいやしたことを
彼らは知らなかった。

わたしは人間の綱、愛のきずなで
彼らを導き
彼らの顎から軛を取り去り
身をかがめて食べさせた。」


与えられている恵みに気づかないことが
あまりにも多くて、
神さま、ほんっっとうに、
ごめんなさい!!
私のためにこんなにしてくださって!!
ありがとうございます!!
とひれ伏したくなりました。


トドメは、
福音朗読 ヨハネによる福音書 
19章31~37の
「彼らは、自分たちの突き刺した者を見る」
です。。!!


パウロの言うように、


「キリストの愛の広さ、長さ、高さ、
深さがどれほどであるかを理解し、
人の知識をはるかに超えるこの愛を
知るようになり、そしてついには、
神の満ちあふれる豊かさの
すべてにあずかり、
それによって満たされるように。」


なりたい・・・。


そうなれたら、ほんとうに
幸せだろうな、と思うのです・・。



Luna



注)カトリック中央協議会6月はイエスのみ心の月参照のこと
「入門講座」で admin page top↑
キリストの聖体の祭日(6月3日)
2018 / 06 / 04 ( Mon ) 12:01:33
今日の主日は洗礼式、
初聖体のお祝い、
星野神父様の
叙階25周年のお祝い、
と盛りだくさんでした。





そしてパーティのあと入門講座。


今日はキリストの聖体の祭日です。


初聖体の子どもたちは
だいたいパーティーのときに
「ご聖体の味はどんなだった?」
と聞かれます。


正直言ってご聖体には味は
ついてはいませんが、
子どもたちは「美味しかった。」とか、
気がきいてる子などは
「神さまの味がした。」などと言います。


ご聖体とは何でしょう?
それは『神の愛』です。
ご聖体を食べることにより、
それが体に入り、
体の隅々まで神の思いが沁み渡り、
生きる力となるのです。


では、ご聖体の味とは
何でしょう?
それは聖書の言葉です。


「聖書と典礼」の聖書の箇所は
ミサの最中に読むもの
ではありません。聴くのです。


リアルに聴いて。自分の中で
どのように響いたか
を知ることが大事です。





多摩教会では翌週の「聖書と典礼」が
お御堂の入り口に置いてあります。


私は"宿題"と思って
毎週持ち帰るのですが、
予習できる週もあり、
出来ない週もありです。


ちょっとの時間を作って
目を通してから
主日に臨みたいですね。


アメリ
「入門講座」で admin page top↑
マリア様の月
2018 / 05 / 28 ( Mon ) 10:52:49
先週はカテドラルの堅信式に
行っていました、アメリです。


今月も早いもので、
もう終わってしまいますね。


5月はマリアさまの月です。
…というところから
27日(日)の入門講座の話は始まりました。






マリアさまはどのような方でしょう。
御子を身ごもったことから、
キリストの死に至るまで、
さまざまな苦労を
ブレずに乗り越えた方です。


カトリックの信者は
そのマリアさまを介して
神に祈ります。


多摩の聖堂
(丁寧に読むときはおみどうと読む)
内にはマリアさまの像はありませんが、
(エントランスと外にある)
聖堂にはいろいろなものがあります。


聖櫃、祭壇、朗読台、イコン
(多摩教会にはマリアさまの
イコンがあります。
東方教会では礼拝の対象)、
ステンドグラス、
十字架の道行きなど。


それらの意味についての
説明をききました。
多摩教会の聖堂は
2000年に献堂されました。
まだ18年しか経っていません。
聖堂としての歴史は浅いです。


この聖堂を
聖堂らしくさせるのは何か?
それは私たち信者の祈りです。
どれだけの人が
この聖堂で祈りをささげたか…。


そしてその祈りが染み込んだ聖堂が
人を心地よくさせ、
祈りの場として
ふさわしくなっていくのです。





私たちの祈りで
聖堂を聖堂らしく作り上げていく….。
何百年も後、
この多摩教会の聖堂が
どうなっているのか
見てみたいですね。


アメリ
「入門講座」で admin page top↑
back * HOME * next